「よ、おはよ」
「おはよー」
 いつもの学食の朝。
 いつからか朝食の時にも自然と集まるようになった仲間たち。
「んー・・・、葉留佳、醤油取って」
「お姉ちゃん、濃い味ばっかりだと舌が馬鹿になるよー?」
「少しよ、少し」
 葉留佳に苦言を言われている佳奈多や、
「おはよ〜・・・」
「まだ眠そうですわね・・・」
「うんー・・・。朝はどーも弱いわ・・・」
 眠気が抜けない様子でふらふらとやってくるあやと、それに苦笑いする佐々美。
「別にこんな時間に起きる必要は無いのではないか?」
「馬鹿。起きねえとお前らの顔みれねぇだろ」
 唯湖に一言貰って、微妙に恥ずかしい答えを平然と返す恭介など。
 ごくごく普通の光景がそこにある。
 有名どころばかりが総勢14名。
 お騒がせ集団筆頭格の棗恭介。
 事故後から理性を放棄したのではないかと言われている宮沢謙吾。
 相も変わらず校内最高の筋肉馬鹿たる井ノ原真人。
 リーダーの妹にして一部では猫の女王とか呼ばれている棗鈴。
 ボランティアや各種お手伝いに奔走するドジっ子少女、神北小毬。
 いろんな意味で最強の名を欲しい侭にしている来ヶ谷唯湖。
 学内で知らぬものは居ないのではないかと言われる、個性的な異国少女、能美クドリャフカ。
 彼らのうちでは物静かな方ではありながら、一種独特な存在感を持つ西園美魚。
 周囲を省みない行動で各種ブラックリストのトップを制覇しつつある三枝葉留佳。
 その双子の姉と知られたときには皆驚き半分納得半分だったという二木佳奈多。
 まさかつるむ様になるとは思わなかったと評判の、ソフト部エース笹瀬川佐々美。
 転向してきたその日のうちに彼らに溶け込んでみせた謎の少女、朱鷺戸あや。
 長い入院生活以降、憑き物どころか理性まで落ちたと言われている古式みゆき。
 そして、そんな集団の中では明らかに特徴が薄いにも関わらず、決して存在感を失わない不思議な少年、直枝理樹。
「そうだ、お前ら、昼から暇か?」
「え? うん、特に用事は無いけど」
「何だ? またなんかやるのか?」
 恭介の問いに理樹が頷き、真人が胡散臭そうに恭介を見る。
「そう警戒すんなよ。考えてみたら古式を迎えたとき以来、野球くらいしかまともにやってないからな。ここらで一つ、イベントを企画してみた」
「何をされるんですの?」
 しっかりと租借して口の中を開けてから、佐々美が問いかける。
 恭介は重々しく頷くと、
「缶蹴りをしよう。土曜日だし、午後めいいっぱいつかってな」
「ほう」
 唯湖が面白そうに顔を歪める。
「ただし、普通の缶蹴りじゃ面白くない。3チームに別れる」
「缶蹴りで3チーム?」
「そうだ。鬼チーム二組、逃げる側が一組だ。鬼チームは3人ずつ、逃亡者側は残り8人」
「また珍しいルールを持ってきたな」
 謙吾が食事の手を止めて、一言。
「鬼側はどうせ全員捕まえるのが勝利条件だしな。だったら、そこにもゲーム要素をつけたかった」
「捕まえた人数が多いほうが勝ちか」
「ああ。逃げる側が偶数だから引き分けになる可能性はあるが・・・、ま、そこまで高い確率じゃないだろ」
 恭介が言い、理樹がんー、と考えて。
「どうせなら、逃げる側も4人4人でチームに分かれたほうがよくない?」
「お?」
 恭介は理樹の提案をすばやく検討して、頷いた。
「なるほど、アリだ。缶蹴りバトルロイヤルって感じだな」
 恭介は不敵に笑った。
「というわけで、放課後は缶蹴りだ。皆、いいな!」
 


 整理したルールはこうだ。
 全員が以前にも使ったビーコンを所持。逃亡者と鬼が近づくと鳴る仕掛けだ。
 基本的に、逃亡者チームは鬼チームの陣地の缶を蹴り飛ばせば勝ち。
 だが、ここでライバルチームの存在が重くなる。
 互いに敵は同じ。
 だが、勝ち残る為には同時に相手を出し抜かねばならない。
 鬼チームは全員を捕まえ、かつ捕まえた人数の多いほうが。
 逃亡者チームは缶両方を蹴った方が、最終的な勝利者になる。
 当然、何か罰ゲーム付き。



 そしてあっという間に放課後。
 チームリーダーはそれぞれ、恭介、理樹、佐々美、佳奈多となった。
 統率力に優れた人間が必然的に選ばれた形だ。
「私理樹君のチーム!」
「ずりいぞ朱鷺戸! 理樹のチームに入るのは俺だ!」
「悪いが、これだけは譲れん・・・!」
 理樹の魂のパートナーを自認する三人が妙な対立を起こしたが、
「それじゃお前らのチーム最強だろうが。ゲームになんねーよ」
 という恭介の一言で沈黙。
「というわけで、公平にクジで決めましょう。まずリーダーさん達から」
 いつの間に用意したのか、美魚がアミダを差し出す。
「用意いいわね、西園さん」
「それほどでも。・・・佳奈多さんは鬼Bチームですね」
「げ、おねーちゃんが追い回すほうに回った!」
 その言葉に、引きつった笑顔を見せる佳奈多。
「・・・どーいう意味かしら? 葉留佳」
「え、いやー、やはは・・・」
「うむ、これは要注意だな。何せ元とはいえ、本職だ」
「本職じゃありません」
 唯湖にまで言われて、佳奈多は肩を落とす。
「恭介さんは、逃亡者Aチーム」
「おおっと、逃げる側に回っちまったか」
 そんなでも楽しそうに笑う恭介である。
「じゃ、僕は・・・」
「直枝さんは・・・、鬼Aチームですね」
 それを聞いて、謙吾、真人、あやの三人がまたしても睨み合う。
「理樹のチームに入れるのは俺達三人のうち二人だけか・・・!」
「そうみたいね・・・!」
「へっ、負けねえぜ。俺と理樹が長い間のルームメイトで築いた筋肉の絆を見せてやる!」
「そんなの無いから」
 頭を抱えて、理樹がぼやいた。
「ということは、わたくしは自動的に、逃亡者Bチームですか」
「そうなりますね。では、メンツの振り分けを行いましょう」
 そして、美魚はまたアミダを差し出す。
「・・・棒が10本並ぶアミダってのも珍しいですね」
「作っていて私も思いました。普通にくじ引きにすればよかったですね」
 苦笑しながらみゆきが自分の名前を書き込む。
 それに続いて、他の仲間達も。
「では、最後の一本は私が」
 美魚が書き込んで、隠してあった振り分け部分を開く。
「・・・えーっと、鈴さん、逃亡者Bチーム」
「にゃにい!? ささこのとこか!?」
「さ・さ・み! よりにもよって棗さんと同じチームなんて・・・!」
 いきなり波乱の幕開けである。
「小毬さん、鬼Bチーム」
「かなちゃんとこだね」
「よろしく、小毬さん」
「うん〜、よろしくね〜」
 美魚が次に進める。
「来ヶ谷さん、逃亡者Aチーム」
「おっと、これは皆すまないな」
「うえ、最強タッグ!?」
 よりにもよって恭介と唯湖が同じチームになってしまった。
 そんなこんなでチーム分けは続いて。
 最終的に、このような形に落ち着いた。

 逃亡者Aチーム:恭介・唯湖・クド・真人
 逃亡者Bチーム:佐々美・鈴・謙吾・美魚
 鬼Aチーム:理樹・葉留佳・みゆき
 鬼Bチーム:佳奈多・小毬・あや

「「「・・・・・・」」」
「お約束ですね」
 美魚が端的に一言。
 理樹と同じチームになれなかった三人が揃って肩を落としている。
「・・・ふっ、まぁいいわ。鬼側ってことは、恭介ぶっ倒せる機会があるってことよね」
「できるもんならな」
 睨み合うあやと恭介。
「携帯で連絡を取り合うのはアリだ。別に誰にかけてもいい」
 恭介の言葉に、クドが首をかしげる。
「でもでも、鬼さん達とこんたくとする理由はなっしんぐだと思うのですがー」
「甘いな、クド君」
 恭介はそれだけ言って、不敵に笑う。
 どうやら、理樹、佳奈多、美魚辺りはその理由の意味に気づいたようだ。
 身体的にも頭脳的にも、いい感じでチームバランスが取れているらしい。
「それじゃ、5分後にゲームスタートだ。メールは俺から入れよう」
 恭介の言葉に、全員が頷いて、
「それじゃ、全員散れ!」
 その合図で、それぞれのチームが思い思いに散っていく。



 Skull session:Team Kyosuke
「さて、と」
 ある程度距離を取ると、チームメイトを見回した。
「うむ、恭介氏。最も警戒するべきはどのチームだと思う?」
 唯湖の質問に、恭介は首を横に振った。
「全くわかんねえな。笹瀬川のチームは西園がいる。あれがどの程度暗躍するかで脅威が全然違ってくる」
「そうなのか?」
 真人は判っていないらしい。
「理樹君のチームは加えてみゆき君もいるし、何より葉留佳君の予測不可能ぶりは恐ろしいな」
「ああ。だが、二木のチームも同様だ。追い回すことに置いては二木より優れた奴がいるとは思えん。小毬だって別に運動神経悪いわけじゃないしな」
「わふー・・・、いつの間にかすっごく足が速くなってましたー」
「すぐ転んでしまうから、体育では余り生かされていないがな」
「予測不能って点ではあやも同じだ。あれもわからん」
「確かに」
 要するに、どこも予測不能。
 その結論に至って、まずは苦笑い。
 どいつもこいつも成長したもんだ、と年長者らしい感想もついでに。
「さて、んじゃどう策を弄していくかな」
 だからこそ張り合いがある、とばかりに、恭介は楽しげに笑った。



 Skull session:Team Riki
「缶の設置場所は、ここがいいと思うのですヨ!」
 葉留佳がびしっと指差したのは。
「・・・いや、そこはさすがに無茶だから」
 いくらなんでも、掃除道具入れの上は無い。
「ルール違反とかそういう問題ではないですよね・・・」
 理樹とみゆきにダメ出しされて、葉留佳は膨れっ面になる。
「むう、いい案だと思ったのになぁ」
「直枝さんはどこか当てはあるのですか?」
「2階の空き教室。適度に机も散らかってるから、缶の防御もできるよ」
「おー、なるほどー」
「ただ、真人みたいな馬鹿力で机書き分けられたらどうしようもないけど」
 除雪車の如く突き進む真人の姿を思い描き、理樹は苦笑。
「あ、そうだ」
「へ? 何?」
「何ですか?」
 理樹の唐突な言葉に、葉留佳とみゆきは首をかしげる。
「二人とも、恭介の言葉の意味、ちゃんとわかってる?」



 Skull session:Team Kanata
「つまり、鬼チームと逃亡者チームで裏で情報を交換しつつ、自分のライバルを罠にはめる。それがこのゲームの戦術よ」
 佳奈多の論理に、あやと小毬が「おー」と拍手する。
「鬼は鬼に手が出せないもの。逃亡者側も同じくね。ライバルチームを出し抜くには、ライバルチームの情報を流すのが手っ取り早いわ」
「確かにねー。ってことは、これ缶蹴りに見えるけど、実は高度な頭脳戦なのか」
「ある種のね」
 澄まして言う佳奈多に対して、小毬は不安そうだ。
「うーん・・・、嘘の付きあいってちょっと・・・」
「ゲームよゲーム。ババ抜きとかポーカーみたいなもんじゃない」
「あ、そっかー」
 あの辺も心理的にブラフをかけたりと、プレイヤーの内面だけ見れば意外と結構黒い。
「クドリャフカ辺りなら、素直に情報をくれるでしょうね。こういう時にあの子を利用する見たいなのは申し訳ないけど」
「やるからにか、勝つ、よね?」
「そういうこと」
 何気に燃えている佳奈多&あやである。
 見守る側の小毬は楽しそうな困ったような。
「ただ、葉留佳には注意して。私に変装してくるかもしれないわ」
「まじで?」
「大マジ」
「ふええ、どうしよ、見分けつくかなぁ・・・?」
「と、言うわけで合言葉決めておくわよ?」
「あ、そっか、おっけーですよー」



 Skull session:Team Sasami
「まず絶対に陥ってはいけない状況は、片方の鬼チームだけに全員が捕まってしまう状況ですね」
「何でだ?」
 こちらは注意事項を美魚が。
「缶を蹴ればその鬼チームは敗北。そして捕まっている人たちは解放されます。仲間が捕まっているのであれば、無理してでも仲間を取り戻す為に缶を狙う価値はありますが、ライバルチームにしてみれば、助ける義理がありません」
「む」
 謙吾が腕組み。
「確かに、そんな状況に陥れば・・・」
 佐々美の同意に、美魚はこくりと頷いて、
「ええ。残ったチームは、ライバルチームを捕らえていない鬼チームの缶を奪った後に、残りの方を叩けばゲーム終了です」
「だが、逆を言えば相手をその状況にすれば勝ち目が見えるか」
「うーみゅ・・・、難しいな」
 鈴がうめき声を上げる。
「あら、棗さんはもう音を上げるんですの?」
「にゃにい!? そんなわけあるか!」
 


 一見2対2、その実4チームバトルロイヤル。
 信じられるのは自分の仲間のみ。
 そんな変則的缶蹴り。
「ゲームスタート!」
 恭介がその言葉と共に、メールを一斉送信した。
 戦いが、始まった。




 1325
 GameStart




「よし、俺らは動くぞ」
「おい待てよ恭介。バトルロイヤルってのは後から出て行くのがセオリーだぜ?」
 まさか真人からそんな言葉を貰うとは思っていなかったのか、恭介と唯湖が呆然とした顔になる。
「・・・なんだよ、その顔は」
「いや、正論ではあるが」
「まさか真人に言われるとは思わなかった」
「へーへー、馬鹿ですいませんねー」
 ふて腐れてしまった。
「そ、そんなことは無いのです! 私はちっとも思いつきませんでしたよ、井ノ原さん!」
「ありがとよ、クド公」
 恭介はため息をついて、
「確かに真人の言うことは正論だが、それは全員の立場が同じ状況でのセオリーだ。俺たち逃亡者側は勝つためにはどうあがいても、打って出る必要がある」
「なるほどな。わかったぜ!」
 真人が納得したので、改めて恭介は右手を掲げた。
「鬼2チームのアジトを見つけ出せ! ミッションスタートだ!」
 恭介のその言葉で、唯湖と真人が走り出す。
 クドもそれに続こうとして、
「待て、クド」
「はい?」
「いいか、俺が言うことを絶対に守れ」
「はい、何でしょう?」
 恭介は真剣な顔で、クドに告げた。
「チームメイト以外からの電話には絶対に出るな。あと、メールも返信するな」
「わ、わふ? それは失礼ではないでしょーか・・・?」
「いいんだ、これは俺たちの戦略だからな」
「は、はいです!」
「よし、じゃあ行ってよし!」
「らじゃーですっ」
 クドを見送って、恭介はため息をついた。
「真人に情報を流すような奴はいないだろうからな。お前の素直さが今一番厄介だったんだ・・・。わりいな、クド」
 本人にはとても聞かせられない言葉を残して、恭介はその場を後にした。



 一方、もう一つの逃亡者側、佐々美チーム。
 こちらも先手必勝とばかりに動き始めていた。
 というよりは。
「守ってばかりいるのは性に合いませんわ!」
「不本意だが同感だ!」
 佐々美と鈴とでこんなことを言うのでは、参謀役に納まっている美魚でも止めようが無い。
「わかりました。皆さん、個人で勝手に情報を流すのは控えてくださいね。電話の類はスルーしてください」
「メールは転送すればいいいのですわね」
「はい」
 既にリーダーが誰かわからない。
「私は運動能力がこんなですから、なるべく安全な場所にいます」
「将棋で言う王将だな」
「リーダーはわたくしなのですけど・・・」
「そう言うな、笹瀬川。お前の運動能力なら竜王や竜馬みたいなものだ」
「そ、そうですか!? ほほほ、聞きましたか、棗鈴!」
「ん? すまん、聞いてなかった」
「きいいいいいいいいい!!!」
 ため息をつく謙吾と美魚。
「では、そろそろ散りましょう。皆さん、ご武運を」
「西園さんもお気をつけくださいな」
「行ってくる」
 佐々美と鈴が走り出して、
「何で方向被りますの!?」
「お前が同じ方向走ってるんだろ!」
 そんなやり取りと共に姿を消した。
「・・・全く。宮沢さんはどうされます?」
「そうだな。まず三枝の動向が掴めない内はうかつに動けん。朱鷺戸もいるしな。しばらくは俺も後方に回るつもりだ」
「ですね。それが妥当かと思います」
 三枝葉留佳、こういうゲームにおいての厄介度は極めつけらしい。



 そして、その双子の姉率いるチーム。
「それじゃあ、行ってくるね〜」
「あや、守りは任せるわよ」
 佳奈多チームの陣地はまさかの裏庭。
 ちなみに、そこを希望したのはあやだ。
 理由は・・・。
「さぁって、隠れる場所がいくつもあるってことは、逆に身を潜める場所を限定できるってことよねー」
 残されたあやが指を鳴らす素振りをして(実際には鳴らなかった)、昼間のうちに用意しておいた道具を見下ろす。
「どーんなトラップ仕掛けてやろうかしら・・・。ふふふふふ」
 楽しそうにロープを手に取り。
 背後から聞こえた「かこん」という音に凍りついた。
「・・・・・・え」
 恐る恐る、背後を見る。
 ストレルカが居た。空き缶咥えて。
「・・・・・・ごめん、ストレルカ、それ使うんだ」
 ストレルカはあやの差し出した手に空き缶を載せた。
「・・・うん、ありがと」
 大型犬は尻尾を少し振ってから、その場を悠然と去っていく。
「・・・・・・ふっ、ええそうよ、全く気づかなかったわよ」
 誰も聞いていないから控えめに自虐して、空き缶再セット。
「今度は目を離さないようにしないとね。罠作りに一生懸命になって空き缶蹴られるとか笑い話だわ」
 前もって予習させてくれたストレルカに感謝。



 理樹チーム。
「動かなくていいんですか?」
「うん。最初はどこも情報集めからだよ。とりあえずあちこち歩き回って、陣地を探そうとするだろうし」
「うーん、でも退屈だよー」
 机の上に腰掛けて、足をぶらぶらさえている葉留佳。
「特に葉留佳さんは率先して動き回るだろうって思われるだろうしね」
「やはは、日頃の行いだネ」
 苦笑しながら、葉留佳は頭を掻く。
「と、いうわけで。僕らは空き缶探して歩き回ってるだろう誰かをここで待ち伏せ。僕と古式さんで一気に捕まえる」
「ええ? 私は?」
「動き回ってるはずなのに音沙汰が無いほうが、かなり不気味だろうからね」
「むー、つまんないぞー!?」
 抗議の声を上げる葉留佳に、理樹は苦笑。
「葉留佳さんは私たちの切り札ですから。クイーンはうかつに動かない。チェスの定石です」
「おお、みゆきちチェスとかするんだ?」
「いえ、聞きかじりの知識ですけどね」
 突っ込まれて照れ笑いするみゆき。
 なーんだー、と葉留佳も笑う。
 とりあえず、理樹は携帯を見た。
 どことも今現在接触は無い。
 情報が飛び交うようになるのはもうちょっと先だ。
 微笑して、ドア付近に椅子を持っていって座る。
 少しがたがた言っているが、まぁ許容範囲だろう。
「そろそろ、誰かしら接触するかな」



 1334
 Place:Backyard
  Aya Tokido VS Masato Inohara
            ...Open Combat!!

「おおっと、こんなとこに居やがったか」
 あまり見通しのいい場所ではないが、それでも真人はあやの姿を見届けた。
 ビーコンの鳴る距離に気をつけつつ、慎重に接近する。
「間違いねぇ、缶もありやがる」
 真人の居る場所から見えるあやは、鼻歌を歌いながら何かを作っているようだ。
 隙だらけに見えた。
 草むらを移動しながら、ビーコンがなった瞬間に走り出そうと全身の筋肉に力を込め。
 ぴん、と何かをひっかけた。
「え?」
 瞬間。
「うおおおおおおお!?」
 足元から網が広がって、真人を空中に捕らえる。
「あ、真人君」
「て、てめぇ朱鷺戸! きたねぇぞこんな罠張りやがって!」
「別に罠張るな、なんて言われてないしー」
 意地悪げに笑って、あやはゆっくりと真人に近寄る。
「あとはタッチすれば一人目確保っと。残念ね、真人君」
 余裕の表情でのんびりの真人に近寄るあや。
 が、真人はふっ、と表情を緩めた。
 思わず警戒して、あやは立ち止まる。
「へっ、だが朱鷺戸よぉ。お前は俺のパワーを見誤ったぜ」
 言いながら、真人は自分を絡め取っている網に手をかけた。
「・・・え?」
「ぬうううううおおおおおおおおおおおおおおおおおりゃあああああああああああだあああああああああああああああああああああ!!!」
「・・・へ? ちょ、嘘!?」
 どんなパワーなのか、真人は思いっきり両腕両足を広げて、網を引きちぎってみせる。
「ま、真人君、あなた、ほんとに人間・・・?」
「ありがとよ」
 ビーコンが鳴り響く中で、真人は静かに笑う。
 やったことがことなだけに、妙に様になって見えた。
 が、あやは慌てて頭を振って、
「ほ、褒めてないわよ!」
 呑まれかけた事実を吹き飛ばすように、叫ぶ。
「え、そうなの?」
「あたりまえだー!!」
 きょとんとした顔になる真人に、あやは思い切り怒鳴って。
「まぁいいわ。私はあなたにタッチすればいいだけだもの。別にトラップはここだけじゃないわ」
「ちっ、えげつない野郎だぜ」
「私は女!」
 それでも缶を狙おうとする真人。
 それを防ごうとするあやの間で、火花が散る。
「あやちゃん!」
「小毬!」
「ちっ、不利だなこりゃ。しかたねぇ!」
 真人がまさかの逃げを打った。
 敵前逃亡など、普段の真人からは想像もできない。
「嘘!?」
「わ、私が追いかけるよー!」
「う、うん! ・・・て小毬そこは!」
「ひああああああ!?」
 悲鳴を上げた小毬。次の瞬間、右足をロープの輪に取られて、逆さに吊るされていた。
「ほわあああ!? す、スカート! みえちゃ、みえちゃう!? ああああやちゃん、早くおろして〜!!」
「・・・・・・あっちゃー・・・」
 当然、真人はその間に姿を消していた。



 1340
 Place:In front of the Science room
  Kanata Futaki VS Rin Natsume
              ...Open Combat!!

「ちぃ!」
 鈴は舌打ちして廊下を駆け抜ける。
「くぅっ」
 それを追いかける佳奈多。
 こちらは本物の真剣勝負だ。
「うわ、まだ来る!」
 猟犬・二木に完全に補足された鈴はとにかくがむしゃらに走り抜ける。
「ちょ、曲がり角を減速無しで曲がれるって・・・どんな身体能力よ!」
 それでも追いつけないながら、見失わないのはさすがだ。
 長年、というほど長い間でもないだろうが、それでも葉留佳を追い回していただけのことはある。
 逃げる側と追う側、成り立った均衡は他の誰かの干渉が無い限り、壊れない。
 その干渉が、あった。

 1343
 Place:In front of the Broadcasting room
  Kyosuke Natsume appeared as a third force!!

「な、鈴か!」
「げ、きょーすけ!?」
 まさかの鉢合わせ。
 慌てて身を避けて体勢を立て直しながら、鈴は恭介を睨み付ける。
 同じ逃亡者同士ながら、同時に敵同士。
 恭介も同様。油断無く周囲を見渡そうとして。
 恭介のビーコンが鳴り出した。
 次いで、鈴のそれも。
「うわ、かなたまだ追ってきてるのか!?」
「ちっ、ここじゃ地の利が無いか・・・!」
 が、このまま何もせずに黙って逃げるのも癪だ、とばかりに兄妹は一瞬睨み合い。
「鈴、あそこにゲイツが!」
「こっち見るな、変態兄貴!」
 互いに相手のウィークポイントを付く言葉をぶつけあう。
「って、ゲイツ!? どこだ!?」
「お、俺は変態じゃねええええええ!!」
 ものの見事に互いにその言葉に反応しあい。
 佳奈多がその隙を見逃さず、詰め寄ろうとする。
 狙いは鈴からとっさに恭介に切り替えた。彼のほうが数段厄介だからだ。
 ここで仕留められれば、値千金の価値がある。
「棗先輩、覚悟!」
「ちっ」
 我に返り、舌打ち。
 飛び込んでくる佳奈多の手を辛うじて避けて、恭介はとっさに自分の上着を外して、佳奈多の頭を覆った。
「んな!?」
 唐突に視界を奪われ、佳奈多の動きが止まる。
「甘いぜ、二木! ・・・けどさみいなおい!!」
 真っ黒に閉ざされた視界から抜け出した時には、鈴も恭介もその姿を消していた。
「・・・し、しまった・・・」
 千載一遇のチャンスを逃したことに、佳奈多はため息をついた。



 鈴と恭介と佳奈多が入り乱れての遭遇戦をしていたころとほぼ同時刻。
 理樹達のビーコンが反応した。
「・・・誰か来ましたね」
「だね」
 理樹とみゆきがそれぞれ、空き教室の前と後ろのドアにスタンバイする。
 こっそりとドアを開き、周囲を見回すと。
 いた。佐々美だ。
 近いのはみゆきの方。
 佐々美はどう動けばいいか迷っているようだ。
 みゆきにジェスチャーで待つように指示して、理樹はもう少し様子を見る。
 佐々美が背を向けた。
 即座に、理樹がみゆきに「GO」のサインを出す。
 みゆきが廊下に飛び出した。
「な、古式さん!?」
 佐々美もさるもの。背後に突如生じたみゆきの気配を敏感に感じ取ったらしい。
 すぐに振り向いた。
「佐々美さん覚悟を!」
「冗談じゃ無いですわ!」

 1343
 Place:In front of 2F Unused classroom
  Miyuki Koshiki VS Sasami Sasasegawa
  ...Open Combat!!

 さすがに共に運動部の筆頭格。
 みゆきの翻した右手を紙一重で避けてのける。
 だが、佐々美からはみゆきには触れられない。間合いを取って向き合うだけだ。
 鬼側が基本的に有利なのは、こういう点でも生かされる。
「くっ、逃げるしか無いですわね」
「逃がすとお思いですか?」
「逃げてみせますわ!」
 瞬間、佐々美の脳裏に二つの選択肢。
 みゆきを抜くか、背を向けて逃げるか。
 どちらにしても、隙を作らねばならない。
 ビーコンの音の響く中、油断無く互いを警戒し合う。
 そんな中で、
「わふ!? 鬼さんです!?」
 唐突に、その特徴的な声が響いた。

 1346
 Place:In front of 2F Unused classroom
  Kudryavka Nomi appeared as a third force!!

 みゆきの意識が一瞬だけクドに向く。
 その刹那、佐々美がみゆきに向かって駆け出した。
「抜かせません!」
「甘いですわ!」
 ソフト部仕込みのスライディングで、みゆきの伸ばした手ぎりぎりをかいくぐる。
 すぐさま体制を建て直し、そのまま走り抜けようとして。
 もうひとつの影が飛び出した。

 1347
 Place:In front of 2F Unused classroom
  Riki Naoe appeared to reinforcement!!

「しまっ」
「取った!!」
 必殺のタイミングだった。
 佐々美自身も、完全に終わったと覚悟した。
 それほど、理樹の飛び出したタイミングは神がかっていた。
 だが、それ以上に神がかった増援があった。
 理樹の前の足元が唐突に爆ぜる。思わぬことに、理樹の足が止まる。
「!?」
 何だか判らないが好機とばかりに、佐々美がその場を駆け抜ける。
「しまった・・・!」
 佐々美は脇目も振らず、その場から駆け抜ける。
 理樹は視界を外に向ける。
 向かいにある北校舎の3階から、美魚がNYPのビームライフルを構えているのがかろうじて見える。
「やってくれるじゃないか、西園さん・・・!」
 だが、もう一人射程圏にいる。
「古式さん、クドは!?」
 その先には、クドをお姫様抱っこして不敵に笑う、彼女の姿。

 1348
 Place:In front of 2F Unused classroom
  Yuiko Kurugaya appeared to reinforcement!!

「理樹君とみゆき君か。これは分が悪いな」
「わ、わふ・・・」
 状況についていけずに目を回しているクド。
「では、おとなしく降参していただけませんか?」
「それはできない相談だ」
 言って、すばやくバックステップ。
「逃しません!」
「こんなに早くこれを使うとは思わなかったが・・・、仕方あるまい!」
 瞬間、唯湖は足元に何かをたたきつけた。
 ものすごい白い粉が巻き上がる。
「ちょ、ロージン!?」
「けほっ、なんてことを・・・!」
 粉塵に怯んでしまった間に、唯湖はクドを抱えたままその場から姿を消した。
「・・・参りましたね。二人落とせるチャンスでしたのに」
「うん。西園さんもあんなとこにいるとは思わなかった」
 中庭をはさんだ向こう側を見て、理樹はため息をついた。
「・・・それより、掃除しないと不味いよね」
「ですね・・・」
 根が真面目な二人、貧乏くじ。
 とりあえず、手近な教室から雑巾を持ってきて、白くなった廊下を掃除するのだった。




 缶蹴りバトルロイヤル、戦いはまだ、始まったばかり。




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