Case:三枝葉留佳 『発端』

 え、あの時のこと?
 うわー・・・、正直思い出したくないなぁ。
 いや、はるちんは自分でも自爆とかそういったものには定評がある方だと思うのですヨ。
 あんまり認めたくないケドサ。
 でもまー、ホラ、後悔とか反省とかは全くした覚えが無いんだよねー。
 え、ちゃんとしろ?
 やだなー、それは言わない約束ですヨ、おとっつぁん。
 ああ話それちゃったよ。
 うんまぁ、そんな私なんだけどサ、あの時だけは久しぶりに「言わなきゃよかったー!!」って後悔したねー、うん。
 え、もっと詳しく?
 うーん・・・、仕方ないなぁ。



 その日は冬にしては風が無く、日差しの暖かい小春日和。
 鈴はいつも震えながら猫と遊ぶ日々を思って、久しぶりの暖かい日にほっと一息ついた。
「いつもこのくらい暖かいといいんだけどな」
 呟いて、お前らもそう思うだろー? と、真っ先に駆け寄ってきたオードリーの喉を掻いてやる。
「鈴さーん」
 そんな鈴に声がかかった。
「クド。それにヴェルカ」
 クドの傍らにいた黒犬が、答えるように一声鳴く。
「散歩か?」
「はいです! 今日は暖かいのでー。あ、ヴェルカも今日はお休みなんですけど」
「ヴェルカだけか。ストレルカは?」
「ストレルカはお仕事なのですー。ちょっと残念です。ねー、ヴェルカー」
 クドに問いかけられ、ヴェルカがくーん、と喉を鳴らした。
「なのでー、二人で遊ぶのも寂しいので、今日は鈴さんのとこにお邪魔しにきてみましたー!」
「そうか」
 鈴は少し嬉しそうに、ヴェルカの頭を撫でてやる。
「真っ黒でもヴェルカは逃げないからいいな。黒猫だと何だか妙に嫌われるからな、あたし」
「わふー・・・、何ででしょうねー」
 クドと二人、犬猫を交えてそんな雑談を。
「な、なんだー!? この和み空間はー!?」
 そんな空間を唐突に打ち破ったのは、騒がし娘の大げさな驚き。
「はるか」
「わふー、葉留佳さんですー!」
「やー、どもども、二人ともこんちー」
 そんな言葉とともに、和み空間に踏み入れる。
「へー、今日はヴェルカもいるんだー」
「はいー!」
 頭の上にテヅカを乗せながら、クドが元気よく返事を返す。
 そのヴェルカは猫たちとじゃれ合っている。
「ヴェルカもストレルカも可愛いな」
 その光景を見ながら、鈴の一言。
「わふー! そう言って頂けると嬉しいですー!」
「でも猫のほうが好きでしょ、鈴ちゃん」
「ん、まぁな」
「わふー、私は犬さんの方が好きですけど、そこは人それぞれですよねー」
「だな」
 どうやら犬好き猫好きに関しては、この辺で協定が立っているらしい。
 が。
「でもさ、世間的にはどっちの方が多いんだろうね」
 葉留佳は自分が核弾頭のスイッチに手をかけたことに気づいていない。
「何がだ?」
「何がです?」
 鈴とクドが揃って首を傾げる。
「いやさー、一般的にさ、猫と犬ってどっちが好かれるのかなーって・・・」
 瞬間。
 空気が凍った気がした。
「・・・あ、あれ・・・?」
「はるか、そんなの決まっている」
 鈴が腕組みをして、重々しく頷いて、
「猫だ」
「そんなことありません!」
 即座にクドが否定の言葉を放った。
「犬さん好きな人のほうが多いです!」
 鈴とクドが睨み合う。
 その空気、葉留佳をして「逃げたほうがいいかなー」と思わせるほど、重い。
 小春日和のいい天気が、唐突に嵐の真っ只中になったような。
 龍と虎と暗雲と雷がバックに見えたような気がした。
「・・・え、えっと、ほら、別にそんな深い意味のある言葉じゃなくってさー・・・」
 一応仲裁など試みてみた。
「はるか!」
「葉留佳さん!」
 揃って名前を呼ばれた。むしろ叫ばれた。
「ひゃい!?」
 余りの勢いに驚いて舌を噛んだ。
「おまえはどっちなんだ?」
「そうです、言いだしっぺは葉留佳さんなのです!」
「え、ええええ!?」
 事ここに至って、葉留佳は自分が核弾頭のスイッチを押してしまったことにようやく気づいた。
「どっちだ?」
「どっちですか!?」
「え、えっと・・・、どっちも好きって言うのは・・・?」
「無しだ!」
「無しです!」
 逃げ道無し。
 思わず周囲を見回して。
「あ、あああー!! ドルジがあんな機敏に動き回ってるー!!」
「何ぃ!?」
「ほんとですか!?」
 鈴とクドが揃って葉留佳から目をそらした。
 当然、ドルジはいつものように寝ているだけで。
「サイナラ!!」
「ああ、逃げましたー!」
「待てはるか! ずるいぞ!!」
 さすがに敵前逃亡には定評のある葉留佳である。
 が。
 相手が悪かった。
「お前ら、はるか捕まえろ!」
 猫十二匹、一斉に葉留佳に襲い掛かる。
「ヴェルカ、ごー! なのですー!!」
 黒犬が疾風のように駆け出した。
「わあああああああああああああああ!?!?!?!?」
 情け容赦の無い攻撃の的にされ、葉留佳、敢え無くダウン。
「捕まえましたー! って・・・、わふ?」
「しまった、やりすぎた」
 葉留佳の頭の上でヒヨコが回っている。
「これでは答えてもらえません」
「そうだな・・・。よし、皆に聞いて回るぞ、クド」
「判りましたっ。多いほうが勝ちですね!」
「そういうことだ」
 そして、可愛い顔をした二人の修羅が解き放たれることになった。

 三枝葉留佳、過失死。









 Case:二木佳奈多 『犠牲』

 え? あの時の話?
 ・・・止めてよ。あの後夢にまで出たのよ・・・?
 しかも私クドリャフカと同じ部屋だし・・・。数日心休まらなかったわよ・・・。
 後で聞いたけど、葉留佳が発端だったんですってね。
 まぁ、真っ先にやられてたらしいから、あんまり怒る気もしないけど・・・。
 でもね・・・。ほんと、あれはね・・・。
 え、詳しく?
 こんなこと聞いてどうするのよ、あなたは。
 ・・・仕方ないわね。


 
 その日、佳奈多は久しぶりに寮会の仕事が早く終わり、先日入手したこたつに入りつつ、のんびり本でも読もうかと計画していたところだった。
 どんな本を読もうか。
 こたつに入りながら背筋が凍るような怪談を読むのもありかもしれない。
 そんなことを考えて。
「そうね、本のことなら西園さんに聞くのがいいわよね」
 思い立ったら即行動。この辺は姉妹に通じるものがある。
 が、そんな彼女の最大の不運は。
 その情報がメンバーに回される前に、遭遇してしまったことだろうか。
 二人の修羅に。
「む、かなた」
「あ、佳奈多さんです!」
「あら、クドリャフカに鈴さ・・・ん?」
 かけられた声に普通に反応しかけて、途中で声が詰まった。
 鬼気迫る物を感じた。
「・・・え、あの・・・、二人とも、どうしたの・・・?」
「佳奈多さん、聞きたいことがあるのです」
「そうだ。とても大事な質問だ」
「そ、そう・・・?」
 頭の中で警鐘が鳴り響いた。それはもう最大級で。
 ニゲロニゲロニゲロ、と第六感が叫びたてる。
 が、足が動かない。
「な、何かしら?」
「猫と犬と、どっちが好きだ?」
「・・・え?」
 どっちでもいいわよ、そんなこと。
 そう、普段なら答えられるところだったはずだ。
 だが、それは思い浮かびもしなかった。
「ど、どっちか・・・?」
「どっちかです!」
 あのクドから放たれる鬼気に、元とはいえ鬼の風紀委員長が完全に気圧されている。
(そんな馬鹿な・・・。本家の連中を前にしてた時より強いプレッシャーを・・・、クドリャフカと鈴さんから・・・!?)
 冷や汗が流れた。
「・・・ど、どっちも好き、かな」
「どっちかです!」
「どっちかだ!」
 一縷の希望を持って口にした答えは却下された。
「え、えと・・・」
 佳奈多は必死で思考を巡らせる。
 何とか有耶無耶にして逃げる方法を。
 だが。
 思いついたその案は、何かろくでも無い物の起爆スイッチに等しかった。
「でも私、どっちの魅力もよくわからないから、ほら、せっかくだから教えてくれない?」
 互いに魅力を語らせて、同士討ちする中で逃げるつもりだったのだ。
 だが。
「む。そうか。だったら教えてやる」
「はい。他ならぬ佳奈多さんの頼みです。鈴さん、私からでいいですか?」
「いいぞ。あたしはかなたが逃げないように見てる」
「え?」
 読まれていた。
 それはもう完璧に。
 見誤ったことに気づいたのはその時だ。
 ここにいる鈴とクドは、自分が知る騙されやすい暢気な二人ではない。
 間違いなく、幾多の戦場の中で生きる、修羅だったことに。
「いいですか、佳奈多さん! 犬さんというのはですねー」

 5分経過。
「それはもう、とっても可愛いのですよ! それでですね!」

 10分経過。
「ね、ねぇ、まだ続くの?」
「当たり前です!」

 15分経過。
「古来より人間のパートナーとしてー」
 いつの間にか正座させられていた。

 20分経過。
「はー、こんなところですねー」
「や、やっと終わった・・・」
「次はあたしだな」
「・・・ぇ?」
「では、今度は私が見張ってるのですー」

 25分経過。
「こういうところがくちゃくちゃ可愛いんだ、聞いてるかかなた!」
「・・・うん」

 30分経過。
「も、もう勘弁してくれない・・・?」
「何言ってるんだ、まだ話し足りないぞ」

 35分経過。
「イリオモテヤマネコだったか、絶滅危惧種とか許せん!」

 40分経過。
「・・・・・・それからだなー。・・・ん?」
「佳奈多さん? 佳奈多さーん?」
「気を失ってるな」
「いつからでしょう?」
「仕方ない。次の奴に聞こう」
「はいです」
 修羅二人が立ち去った数分後、こそっと姿を見せた人影一つ。
「・・・佳奈多、佳奈多ー・・・!」
「・・・あ、あや・・・?」
「大丈夫? ひどい目にあってたみたいだけど・・・?」
「え、ええ・・・。駄目、まだ頭の中でぐるぐる回ってる・・・」
「ちょ、大丈夫・・・?」
「それより・・・、あや、早く皆に知らせて・・・。第一種戦闘配備・・・、敵は・・・、猛獣だと・・・」
「わ、わかったわ!」
「お願いね・・・、あや・・・」
 そして佳奈多がまた意識を失う。
「ちょ、佳奈多!? 佳奈多ー!?」

 二木佳奈多、殉死。









 Case:来ヶ谷唯湖 『特攻』

 ほう、あの時の話を聞きたいと。
 私のところに来たということは、それ相応の覚悟を持ってきたということだな?
 何? 何故殺気立つのかだと?
 あれは思い出したくないほどの恥辱・・・。くっ。
 あや君のメールを本気で取っていればあんなことには・・・!
 ああ、そのとおりだ・・・、あれは正しく猛獣だったよ・・・。
 仕方ない、話してやろうじゃないか。



 唯湖はあやから届いたメールを見て、不敵に微笑んだ。
「ほう。猛獣と化した鈴君とクドリャフカ君か。これは面白い」
 唯湖の頭の中では、虎耳のついた鈴とちょっと八重歯の出ているクドの姿。
 本人の頭の中では一応、虎と狼のつもりらしい。
「・・・うむ、萌えだ」
 いろいろ問題のある言葉を口走りながら、唯湖は自ら修羅二人の下へと向かう。
 二人は全く問題なく見つかった。
 何故なら、二人の鬼気に当てられて、他の生徒は自ら逃げ出していたからだ。
「やぁ、鈴君にクドリャフカ君」
 二人の背中に声をかける。
「む、くるがや」
「来ヶ谷さん」
 振り返った鈴とクドの視線に射抜かれた瞬間。
 唯湖は、自らの判断が徹底的に間違っていたことを知った。
(な!? これが鈴君にクドリャフカ君だと・・・!? 猛獣などという言葉では当てはまらんぞ、これは・・・!?)
「ちょうどよかったです、来ヶ谷さんー」
 あくまでもクドと鈴の調子はいつも通りだ。
「くるがや、お前に聞きたいことがある」
「な、なんだね?」
 どもった。
 非常に珍しく、唯湖がどもってしまった。
 その事に自分で余計に焦る。
「来ヶ谷さんはー、犬と猫、どちらがお好きですかー?」
 笑顔の裏から強烈な鬼気を滲ませつつ、クドが問う。
「どっちも好きは無しだ」
 鈴が付け足す。
 背中に冷や汗を感じながら、唯湖は腕組みをする。
「うむ、そうだな」
 得意の口八丁で煙に巻くしかない。そして後退するべきだ。
 咄嗟にそう判断する。
「犬耳も猫耳も好きだぞ?」
「そんなことは聞いてない」
「何? 鈴君、君は」
「猫か、犬か、だ。ちゃんと答えろ」
 失敗した。
 仕方ない、と腹をくくる。
 どちらかを選べばとりあえずこの災難は切り抜けられる筈だ。
「そうだな・・・、ね・・・」
 猫、と言いかけて、クドの顔が見る見る涙目になっていくのが見えた。
「・・・・・・い・・・」
 つい、犬、と言い直しそうになって、今度は鈴の唯湖を見る目がどんどん冷えていくのが見えた。
「・・・・・・・・・」
 言葉に詰まってしまった。
 少しの間の逡巡。
「ええい、まどろっこしい! 私は鈴君もクドリャフカ君も好きだぞ!?」
「だからそんなこと聞いてない」
「答えていただけないのですか・・・。来ヶ谷さんはダメダメです」
「何ぃ!?」
 クドの辛辣な評価に、唯湖戦慄。
「そうだな。来ヶ谷に聞いたのが間違いだった。クド、次にいくぞ」
「はいです。では失礼しますー、ダメダメな方の来ヶ谷さんー」
「ちょ、ちょっと待ちたまえ・・・おい・・・」
 すたすたと立ち去る修羅二人。
「・・・・・・」
 後には真っ白になって立ち尽くす唯湖が残された。

 来ヶ谷唯湖、散る。









 Case:神北小毬 『機転』

 え、あ、あの時のことか〜・・・。
 うん、びっくりしたよ・・・、鈴ちゃんとくーちゃんがあんな風になるなんて思わなかったし・・・。
 わ、私?
 う、うん、私はその、理樹君の機転のおかげでなんとか・・・。
 え、その時のこと?
 どうやって逃れたのかって・・・、うん、わかったよ、お話するね。



「・・・・・・く、くるがやさんがやられたって・・・・・・」
「ふええ!?」
 届いたメールの差出人は西園美魚。どうやらどこかで唯湖の特攻を見ていたらしい。
 小毬も自分のメールを確認する。
 間違いない。その情報が飛び交っている。
 図書室にいた小毬と理樹は顔を見合わせて、
「・・・ど、どうしよう・・・?」
「うん、今の鈴とクドに興味本位で近づくのはほんとに拙いって言うのは判った。だから・・・」
「あたしらがどうかしたか?」
 唐突に割り込んだその声に、理樹が凍りついた。
「図書室にいると聞きましたので、お邪魔しに着ましたー」
「・・・り、鈴、クド・・・」
 振り返りながら、理樹は冷や汗を流す。
 あくまでいつも通りの鈴と、笑顔のクドの筈なのに。
「ふ、ふええ・・・、鈴ちゃんもくーちゃんも何か怖いぃぃ・・・」
 ノートで口元を隠しつつ、小毬が呟く。
「だ、誰から聞いたの?」
「寮長」
「あーちゃん先輩さんです」
「・・・・・・お、おのれ寮長、僕を売ったな・・・!?」
 この場合、巻き込まれた小毬は災難というべきだろうか。
「理樹とこまりちゃんにどうしても聞きたいことがある」
「な、な、何か、なぁ・・・?」
 引きつった笑顔で、小毬が辛うじて答えた。
「リキと小毬さんは、犬さんと猫さん、どちらがお好きですかー?」
「どっちも、は無しだぞ」
 二人の目に射抜かれて、小毬は思わず理樹に縋るような視線を送ってしまう。
「え、えっと、ちょっとタンマ。少し考えさせて!」
 理樹が二人に必死で頭を下げてそう言って、
「む、仕方ないな」
「逃げるのは無しですよ?」
「逃げないから・・・。小毬さん、ちょっと」
 言うが早いか、理樹は小毬の手を引いて少しだけ間合いを取る。
「ど、ど、どうしよう、理樹君!?」
 小声で、それでも切羽詰って、小毬。
「僕に考えがある・・・、一か八か、だけど・・・」
「ほ、ほんと!?」
「要するに、引き分けにしちゃえばいいんだ。だから・・・!」
 ごにょごにょごにょ、と相談をして、
「うん、お待たせ!」
「お、おまたせ〜」
 振り返り、取り繕った笑顔で。
「何で相談したのかわからんが・・・。答え出たのか?」
「うん、い、一応ね」
 そう言って理樹は小毬に目配せをし、小毬も小さく頷く。
「う、うん、わ、私は猫さんが好きかなー」
 小毬がそう答え、鈴とクドが反応を返す前に、理樹も畳み掛ける。
「ぼ、僕は犬の方がいいかなー?」
 二人の返答を受け、鈴とクドは顔を見合わせた。
「・・・引き分けだな」
「一票ずつ入ってしまいました・・・。仕方ありません」
 そして互いに頷いて、鈴とクドはまた理樹と小毬に向き直る。
「邪魔して悪かった」
「ご協力ありがとでしたー」
「あ、あー・・・うん、あんまり、迷惑かけないようにねー・・・」
 いつものように端的に言う鈴と、丁寧にお辞儀して出て行くクド。
 二人の背中に一応そんな言葉を投げかけて。
 理樹と小毬はそのまま崩れ落ちた。
「ふ、ふええええ・・・、た、助かったよ〜・・・」
「よかった、ほんと上手くいってよかった・・・」
 二人で安心のため息をついて、理樹はあわてて携帯を手に取る。
「りきくん?」
「この回避方法、早く皆に伝えてあげないと・・・!」
「あ、そ、そうだね!」
 二人一組になって、互いに違う答えを返すこと。
 その場しのぎではなるはずだから、とメールを送る。
 だが、それが根本的解決にならないことも、判っていた。

 神北小毬及び直枝理樹、対策発見。









 Case:秋坂淋 『終焉』

 ・・・あの時?
 あ・・・、おねえちゃんとクドおねえちゃんが怖かったとき?
 ・・・うん。すごく怖かった。
 はるかおねえちゃんが、はやく逃げてーって言ってたけど・・・。
 おねえちゃん、怒ってたのかな?
 え、怒ってたわけじゃないの?
 ・・・そっか。
 うん。怖いのがなくなったときも居たよ?
 どうやって元にもどったのか、って・・・。
 まさとおにいちゃんが・・・、その・・・。
 言っちゃっていいのかなぁ・・・?



 週に二回ほど、淋は猫の中庭を訪れる。
 たまに友達も連れてくるが、今日は一人だ。
「おう、淋ちゃんじゃねーか」
「まさとおにいちゃん」
 学校の校門の前で、どうやら走っていたらしい真人と遭遇した。
「何だ、今日も猫んとこに遊びに着たのか?」
「うん。おねえちゃん、いるよね?」
「おお、いるはずだぜ」
 こくん、と頷いて敷地内へ。
「しっかし、淋ちゃんも猫好きだなー。まさか、世界中の『りん』って名前の奴は皆猫好きなのか!?」
「・・・しらない」
 真人の疑問に淋は首を傾げつつ答えて、
「・・・あれ?」
「おお? 珍しく中庭にいねぇな」
 猫達はいるものの、その主が居ない。
 と、黒犬がぱたぱたと近寄ってきた。
「あ、ヴェルカちゃん」
 淋はヴェルカの背中を撫でる。
 猫達もそれに気づいたのか、わらわらと淋に集まってきた。
「わっ、わっ」
「おー、懐いてんなぁ」
 小柄な犬とたくさんの猫達に群がられ、淋は困った顔をしながらも嬉しそうだ。
 ぴょん、と頭の上に飛び乗った白猫を抱き上げ、淋はその顔を覗き込む。
「レノンちゃん、おねーちゃんは?」
 返事は、にー、という鳴き声。
「どっか行ったのか? 理樹辺りなら知ってるか・・・。携帯はー・・・、いけね、部屋に置いて来てるわ」
 ポケットを叩いて、真人はようやくその事に気づく。
 つまり、真人は今現在、校内で起こっている惨劇を知らない。
「・・・!?」
 と、唐突に淋が目を見開いた。
「わ、みんな、ちょっとごめんね」
 猫達の間を慎重に抜けて、淋は中庭の外れに。
「はるかおねーちゃん、はるかおねーちゃん・・・!」
「え、三枝?」
 真人も驚いて淋の後を追う。
 気を失ったままだった葉留佳を、淋が必死に揺り動かしている。
 やがて、葉留佳が目を開けて。
「んあ・・・? おー、淋ちゃんじゃないですかー・・・、おはよーおはよー・・・」
「はるかおねーちゃん、もう夕方・・・」
「つか、お前なんでそんなとこで寝てるんだよ」
「えー? 何でだっけー・・・?」
 まだ寝ぼけているらしい。
 葉留佳は状況をまとめるように周囲を見回して。
 ヴェルカと猫達を見た瞬間、唐突に、お下げが跳ね上がるほどに身を震わせた。
「・・・はるかおねーちゃん?」
「や、やば。淋ちゃん、今日は帰ったほうがいいよ!」
「え?」
「何だよ、どうかしたのか?」
「いいからやばいんだってばー! って、こんなときにメール!?」
 葉留佳は慌ててメールを開いて。
「うえええ、鈴ちゃんとクド公がこっち来る!? 淋ちゃんとにかく早く逃げてー!!」
「???」
「意味わかんねぇぞ、三枝」
「ってか真人君携帯持ってないの!? 今何が起こってるのか知らない!?」
「はぁ?」
 慌てまくる葉留佳と、全く状況がわからずに疑問符を浮かべまくる淋と真人。
「あああああ、もういいから真人君、淋ちゃん抱えてダッシュー!!」
「何だ、はるか、目覚ましたのか」
 凍りついた。
 ぎぎぎぎぎ、と軋むような音を立てて、葉留佳は後ろを振り向く。
 鬼気そのままの鈴とクドがそこにいた。
「ひぅっ」
 淋が小さく悲鳴を上げて、葉留佳の背中に隠れる。
「や・・・やはは・・・、お、おはよー・・・」
「わふー、淋ちゃんも着てたのですかー」
「う、うん・・・」
 いつも通りなのに何だか怖い、そんな鈴とクドに、淋は葉留佳の背中から出てこれない。
「お前らどこ行ってたんだよ?」
 真人だけが、鈍いのかなんなのか、二人の鬼気に気づいていない。
「大事な用件だ。・・・まぁ、馬鹿にも聞いてやろう」
「へーへー。んで何だよ?」
「お前、猫と犬とどっちが好きだ?」
 真人は鈴の質問にきょとんとした顔をして。
 やがて、一言。
「犬に決まってるじゃねぇか」
「わふー!」
「にゃにぃ!?」
 クドが歓喜の声を、鈴が悲鳴を上げる。
 葉留佳が勇者を見るような目で真人を見上げた。
 が、続けられた一言が、何もかもを凍らせて粉砕した。





















「だってよ、犬は食えるんだぜ?」
























「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 何を言われたのか理解していないクドと鈴。
 いや、二人に限らず、葉留佳も淋も呆然と真人を見上げている。
「ん? 何だよ?」
 心なしか、ヴェルカすらも真人から距離を置いているように思えた。
「・・・わ、わふ・・・? わふー!?」
 言葉を理解したクドが、パニックに陥る。
「お、お前何言ってるんだこの馬鹿ーーーーーーーーーーーーーーー!!」
 手加減無しのハイキックが真人の顔面に突き刺さり、
「ぐごっ!? な、なにしやが」
「黙って死ねええええええええええええええ!!」
 さらに宙を舞った鈴の、前転宙返り踵落としが、真人の脳天に突き刺さった。
 さすがの真人も、轟沈。
「く、クド、落ち着け。悪は滅びた、あたしが滅ぼした!」
「わ、わふ、わふー!? たたたたべられます!? 犬好きは犬食べるのですか!? 食べちゃ駄目ですー!?」
「くどおねーちゃんおちついてー!」
「だ、だいじょうぶだ、猫好きだって猫を三味線にするような・・・する・・・、ような・・・、ふにゃあああああああああああ!!」
「うわああああああ、鈴ちゃんまで錯乱した!?」
「お、おねえちゃん、おねえちゃんもしっかりしてー!!」

 棗鈴及び能美クドリャフカ、井ノ原真人より精神汚染を受け、事件終了。














 こうして、何人かのメンバーに強烈な、かつどうでもいい傷を残した出来事は終焉を迎えた。
 だが、俺たちは忘れてはいけない。
 きっとまた、第二、第三の犬猫論争が巻き起こるだろう。
 その時、この真人のような勇者が現れるとは限らないのだ。
「棗先輩、何を壮大にまとめようとしてらっしゃいますの・・・?」
「いや、出番無かったからよ・・・」



 終われ。

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