3日目。

「真人、僕、今日学校休むから」
「え、何だ理樹、具合・・・。いや、わかったよ」
 理樹の真剣な顔を見て、真人は察したように頷く。
 私服に着替え、男子寮を早めに出ながら、携帯を取る。
「恭介、僕。あの子の家に行こうと思うんだ。うん、謙吾から場所聞いた。え? 部屋番号? ・・・仕方ないよ、当たるまで聞く。それしかないし」
 話しながら、理樹は校門前にたどり着く。
「うん、だから、鈴には上手く」
「俺も言っておいて欲しかったんだがな・・・」
「・・・・・・へ?」
 突然携帯越しじゃない声が割り込んで、思わず振り向く。
「よう」
「・・・・・・恭介」
 理樹と同じく、私服姿。さっきまで理樹と話していた携帯を手で遊びつつ、恭介もまたそこにいた。
「そういうことだ。行くぞ、理樹」
「・・・うん!」
 恭介に頷いて、歩き出す、その瞬間。
「あれ?」
 予想外の声が聞こえた。
「・・・・・・え?」
「おいおい・・・」
 理樹も恭介も、その声の主に流石にまともな声も出ない。
 振り向いた先には、小毬。
 しかも普段の私服からは予想できない、ジーパンにブラウスという活動的な服装で。
「あ、えーっと、これはですね〜」
「・・・・・・」
 理樹と恭介は顔を見合わせ、思わず失笑。
「あう、笑われた〜・・・」
「行こう、小毬さん。りんちゃん探しに行くつもりだったんでしょ?」
「・・・う、うん。ひょっとして、理樹君と恭介さんも?」
「まぁな」
 三人で歩き始めながら、理樹は小毬に問いかける。
「小毬さん、アリバイ工作は?」
「ふえ? え、えっと・・・」
「来ヶ谷に言っとこう。あいつなら何とかするだろ」
「ご、ごめんなさい〜・・・」



 謙吾から聞いた道順を頼りにやってきた場所は、結構背の高いマンションだった。
「・・・恭介、これ一人で回るつもりだったの?」
「・・・お前こそ」
 もし一人できた場合を考え、理樹と恭介は背筋に寒いものを覚えてしまった。
「うーん、どうしましょう・・・?」
「手分けするか。両親共働きだったら無駄足になるだろうが・・・」
「まだ登校時間くらいだから、ひょっとしたら見つかるかも」
「後は、セキュリティがしっかりしてないといいんだが・・・」
「それは、お手上げだね・・・」
 幸いにもそこまで新しい建物ではなかったらしく、入るのに苦労はしなかったが。
「学生証はあるな? あと事情をしっかり話すこと。不審人物と思われるのはあれだからな」
「わかりましたっ」
「うん、了解」
 恭介と小毬とそれぞれ別行動に移り、理樹は自分の目の前に続くドアの並んだ廊下を見た。
「・・・よし」
 一瞬気後れしそうになって、小毬直伝の魔法の言葉で奮い立たせる。
 一番近くのドアのインターフォンを鳴らして、
「あの、すみませんー」
 細かい事情を話し、違ったら丁寧に謝り。
 一部屋一部屋回ってみるが、結局のところ。
「参ったな・・・。外ればかりだ」
 次が、自分が回る場所では最後になる。
 時計を見ると、いつの間にか9時半を回っている。
 説明に時間がかかった所もあったから仕方ないか、と頭を振って、最後のドアのインターフォンを鳴らそうとし、
「あ」
 いきなり、ドアが開いた。
「あ、すいません!」
 母親らしき人が慌てた様子で外に飛び出してくる。
 エプロンもつけたままだ。
 母親らしい人はそのまま鍵もかけずに走り出そうとする。
「あ、ちょっと、鍵かけないと・・・!」
「あ、ああ、すいません!!」
 思わずそんな声をかけてしまった。
「どうか、されたんですか?」
「は、はい・・・。ああもう、鍵どこっ!?」
 ばたばたと家に戻っていく女性を見送って、理樹はどうしようか、と天井を振り仰ぐ。
 自分たちも大変だが、この人も大変そうだ。放っては置けないか、と腹を決めて。
 少し経って戻ってくると、慌しい様子で鍵を閉め、
「そうだ、あの!」
「は、はい?」
 あまりの勢いで詰め寄られ、理樹は腰がひいてしまう。
「うちのりんを見ませんでした!? ああ、えと、このくらいの子で・・・!」
「・・・・・・え」
 予想外の事が起こっている。
 理樹がすぐ判ったのは、それだけだった。



「学校に行ってない・・・? 理樹君それほんと!?」
 小毬はエントランスに向かいつつ、理樹からの電話に答える。
「うん・・・。うん・・・。わかった、すぐに戻るね!」
 エレベーターに飛び乗り、小毬は落ち着かない様子で1Fの印を押す。
「・・・大丈夫だよね・・・、大丈夫・・・」
 エレベーターを降りると、理樹と恭介が既に待っていた。
 恭介は携帯で誰かに連絡を取っている。
「小毬さん!」
「理樹君、どうするの?」
「うん、恭介はいったん学校に戻るって。僕はこのまま探しに出る」
「判ったよ。じゃあ、私も探す」
「大丈夫? 当てなんかないよ?」
「だって、ほっとけないよ」
 小毬にとってはそれで十分な理由なのだ。理樹もそれがわかっているから、ため息だけで済ませる。
「わかった、お願いするよ」
「うん!」
小毬が頷いたのとほぼ同時に、恭介が携帯を切る。
「恭介、どう?」
「ああ、念のため来ヶ谷に聞いてみたが、うちの学校には来ていないらしい」
「そっか。じゃあ、学校の方はお願い」
恭介は一旦学校に戻る。
「ああ、二人とも気をつけろ」
「わかりました」
「これ、あの子のお母さんの連絡先。見つけたら必ず教えてあげて」
「当たり前だ。じゃあ、後でな」
 恭介が走り去り、理樹は小毬と頷きあって、それに続くように散っていく。



 恭介が学校に戻ったのは、ちょうど一時間目が終わった頃だった。
 そのままの勢いで、理樹達の教室に飛び込む。
「な、何だ恭介、就職活動に出たんじゃなかったのか?」
 驚いた様子の真人に後にしろ、とばかりに手を振って、鈴の座る机に駆け寄った。
「・・・きょーすけ」
「鈴」
 佇む兄を見上げる妹。
「あの子、昨日も今日も、学校に行っていないらしい」
「・・・・・・何?」
「家を出たきり、どこかに行っているらしい。今、理樹と小毬が探している」
「・・・・・・」
「鈴、お前はどうするんだ?」
「あたし、は・・・」
 うつむく。
「ここで黙って座っているつもりか?」
「・・・・・・」
 手を振るわせる。こぶしを握る。
「・・・いいのか? それで」
「・・・・・・良いわけっ」
 がたん、と椅子を蹴倒すように、勢いよく立ち上がった。
 恭介を睨み付けて、叫ぶ。
「良いわけ、あるかああああああああ!!」
 鈴に足りなかったのは、最後の一歩。
 だから、恭介はそれに答えるように、喝を入れる。
「だったら走れ!! 棗鈴!!」
 その声とどちらが早かったのか、鈴はすぐに教室を飛び出した。
 教室の全員が呆然とそれを見送る中。
「・・・さて、と」
「うむ」
「行くか」
 真人が、唯湖が、謙吾がそれぞれ立ち上がった。
「三枝さん、私です。ええ」
 美魚が携帯を手に葉留佳に連絡を取る。
「わふー、リトルバスターズ、本領発揮なのです!」
「ははっ」
 クドの言葉に恭介は失笑。自分は何も言っていないのに、それが当たり前だとばかりに。
「はるちん、参上!! 行くんだよね、皆!」
「「「当然だ」」」
 恭介、謙吾、唯湖の言葉が重なる。他の仲間も頷く。
「行くぞ、リトルバスターズ全員に告ぐ。ミッションだ!」
 恭介は右手を掲げると、
「必ずりんちゃんを見つけること、いいな!」
 全員が頷く。
「ミッションスタートだ!!」
 その言葉を皮切りに、全員が教室を飛び出そうとする。
 その目の前に、立ちはだかるもの一人。
「待ちなさい!」
「佳奈多!?」
「佳奈多さん!」
「葉留佳の様子がおかしいから見に着てみれば・・・。これから授業が始まろうというのに、どこへ行くの?」
「大事な、大事な用事!」
 葉留佳の答えに、佳奈多は葉留佳の目を見つめる。
 葉留佳も目を逸らさない。
「はぁ・・・。わかったわ、学校のことは任せなさい」
「え」
「早くしなさい。大事なんでしょ」
「・・・うん! ありがと、佳奈多!!」
 駆けていく葉留佳を見送って、佳奈多はため息。
「私は今の丸くなった佳奈多君のほうが好きだぞ?」
「からかわないで下さい」
「はっはっは。では、また後でな」
 唯湖が行く。
「後は頼む、二木」
「すまねぇな、二木よ!」
「いいから早く行きなさい」
 謙吾と真人がそれぞれ声をかけて、走り去る。
「佳奈多さん、ありがとなのです!!」
「ああもう・・・」
 クドは佳奈多の両手を握って振り、それから仲間の後を追う。
 美魚は一礼して、すぐに走っていく。
「助かる、二木」
「良いからさっさと行ってください」
「はは」
 恭介は笑う。そして、走り出した。
 その全員を見送って、佳奈多はまた一息。
「・・・まったく。私絶対毒されてるわよね・・・。さて、どう言い訳しましょうか」
 言い訳を考えるのを楽しんでいる自分がいるのに気づいて、余計にため息をついた。



 メールの着信に気づいて、理樹は携帯を開く。
 その言葉だけが記されたメールに、理樹は笑う。

『ミッションスタート』

 そのメールを見て、小毬は安心したように微笑む。
 皆が動いた。ならきっと上手くいく。



「三枝、飛ばしすぎだ」
 謙吾に呼び止められ、葉留佳は振り向く。
「謙吾君・・・、でも!」
「焦るな。お前が倒れたら元も子も無いだろう」
「・・・でも、今の状況、私が作っちゃったんだよ? だったら、私ががんばらないと」
 葉留佳の言葉に、謙吾は一息つくと、
「ばーか」
「え!?」
「何のための仲間だ? つらい事、きつい事を分け合う為の仲間だろう」
「・・・・・・謙吾君」
「・・・さっさと行くぞ!」
 照れくさくなったのか、謙吾は歩いていく。
「・・・ごめん、ありがと」

「真人!」
「お、理樹じゃねーか!」
 縦横無尽に走り回っていた真人を見つけ、理樹は声をかける。
「見つかった?」
「いや、まだだ。そっちはどうなんだよ?」
「こっちもまだ。鈴はどうしてる?」
「真っ先に出てったぜ。ったく」
 言いつつ、真人はどこか嬉しそうだ。不謹慎だが、理樹もその気持ちはわかる。
 鈴が、自分から人と関わろうとしている姿は、やっぱり嬉しいのだ。
「おっしゃ、んじゃ、行くぜ!」
「うん。あ、あんまり走りすぎて事故とか起こさないでよ?」
「へ、俺の筋肉の前じゃ、車だってひしゃげるぜ!」
「・・・スーパーマンじゃないんだから」

「学校に行っていないとすると、どこに行ったのでしょう・・・」
「そうですね・・・」
 クドと美魚の二人は、自分たちの体力不足も考えて確実な捜索に徹する。
「小学生が一人で居ても不思議じゃない場所・・・。いえ、この時間ではどこに居ても・・・」
「わふー・・・、地道に一つ一つ見て回るしかないですかー」
 言いつつ、クドは何故か郵便ポストを覗き込む。
「りんちゃーん、いませんかー?」
「能美さん、さすがにそれはないかと」
「・・・ですよね」
 何だかんだで、クドも結構焦っているのかもしれない。
 美魚はクドの帽子を手直しすると、
「落ち着いていきましょう。焦って見逃したらどうしようもありません」
「わふ・・・、はいです」

 駅員に『りん』の背格好を話して、見ていないという言葉に安堵半分落胆半分、小毬は駅から出てくる。
「ふむ、どうやら街から出てはいないようだな」
「ほわ!? ゆいちゃん!?」
 いきなり後ろから話しかけられ、腰が抜けそうなくらい驚いてしまう。
「ど、どーしたの?」
「うむ、やはりまず探す地域を限定するべきだと思ってな。バス、電車、タクシーその他もろもろの交通手段に問い合わせたところだ」
「・・・・・・ほわぁ、すごい」
「ふ、造作も無い」
 不適に笑いつつ、唯湖は腕組みをする。
「そうなると、街中か。りんちゃんが行きそうな場所で私たちが知っているのは、あの猫の中庭くらいだが・・・」
「うん・・・」
 駅前の地図を見て、二人で頭を悩ませる。
「ゆいちゃん、鈴ちゃんは?」
「ゆいちゃんはやめろと・・・。鈴君なら真っ先に飛び出した。今もおそらく探し回っているだろう」
「そっかぁ・・・。ようし!」
 小毬はぐっと手を握ると、踵を返す。
「む、宛てがあるのか?」
「そんなの無いよ〜。でも、鈴ちゃんも頑張ってるんだから、少しでもお手伝いしたいの」
「そうか。そうだな」
 唯湖は笑って頷くと、
「では、私も行こう。また後でな、コマリマックス」
「うん、また後で〜」

「りん・・・りんっ・・・! どこだ・・・!?」
 息を切らせて電柱に手を付き、鈴はそれでも走ろうとする。
「鈴!」
「・・・あ、きょーすけ」
「お前、もう少し後先考えろ・・・」
「だ、大丈夫だ、平気だ」
 恭介は差し伸べようとした手を止める。
 鈴は、自分たちから卒業しようとしている。理樹が言った言葉を思い出して。
 一人の人間として立つために。
「・・・そうか」
 恭介は頭を振って、鈴を追い抜く。
「鈴、俺は別の場所を探す。この辺りはお前に任せる。いいな?」
「・・・わかった、絶対見つける!」
「よし」
 恭介は頷くと、鈴に背を向けて走り出した。
「ったく。一足飛びにでかくなりやがって・・・」
 喜びと寂しさの混じった自分の言葉に、思わず苦笑した。



 時計が1時を回った。
 葉留佳は疲れて立ち止まった先で、ディスプレイに並んでいる時計を見てそれに気づいた。
 と、その時計に視線を止める。猫柄の時計。
「・・・・・・猫」
 そういえば、あの子は猫が好きだった。
 友達がいらないと言った。
 自分が辛かった時、何に縋ったか。
 だったら、あの子が何に縋ろうとするか。
 好きなものに。大切なものに。
「・・・・・・猫が、いるとこ・・・。それで、連絡が入らないとこ・・・!」
 わたわたと携帯を取り出し、メモリを呼び出す。
「恭介君!? あのね、ちょっと思ったんだけど・・・!」

「・・・猫が居て、連絡が入りにくい・・・場所? ・・・いや、ある。三枝、近くの公園を当たれ。特に裏道にあるような小さな奴をだ」
 恭介は携帯を肩で挟んで、手帳から地図を取り出す。
「遊戯施設がどんなのがあるかわからんが、隠れられそうな所があったら必ず調べろ、いいな」
 近場にある公園を手当たりしだいチェックする。
「今どの辺りに居る? ・・・よし、わかった。地図ならあるから、少し待て、メールする」
 言って、一度携帯を切る。
 地図を広げ、写真に撮り、メール。

「うん、メール見た。小毬さんはどの辺?」
 理樹は近くの公園に駆け込み、辺りを見回しつつ。
「結構離れてるね。鈴には連絡取れた? ・・・そっか。多分メールのことで恭介と話してると思う。そっちは大丈夫だと思う」
 と、ふと猫の鳴き声が聞こえた。
「・・・あ、いや、ちょっと待って」
 息を殺して、茂みの影を覗く。
「・・・・・・見つけた・・・・・・!」
 ランドセルを枕のようにして、眠っている『りん』が、そこにいた。

「いたのか!?」
 電話にかじりつく様な勢いで叫ぶ。
「どこだ!? ・・・・・・・・・わかった、すぐ行く!」
 鈴は携帯を切ると、走り出す。
「あ、鈴さん、見つかったって・・・わふ!?」
 横を凄まじい勢いで駆け抜けられ、クドは悲鳴を上げる。
「・・・大丈夫でしょうか」
 美魚は心配そうな目で、鈴の後姿を見送った。



 『りん』を見つけた公園の前まで行くと、既に唯湖と真人が来ていた。
「真人、くるがやっ」
「鈴君・・・。どこから走ってきたんだ。汗だくではないか」
 唯湖はハンカチを手に取ると、鈴の汗を拭ってやる。
「す、すまん・・・。りんは?」
「あそこだ。理樹君が見ている」
「まだ寝てるっぽいぜ。まぁ、頑張れよ、鈴」
 真人に言われ、鈴は頷く。
「行ってくる」
 それから公園に入っていく。理樹が立っている場所に向けて。
 理樹は何も言わずに鈴の方に歩いてきて、右手を上げた。
 鈴も躊躇いがちに右手を上げる。
 バトンタッチ、そんな感じで、互いの右手を打ち合わせた。
 すれ違って歩いていく理樹の背中を一度だけ振り向き、鈴は眠る『りん』の傍に腰を下ろした。
「・・・・・・」
 静かに、その髪を梳いてやる。
「心配したんだぞ、ばか・・・」

「はい、見つかりました。ええ、今、ちょっと眠ってるんですけど・・・」
 理樹が『りん』の母親に連絡を入れている間に、その他のメンバーが続々と集まってくる。
「真人、鈴は?」
 恭介も走ってきたのか、荒い息で真人に尋ねる。
「あそこだ」
 茂みの影を示す。鈴のポニーテールがちらほらと覗く。
「鈴ちゃん、無事に着てたんだね、よかった〜」
 恭介に少し遅れて辿り着いた小毬も、それを認めてほっとする。
 理樹は連絡が終わって、携帯を畳んだ。
「りんちゃんのお母さんもこっちに来るって。少しだけ鈴と二人で話させて欲しいって頼んだけど」
「そうか」
 恭介は頷いて、もう一度鈴のいる場所を見つめた。

「・・・・・・う?」
「・・・・・・起きたか?」
 膝枕していた『りん』が、小さな声と共に目を覚ます。
 鈴は自然に微笑んで、声をかけた。
「・・・・・・おねえ、ちゃん・・・」
「心配したぞ、馬鹿」
「・・・あ」
 学校を休んだことを思い出したのか、『りん』は気まずそうな表情を浮かべて、
「ごめん、なさい・・・」
 言って、体を起こそうとして。
 鈴は、何となくそのまま『りん』を寝たままにさせた。
 『りん』は不思議そうに鈴を見上げ、やがて納得したように力を抜く。
「・・・なぁ、りん」
「何?」
「・・・・・・あたしもな、友達なんて要らないって思ってた時があるんだ」
 鈴は『りん』の髪を梳きながら、続ける。
「友達ができても、さよならがあるんだ。お別れなんて嫌いだ。また明日って言えなくなるのは、嫌だ」
「・・・・・・」
「だったら、最初から無ければいいって、思ってた、んだと思う・・・」
 少しだけ、自信無さ気に。
「でも、こんなあたしでも、友達になろうって、言ってくれた。こまりちゃんや、くるがやや、クドや、はるかや、みお・・・」
 学園に入って、できた友達。
「・・・友達が、できたら、楽しくなったんだ。いろんなことが」
「楽しい?」
「・・・そうだ。一人で居るより、ずっと楽しかった。猫たちと遊ぶのも、誰かが居るほうが、楽しいんだ」
「・・・」
 『りん』は、鈴の顔を見上げる。
「・・・りんは、楽しくなかったか?」
「え?」
「この間、あたし達と一緒に遊んで、楽しくなかったか?」
「・・・・・・・・・楽しかった」
「そうか」
 鈴は嬉しそうに笑う。
「りん」
「・・・?」
「あたしが友達じゃ、いけないか?」
「・・・・・・え?」
「あたし達が、りんの友達じゃ、いけないか?」
 鈴を驚いた顔で見上げ、『りん』はただ、目を見開く。
「・・・・・・でも」
 鈴は思い返す。
 小毬が自分に手を差し伸べてくれた時。
 やっぱり怖かった。
 怖かったけど、小毬が手を取ってくれたから。
 自分は今、幸せだと言える。今が楽しいと、胸を張って言える。
 だから。
「あたしは、りんが好きだぞ?」
「っ」
「だから、あたしはりんと、友達になりたい」
 『りん』が泣きそうになる。
「うわ、な、何だ!?」
 うろたえる鈴に、『りん』は首を横に激しく振って。
 それから、鈴にしがみ付いた。
「いい・・・の?」
 鈴は目を瞬かせて、それから、微笑んで頷いた。



「本当にありがとうございました!」
「べ、別に気にしなくていい・・・です」
 敬語に不慣れな鈴が必死に母親のお礼に答える。
 いや、それ以上に、向けられる感謝の言葉に真っ赤になっているせいか。
「謙吾見ろよ、鈴の奴照れまくってるぜ」
「全くだ。そこまで照れる必要は無いだろうに」
「うっさい黙れふにゃー!!」
 ハイキック二連発。真人と謙吾、撃沈。
「「ゴメンナサイ」」
「余計なことを言うからです」
 美魚のコメントがほぼ全員の心境である。
「その、友達を心配するのは当たり前だから・・・、じゃない、ですから」
 鈴の言葉に、母親は驚いた顔をして、それから嬉しそうに笑う。
「あの、りんのこと、これからもよろしくお願いします」
「・・・うう」
 母親の傍に立つ『りん』は困ったような顔だ。
 恥ずかしいのだろうか。
 鈴は頷いて、ふと何かを思いついたように、
「そうだ、りん」
「何?」
「えーっと・・・、理樹、何か書くもの無いか?」
「え? うん、一応メモがあるけど」
「貸してくれ」
 理樹からメモを受け取ると、鈴は『りん』の前にしゃがみ込んだ。
「なぁ、りんの名前ってどう書くんだ?」
「名前?」
「そうだ。考えてみたらあたし、お前の苗字も知らん」
「・・・・・・あ、言ってない」
 そのやり取りに、理樹は小毬と顔を見合わせて笑う。
「もう、りん、ちゃんと自己紹介しなさい」
「うう」
 母親に窘められ、『りん』は鈴に渡されたメモに自分の名前を書いて、
「・・・秋坂淋、です」
 淋に言われ、鈴もまたメモに自分の名前を書いて、
「棗鈴だ」
「知ってる」
「うん、でももう一回だ」
「・・・ふふ」
「ははっ」
 笑いあう二人の『りん』に、他の仲間たちも微笑んだ。
「よかったね〜」
「うん。とりあえずは、だね」



 いろいろ関係各位にお詫びに行かないといけない、という母親に連れられ、淋が名残惜しげに去っていった後。
「・・・お・・・」
「鈴!?」
 気が抜けたのか、倒れこみそうになる鈴を慌てて理樹が支える。
「ずっと気を張っていた上に全力疾走だからな。力尽きて当然だろ」
 恭介が苦笑いしながら、鈴の前に背を向けてかがみこむ。
「ほら、乗れ」
「うう、そんな子供じゃない・・・」
「人に頼ることを覚えるのも大人への道だぞ」
「・・・・・・」
「それとも、あっちがいいか?」
 恭介の示した先で、真人が力瘤を作ってみせる。
「筋肉運送の出番かい?」
「きょーすけでいい」
「なんでだよ!?」
 真人の抗議は聞き流して、鈴は不承不承ながらも、恭介の背中に身を預ける。
「うお、重くなったな、お前」
「し、失礼だな! だったら下ろせ馬鹿!!」
「しかたねーだろ、前におんぶしたのいつだと思ってるんだ」
「うっさい、馬鹿ー!」
 兄弟のやり取りを見て、全員苦笑。
「しかし、葉留佳君はお手柄だな」
「ええ!? 何すか姉御突然!」
「そうですね。三枝さんが気づかなかったら、あの公園素通りしてた可能性もありますし」
「うあ、みおちんまで」
「三枝さんはお手柄なのですー!」
「くーどーこーうー!?」
 うろたえる葉留佳に、鈴は首だけ振り向くと、
「はるかのおかげだったのか。ありがとな、はるか」
「うああ、やばいっすよ理樹君、何かすごい恥ずかしいっすよ!」
「でも、葉留佳さんのお陰だと僕も思うよ?」
「うあー!? お願い止めて、すっごい恥ずかしいってば!!」
 照れて縮こまってしまう葉留佳。
「まぁ、これで汚名返上だな、三枝」
「あはは・・・」
 謙吾に言われ、苦笑い。
「・・・なあ、きょーすけ」
「何だ?」
「・・・・・・えっとな。えっと・・・」
 考え込む鈴に、恭介は何も言わずに考えがまとまるのを待つ。
「・・・そうだ。先生になるにはどうしたらいいんだ?」
「・・・・・・何?」
 予想外の言葉に、恭介は鈴を振り仰いでしまう。
「うわ、揺らすなボケ兄貴!」
「お、おお、すまん」
「・・・んで、どうしたらいいんだ?」
 恭介は鈴を背負いなおしながら、
「とりあえず、教育学部のある大学にいくこと、じゃないか? 詳しいとこは俺も知らんが」
「むう」
「けど、どうしたんだ、突然」
 鈴は「んー」と声にならない声を出すと、
「・・・あたし、淋みたいな子の友達になりたい」
「・・・?」
「それで、一緒に友達を作る手伝いがしたい」
 全員が、驚いた顔で恭介に背負われる鈴の背中を見る。
「・・・それで、先生、か」
「変か?」
「いや、いいんじゃないか?」
 鈴からは見えないが、本当に嬉しそうに、そしてやっぱり、少し寂しそうに笑って、恭介は言う。
「幼稚園か小学校の先生が良いな」
「ふむ、その辺りはピアノが弾けないといけなかったはずだが」
「にゃ、にゃにい!?」
 唯湖の言葉に、鈴が驚いて唯湖を振り向こうとする。
「うお、暴れるな、落としちまう」
「わあ、落とすな馬鹿!!」
 ばたばたする棗兄弟を見て笑いながら、唯湖は続けた。
「まぁ、ピアノなら私に心得がある。多少は教えてやれるから気が向いたら来ると良い」
「猫踏んじゃっただけは引かないからな!」
「はっはっは。鈴君らしいな」
「だから、暴れるなとゆーとろーが」
 理樹はそんな鈴をまぶしそうに見た。
 淋と会うまでの鈴からは考えられない、未来を見据えた強さに。
「・・・負けてられないな」
 ふと呟いた言葉を、隣を歩いていた小毬が聴きとめて首をかしげた。
「? 理樹君、何か言った?」
「いや、何でもないよ」
 誤魔化すように理樹は笑って、自分の先をもう一度考えることにした。





 数日後。
「おねえちゃん、こんにちは」
「ん、淋か。・・・お?」
「えっと、・・・友達、できた」
 淋と一緒にきた少女に、鈴は笑うと、
「あたしも、りんって言うんだ、よろしくな」











Episode:01 棗 鈴 「同じ名前の少女」
            Mission Complete!

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