「おまえら、ちょっとは落ち着け」
 モンペチを持ってきたことに気づいたのか、鈴の周りにものすごい勢いで猫たちが集まってくる。
「あー、うっとい!」
 口では悪態をつくのは、鈴なりの照れ隠し。
 喜んでくれるのは、正直うれしかったりしている。
「ほら、今開けてやるから」
 一つ一つ缶を開けていく。
「こら、お前さっき食べただろ」
「にゃー」
「人数分しか持ってきてないんだから我慢しろ。いや、猫だから猫数分か?」
「うにゃー」
「なに!? お前ももう食べたのか?」
「ぬおー」
「うわっ、お前人の取ろうとするなバカ!」
 そんな大騒ぎの中、いつの間にかいた影。
「・・・!?」
「・・・・・・」
 猫の集団の中に、いつの間にか。
 小学生くらいの少女が、まぎれこんでいた。
 知らない人と話すのは今を持って苦手だ。
 それでも鈴自身、それを克服したいと思っていたから。
「・・・お前、何だ?」
 ぶっきらぼうでも、声をかけた。
 少女は、鈴を一瞥しただけで、猫達に視線を戻す。
「・・・・・・」
 この反応には、鈴は正直弱った。
 彼女の周りの仲間達は、自分が話しかければすぐに答えてくれる人ばかりだったから。
 こんな風に、返答の帰ってこない反応に対しては全く対応できないのだ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 結局、その日は猫と遊ぶどころではなく。
 ただ、その少女を気にしつつ時間が過ぎるのを待つだけだった。



「?」
 理樹が図書室からの帰りの廊下でそれを見かけたのは偶然だった。
 いつものように鈴が猫にモンペチをあげている。
 そのあと、いつも鈴は嬉しそうに、はしゃぐ猫達の相手をするのだ。
 そんな心温まる光景は、ある意味この学園の風物詩。
 彼女や猫達を刺激しないようにしつつ、上の階の窓からその光景を見守っている人も多い。
 そんな光景に。
「・・・あの子、誰だろ」
 闖入者がいた。
 学園の生徒ではない、小学生くらいの少女。
 鈴はモンペチをあげつつも、明らかに硬くなっている。
 でも。
「・・・逃げないね、鈴ちゃん」
「あ、小毬さん」
 たまたま同じものを見つけたのか、それとも理樹が見ているものが気になって隣に着たのか。
 いつの間にか来ていた小毬の言葉に、ちょっと間をおいてうなずく。
「うん」
「でも、どうしたんだろうね〜」
 小毬の疑問はそのまま自分の疑問。
 鈴が初対面の子を相手に逃げを打たなくなったのはいいことだ。
 だが、あの子は一体どうしてこの学校の中にいるのだろう。



 翌日
「・・・・・・」
 また、その女の子がいた。
 それに気づいて鈴は、中庭に出たところで硬直してしまう。
 これが猫に危害を加えるようなことをしていれば、勢いに任せて何かできるのだろう。
 だが、その子はただ見ているだけだ。
 中庭でじゃれあっている猫たちをただ見ているだけ。
 と、猫たちが鈴に気づいて駆け寄ってくる。
 それはつまり、女の子の周りにいる猫たちがいなくなることで。
 猫たちを追って視線を動かした女の子と、鈴の目が合った。
「・・・うう」
 弱ってしまう。
 いつもなら振り払っているはずの猫たちのよじ登りも、されるがままだ。
 頭の上にレノンが乗っかり、満足げに一声鳴いた。
 猫たちはいつまでも立ち尽くす鈴に好き勝手にじゃれ付き。
 鈴は女の子と睨み合うような形でただ立ち尽くす。
 その日は結局、そんな形で放課後を終えてしまった。



「理樹」
 授業が終わって教科書を整理していた理樹に、窓のほうから声がかかる。
 そんなところから声をかけてくるのは一人だけだ。
「恭介。どうしたの?」
 言いながら振り返る。ロープにぶらさがった恭介がそこにいた。
「ちょっと話があるんだが、いいか?」
「・・・あのこと?」
 理樹は視線を返し、前の席のほうにいる鈴の背中を見やった。
「お前も知ってたか。なら話は早いな」
 恭介はそれだけで頷いて、
「じゃあ、そうだな、特別教室廉まで来てくれ」
「わかった。僕だけでいい?」
「いや・・・、できれば小毬も頼む。ことがあいつのことだから、小毬にも協力を頼みたい」
 できれば、と付けたのはおそらく、鈴に不審に思われそうなら呼ばなくていい、ということだろう。
「わかった。後でね」
「ああ」
 恭介は頷くと、窓の外のロープを上っていく。
 それを見送ってから、理樹は視線を鈴の方へ向けた。
「・・・?」
 妙に気合が入っているように見える。
「鈴のやつ、どうかしたのか?」
 真人の疑問に、理樹は「さぁ」としか返せず。
 気合の入った足取りで教室を出て行く鈴を見送った。
 そして、同じように見送っている小毬に近づく。
「小毬さん、鈴に何か言った?」
「ふえ? ううん、何にもいってないよ?」
「・・・だよね」
「鈴さん、どうしたんでしょうか・・・。心配なのです」
 クドも鈴の様子が変なことに気づいていたのか、そんなことを言ってきた。
「うん・・・」
 鈴の出て行った教室のドアを見ながら、理樹もうなずいた。
「・・・あ、小毬さん」
「ふえ? なーに?」
「恭介が僕らに話があるって。多分、鈴のこと」
 小毬は少しきょとんとした顔になるったが、
「うん、わかったよ」
 すぐさま、真剣な顔になって頷いた。



「来たか、理樹、小毬」
「うん」
「こんにちは〜、恭介さん」
 その恭介は窓の外から中庭を見ている。
「今日もあの子来てるの?」
 言いながら、理樹も中庭を覗いた。
 また鈴と女の子が対峙している。
「まるで決闘前のにらみ合いだな」
「いやいやいや・・・」
 微苦笑。とはいえ、恭介の感想はかなり的を得ている。
「うーん?」
 同じように見ていた小毬が首をかしげた。
「どうしたの?」
「うん・・・。鈴ちゃん、何か持ってないかな?」
「え?」
「なに?」
 小毬の言葉に、二人で改めて、鈴の手元を確認しようとする。
「だめだ、よく見えない・・・。小毬さん、目、良いね」
「私もはっきり見えてるわけじゃないよ〜。そんな気がしただけというか」
 理樹も小毬も、その『何か』の正体を見極められずに困り顔になってしまう。
「確かに何か持っているように見えるが・・・。やっぱよく見えんな」
「ではこれを使うといい、恭介氏」
「助かる、来ヶ谷」
「・・・は?」
 唐突に割り込んだ声に対して、全く動じない恭介と、驚いて振り向く理樹。
 全く対照的な反応を返してしまった。
「ほわ!? ゆいちゃんいつからそこに!?」
 遅れて、小毬も驚きの声を上げた。
「何だ、お前ら気づいてなかったのか?」
「私としては恭介氏にも気づかれないようにしたつもりだったのだがな」
 恭介は唯湖から渡された双眼鏡を目に当てつつ、
「あれは・・・、猫じゃらしか?」
「ふえ?」
「猫じゃらし?」
 鈴がそういったもので猫と遊ぶことがあるのは知っているが。
 改めて、中庭を覗いてみた。



 気合を入れて出てきはしたものの。
 やはり女の子と視線を合わせた瞬間、体が強張ってしまった。
「・・・うう」
 猫たちにされるがままになってすでにどれくらい過ぎたのか。
 女の子は鈴にじゃれ付く猫たちを見ているだけだ。
 鈴は、その女の子が何故か気になって仕方なかった。
 見られているから気になるのではなく。どこかで見たことがあるような。そんな感じ。
 でかぷー、だったか?とそんなことを思い出した。
 と、チャイムが鳴った。時計を見ると、6時だ。女の子は、この時間にいつも立ち去っていく。
 今日も、いつもと同じように立ち上がって歩いていった。
「・・・あ」
 その背中を見送りつつ、鈴の口から、言葉にならない言葉が出て。
 女の子は、それに気づかないまま、家路に戻る。
「・・・結局、話しかけられなかった」
 ぽつりと、呟く。
 手に持っている猫じゃらしを見て、ため息ひとつ。
「・・・あたしは、ほんとにだめだな」
 にゃー、と猫たちが励ますように鳴く。
「お前ら、励ましてくれるのか? ありがとな」



「恭介、どうするの?」
 眼下の一部始終を見て、理樹は改めて恭介に問いかける。
「・・・何か手助けしてやろうと、正直思っていたんだが」
 女の子が帰っていって、明らかに落ち込んでいる鈴を見て、恭介もまた頭を掻いた。
「鈴ちゃんはがんばってます」
「うむ。まだ結果は出ていないが」
 小毬と唯湖の意見。
 二人ともわかっているのだ。鈴が、自分で何かをしようとしてることに。
 恭介も、多分そうなのだろう。
「理樹、お前はどうしたらいいと思う?」
「え?」
 理樹は突然のその質問に少し考え込む。理樹だって気づいている。だから、恭介に問いかけたのだ。
 自分のスタンスは、もう決まっていた。ただ、どう説明すれば良いか少し戸惑って、考えながら口を開いた。
「僕は・・・、見守っていた方がいい、と思う。鈴が手助けを求めてくるまでは」
「・・・そうだな。やっぱ、そうだよな」
 理樹の答えに、恭介は天井を仰ぎ見た。
「やれやれ、俺はどうやらかなり過保護らしい」
「・・・・・」
「って、理樹。何だその『今更気づいたの?』とでも言いたげな目は」
「ずばりそのとおりなんだけど」
 あっさりと理樹に返され、恭介の肩ががっくりと落ちた。
「はっはっは。何、鈴君はかなり保護欲を煽る性質だからな。無理もあるまい」
「恭介さんはお兄さんですから当然ですよー」
 二人の意見に苦笑いしつつ、
「それじゃあ、リトルバスターズとしては、鈴が手助けを求めてくるまで不干渉を徹底する」
「うん、わかった」
「おっけ〜ですよ〜」
「うむ、了解した」
 それぞれに返事を返して、理樹は中庭から去ろうとする鈴を見た。
「・・・がんばって、鈴」
「がんばってね、鈴ちゃん」
 同じ言葉を隣で口にした小毬を驚いて見て、目が合って、ちょっと苦笑してしまった。



 そんな日が数日続く。
 女の子は相変わらず訪れ、鈴は相変わらずどう接していいか困って。
 リトルバスターズの面々はそれを見てはやきもきしつつ。
 そんな日に、唐突に変化が訪れた。



「こまりちゃん!」
「ふわ!?」
 ばん、と音がしそうな勢いで小毬に話しかけてきた鈴。
「ど、どうしたの、鈴ちゃん?」
「えっと、えっとだな。聞きたいことがあるんだ」
「ふえ?」
 聞きたいこと。頼みではなく。
「何かな?」
「うん、えっとな、えっと・・・」
 ことこういう事に関しては説明が苦手な鈴。必死で頭の中で言葉を組み立てている。
 小毬はそれを急かさない様に、待つ。
「えっと・・・。友達の作り方が知りたいんだ」
「・・・・・・ふえ?」
 予想外すぎる質問に戸惑う小毬。
「・・・友達の、作り方?」
 そのまま問われた言葉を返してしまった。
「そうだ」
 遠目に見ていた理樹から見ても、小毬は相当に困っている。
 とはいえ、リトルバスターズの中でも特に小毬は友達の多いほうだ。
 あの鈴に負けず劣らず誰にも懐かない気高き猫、笹瀬川佐々美の友達をやれるほどだし。
 この答えづらい質問の的にされてしまうのは、まぁ、理解できる話ではあった。
「・・・とはいえ、無茶な質問だよなぁ」
 理樹も思わず独り言を呟いてしまう。
 小毬は頭を抱えて唸りだしてしまい、それを心配して鈴が慌て始めている。
 これを恭介に聞いていたなら、恐らく簡単に答えていたかもしれない。『躊躇わない事さ』とか何とか。そんな感じで。
 これは助け舟が必要かな、と判断して、理樹は二人に近寄った。
「どうしたの?」
「うわ、理樹!」
「え?」
「な、なんでもないぞ、なんでもない! あっちいけっ」
「えっと・・・?」
 何故か追い払われようとしている。
「鈴、僕なにかした?」
「してないしないするな!」
「・・・すごい三段活用だね」
「鈴ちゃん・・・、どうしたの?」
 小毬も妙に邪険にされる理樹を見て、首をひねっている。
「うう、小毬ちゃん! あそこにいくぞ!」
「ふえ? えっと、うん、わかったよ」
「理樹は来るな、わかったな!?」
 言いながら、鈴は小毬と連れ立って走り去っていく。
「・・・えっと?」
 よく判らないままに置いていかれてしまった理樹は、思わず首を傾げてしまった。
「嫌われたようですね、直枝さん」
「わふー、元気を出すのです、リキ〜」
「・・・いやいやいや。多分そういうのじゃないからさ」
 好き勝手なことを言う美魚とクドに、とりあえず突っ込みは入れておいた。



 鈴と小毬、二人がそろっていく「そこ」というのは大概限られて。
 屋上に出て一息つく鈴を見ながら、小毬は微笑む。
「理樹くんには聞かれたくなかったの?」
「うう」
 鈴はうなり声を上げながら、
「だって、笑われる」
「笑わないよ〜」
「いや、理樹は笑う。今あたしらしくないことをしようとしてるから絶対笑う」
「そうかなぁ?」
 確かにちょっと笑うかもしれないが、それは悪意のあるものではないだろう。
 むしろ、微笑ましいとかうれしいとか、そんな類。
 鈴にしてみれば、そんな笑顔を向けられるのも十分恥ずかしいのかもしれないが。
 それよりも、だ。
「あたしらしくないこと、って?」
「う」
 鈴は口ごもると、
「・・・た、他言無用だ」
「うん、約束するよ〜」



 一方。
「そんで、鈴はお前から逃げてった、と」
「まぁ、そんな感じ」
 学食でほとんど食べ終えてしまったラーメンのスープをなんとなくかき混ぜつつ、理樹は恭介に答える。
 その恭介は、どこから調達してきたのか、ビッグマックセットなどを頬張っている。突っ込まないことにしたが。
「珍しいな。鈴が理樹から逃げ出すような真似をするとは」
「うーん、意外とそうでもないんだけど」
 和食セットをご飯とおかずを均等に食べていく謙吾に答えつつ、理樹はスープに沈んでいたチャーシューのかけらを器用に箸でつまみ、口に運んだ。
 昼からステーキなどをさっさと食べ終えてしまった真人はというと、伸びをしつつ、
「けどまぁ、鈴の相談事っていったら、真っ先に理樹に行くもんだと思ってたけどな」
「・・・兄としては正直不本意だがな」
 言ってからポテトを口に放り込む恭介。
「うーん・・・。というか、最近の鈴なんだけど」
 理樹は少し考え込みながら、
「ひょっとしたら、僕たちから卒業しようとしてるのかな、って」
「なに!?」
「つまりそれはあれか!? 俺の筋肉が足りないってことか!?」
 動揺したのは謙吾と真人。
 恭介はというと。
「ふ、鈴もそんなことを考える時期なのか」
「本人無意識だと思うけどね。ところで恭介、ストローは噛むものじゃないよ?」
 こっちも一見冷静に、しっかりと動揺していた。
「実際、僕たち四人ともさ、鈴のこと、妹みたいに見てるでしょ?」
「いや、俺は実の兄だから当然なのだが」
「・・・・・・それはともかく」
 普段入れる側のはずの突っ込みを貰い、ちょっとテンポの乱れる理樹である。
「確かになぁ。何かしら鈴がやってると首突っ込んでた気がするぜ」
「うむ・・・。それが当然だとも思っていたな」
 真人が天井を仰ぎながら言い、謙吾もうなずき、続ける。
「ようするに、俺たち全員が過保護だったということかもしれんな」
「そうだね・・・」
 理樹もため息ひとつ。
 理樹自身、幼馴染五人の中では守られる側ではあったが、だからこそ頼ってくれる鈴にはちょっと兄貴風を吹かしていた気もする。
 結果として、この年まで鈴を五人の中に閉じ込めてしまっていたのかもしれない。
「鈴の人見知りがここまで続いたのは、ある意味俺たちのせいでもある、か」
 恭介が沈痛な表情で呟く。
 人見知りする鈴を外に連れ出すために引いてきた手だったが、長く引きすぎたのかもしれない。
 そんな、僅かな後悔。
「ひょっとしたら、最初に鈴を一人の人間として見て上げたのは、小毬さんなのかもしれない」
「だから鈴は、自分を認めてくれた小毬だから友達になれた、ってとこか」
 自分たちにとっては妹だが、小毬にとっては友人、親友だ。
 もちろん、その他の仲間たちにとっても鈴は友人だろう。
 だが、最初にそう見てくれた人、という点では、やはり小毬は鈴にとって特別な位置にいるのかもしれない。
「やれやれ・・・。ほんっと最近俺、鈴に対して役立たずもいいところだな」
 自虐的にぼやく恭介に、理樹は何言ってるんだか、という視線をやる。
「よく言うよ。何かあったらいつも飛び出せる位置に控えてるのに」
「全くだ。兄バカというか、シスコンというか」
「お前ら、そこは慰めろよ」
 不貞腐れて紙コップを握りつぶす恭介である。
「で、その、卒業しようとしてる鈴はどーすんだ?」
 真人に言われ、理樹は苦笑を返す。
「見送ってあげないといけないんじゃないかな?」
「くっ、名残惜しいぞ、鈴・・・」
「いや謙吾、別に物理的に離れ離れになるわけじゃ・・・」
 わけじゃない。だが、頼られることはこれから先どんどん減っていくだろう。
 そういう意味では、確かに寂しかった。
 それに、こうして皆が一緒にいられる時間も永遠じゃない。
 永遠に一緒にいられる時間は、あの時、そう覚悟して向こう側に置いてきたのだから。
 だから。
「・・・僕らも、鈴の兄貴分、ってところから先に進まないといけないんだろうね」
「・・・・・・」
 理樹の言葉に、3人とも沈黙。
「だがまぁ、鈴を安心して送り出すにはまだ心もとない」
「恭介?」
「いずれ間違いなく、鈴は巣立っていくだろう。だがそれまでの間はせいぜい、兄貴として勝手に威張らせてもらうさ」
 ようするに、しっかり成長するまでは口も出すし手も貸す、というところか。
 苦笑して、理樹は釘を刺してみる。
「過保護にならないようにね、バカ兄貴」
「鈴みたいに呼ぶなよな・・・」



 放課後。
 やはり、その少女はやって来た。猫たちの中でしゃがみこんで、彼らを見つめている少女の姿。
 鈴はそれを見つけると、深呼吸する。
「・・・よし」
 竦みそうになる足を無理やり前に動かして、鈴はその子の隣まで歩いていった。
「・・・」
 少女は鈴を見上げる。
 目が合えば動けなくなることはなんとなく気づいていたから、鈴は極力目を合わせないようにしながら。
「また来てたのか」
 かなりぶきらっぽうだが、声をかけた。
「・・・・・・」
 無言のまま少女は猫たちに視線を戻す。
「・・・・・・」
 反応がないのに困りながら、それでも気力を奮い起こす。
「・・・ひょーどるっ」
 いつもよりかなり硬い声が飛び出した。呼ばれた黒猫は、一瞬驚いたように飛び退く。
「あ」
 怖がらせてしまった。深呼吸する。
「ヒョードル、おいで」
 今度はいつもに近い声が出た。まだ少し硬かったが。
「・・・?」
 少女は鈴が呼んでいるのが何なのか気になっているようだ。
 鈴はブラシを取り出すと、寄ってきたヒョードルの毛並みを整えてやる。
 気持ちよさそうな声を上げるヒョードル。それを見つめる少女。
「・・・・・・」
 横目でそれを見ると、鈴はもうひとつブラシを取り出した。
 無言で少女に差し出した。
「・・・?」
 不思議そうにそれを見る少女に対して、やはりぶきらっぽうに、鈴は言う。
「やってみろ」
「・・・・・・」
「・・・・・・こいつらも、喜ぶ」
「・・・・・・どの子に?」
 初めて、少女から言葉が返ってきた。
 鈴は驚きに目を丸くするも、慌てて、
「レノンっ」
 呼ばれた白猫は待ちかねたように鈴の肩を駆け上って頭の上に陣取る。
「って、いきなりそこにいくな・・・」
 頭の上の白猫を抱き上げ、少女の膝の上に降ろす。
「・・・・・・っ!?」
 少女は驚いたのか、体を強張らせた。
 少女の緊張が伝わったのだろう、レノンもまた、その体を強張らせる。
「レノン、大丈夫だ」
 白猫にそう声をかけて優しく撫でて、少女にうなずいてやる。
 少女は緊張した手で、そっとレノンの毛を梳いてやった。
 やがてレノンが気持ちよさそうに一声鳴いた。
 それを聞いた少女の顔に、少しだけ嬉しそうな表情が浮かぶ。
 その顔を見て、鈴はやっと一息つく。張り詰めたものが溶けた気分だった。
 その瞬間。
「・・・うわ!?」
 レノン以外の猫たちが鈴に群がった。
「お、おまえら、なんだいきなり!?」
 少女はそんな鈴を驚いたように見つめ、微笑した。
「うう、笑うなー」
 猫たちに下敷きにされながら、情けない声を上げる鈴。
「・・・っ」
 こらえ切れなかったのか、少女が小さく笑い声を上げる。
「うう」
 恥ずかしいのと、嬉しいのと、半々の気持ちで、鈴は渋面になるしかなく。
「あー、もう、お前らどけー!」
 とにかく怒った振りをして、猫たちを払いのけて立ち上がった。
「全く、油断するとすぐこうだ」
 少女はそんな鈴を見上げて、笑う。
 照れ隠しを見破られているのかもしれない。
 鈴はそっぽを向いて、でも彼女の隣に腰を下ろした。
「テヅカ、おいで」
 別の猫を呼んで、自分の膝に抱き上げた。
 そうやって、二人で猫の毛繕いをしてやる中で、唐突に鈴は少女に声をかけた。
「お前、なんていうんだ?」
「・・・?」
 少女が鈴を見上げてくる。
「えっと、あたしは鈴だ。棗鈴。お前は?」
 少女は小さく答える。
「りん」
「・・・うん、そうだ。で、お前の名前は?」
「だから、りん」
「それはあたしの名前だ」
「ちがう、あたしの名前」
「・・・・・・」
 沈黙して、考える。やがて、気づいた。
「にゃにい!? お前も『りん』なのか!?」
 少女がうなずく。
「さっきからそう言ってる」
「うう、そ、そうだったのか」
「お姉ちゃん、ばか?」
「!?」
 ショック。
「ば、ばか? あたしがか? あたしは真人や謙吾と同じなのか? うわ・・・、それは嫌だ・・・」
 明らかに落ち込んだ様子の鈴の背中を、『りん』は軽くたたく。
「・・・がんばれ」
「ううう」
 励まされてしまった。
「・・・この子達、お姉ちゃんの?」
「猫たちか?」
「・・・うん」
 お姉ちゃん、などと呼ばれることなど今までなかったから、少しだけ得意げに、鈴は答える。
「そうだ」
「・・・そうなんだ」
 ほぼ全てが恭介の拾ってきた子であることは意識の外。
 『りん』は自分の膝の上で寝ているレノンをそっとなでる。
「・・・あたしも猫欲しい」
「飼えないのか?」
「・・・うん」
 と、6時のチャイムが鳴った。
「「あ」」
 二つの声が重なる。
「・・・帰る」
「あ、ああ」
 立ち上がる『りん』の背中を見て、鈴は立ち上がると、
「あ、明日も来いっ」
「・・・・・・」
 少女は驚いた顔を見せると、それから少しだけ笑顔を見せて
「・・・うん」
 うなずいた。
 帰っていく少女を見送る鈴は、少しだけ誇らしそうだった。



「うううううう・・・」
「小毬さん、にやけすぎ」
「よくやった・・・。よくやったぞ、鈴っ・・・」
「うわ、恭介感激で泣いてるし・・・」
「よっしゃあ! 今日は朝まで鈴祭りだ!!」
「謙吾それ意味わかんないから」
 特別教室前の廊下から中庭を見下ろしていたリトルバスターズの面々である。
「でも鈴ちゃんよかったねぇ。あの様子なら、きっと仲良くなれたんだよね」
 本気で喜んでいる葉留佳の言葉に、理樹は頷く。
「うん、多分ね」
 先ほどまで突っ込みで忙しかった理樹も、人のことをとやかく言えないほど嬉しそうだ。
「鈴ちゃんよかったよ〜」
「鈴さんよかったです〜」
「うおお、鈴、お前の筋肉のすごさ見せてもらったぜっ」
 一部妙な感想があるのはいつもの事として聞き流すことにした。
「しかし、皆これ知らなかった振りできるの?」
「無理でしょうね・・・」
 美魚の間髪入れない返答に、理樹は苦笑する。
「・・・まぁ、いいか」
 嬉しいことには違いないから。
 そう思っていた。
 おそらく、この場のほぼ全員がこれで終わりだと思っていた。
 一人を除いて。



「鈴ちゃん、これから、だね・・・」
 小毬は、少女を見送る鈴を見つめながら、つぶやく。
「がんばって、鈴ちゃん・・・」






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