秋の長雨も一段落。久しぶりの晴天。
 4時間目の授業を受けながら、何となく視線を外に向ける。
 いい風が吹いてる。あの場所なら、今日はもっと気持ちが良いかもしれないな。
 そんなことを思った。


「理樹、学食いこうぜ!」
 相変わらず隣の席の真人が、チャイムが鳴るや否や、そう声をかけてくる。
 ちなみに真人、4時間目はずっと寝てたんだよね。
 今度のテストも泣くの決定かな。
「ん、ごめん、今日はちょっと別のところで食べるよ」
 そう答えると、何故か真人が固まった。
「・・・お、おーけー。そうだな、たまにはそんなこともあるよな」
 ・・・どうしたんだろ、一体。前にもあった気がするけど。
「何だ理樹。用事があるなら付き合うぞ?」
 謙吾もそう声をかけてくるけど。
「ううん、大丈夫」
 頭を振って、なんでもないことを伝える。
「まぁ、理樹にも都合ってのがあるよな。よし謙吾、今日の昼飯は恭介も交えて、筋肉についてとことん語り合おうぜ!」
「ふっ、望むところだ。この俺の筋肉をなめるなよ?」
「望むんだ・・・」
 暑苦しく汗臭いトークの予感を感じさせながら去っていく二人を見送り、付き合わされる恭介の冥福を祈る。
 心の中で合掌。ごめんね恭介。僕にはあの二人は止められないよ。
 それから、別方面の席に視線をやった。
 いない。
 席の主はどうやら今の会話の間に目的地に向かったらしい。
 僕も行こう。と、その前に購買に行かないとね。
 若干出遅れたけど・・・、まぁ、なんとかなるかなぁ。



 結論。何とかならなかった。



 辛うじて確保できたのはコッペパン2個とマーガリン。
「・・・まぁ、うん、たまにはこんなこともあるよね」
 先の真人に言われたようなことを言いながら、階段を上る。
 目的の場所は、この先。
 使わない机や椅子がバリケードのようになっている場所を越えて。
 多分必要ないだろうな、と思いながら、前に貰ったドライバーを手に取った。
 まぁ、やっぱり必要なかったけど。
 半開きになっている窓を見て、僕は思わず笑ってしまう。
 考えることはやっぱり同じだったみたいだ。
 窓を乗り越えて、屋上に出る。
 とたんに、涼やかな風が吹き抜けていった。
「うん、やっぱりいい風が吹いてるね」
 言いながら、いつもの場所に顔を出した。
「うん、いい風だよ〜。程よく温かいし」
 やっぱり来ていた、屋上の主。
「お邪魔するね、小毬さん」
「うん、いらっしゃい、理樹くん」
 そんな挨拶を交わしながら小毬さんの傍まで寄って、気が付いた。
「鈴?」
「あはは・・・」
 小毬さんはちょっとだけ困ったように笑う。
「・・・ん・・・」
 鈴がいた。小毬さんの膝枕で寝てる。猫みたいに。
「今日は暖かいからね〜」
 説明になっていない説明をしながら、小毬さんは鈴の髪をそっと梳いてる。
 それが気持ち良いのか、鈴の寝顔がちょっと緩んでる。
「あれ? 理樹くんご飯それだけ?」
「え? ああ、ちょっと購買に出遅れちゃって・・・」
 言いながら、小毬さんの隣に座って、鈴の顔を覗き込んだ。
 何かすごく安心しきった寝顔だ。
 よっぽど小毬さんに心を許してるんだな、と思うとちょっとおかしくて、ちょっと嬉しい。
「素敵なもの、ひとつ、だねぇ」
「え?」
 小毬さんは笑顔で僕を見て、
「鈴ちゃんの寝顔〜」
 その後鈴の寝顔を見る。
 まったく、小毬さんは気づいてるのかな。
 その素敵な寝顔を見せられるほど、小毬さんが鈴に信頼されてるってこと。
 と、寝言。
「・・・ん・・・もんぺち・・・・・・・うまい・・・」
 ・・・・・・鈴はもんぺちを食べるの?
 それとも夢の中では現在進行中で食べてるの?
 思わず小毬さんと顔を見合わせ、同時に噴出した。
 それで、二人そろってあわてて口を押さえる。
 改めて、顔を見合わせて苦笑い。
 それからようやく、コッペパンに手をつける。
「理樹くん、それでお昼大丈夫?」
「うーん・・・」
 正直足りない気も。
「じゃあ、わっふるでも・・・」
 お菓子を入れているらしいかばんに手を伸ばそうとして、
「・・・理樹くん、どうしよう」
「なに?」
 小毬さん、ちょっとだけ泣き笑いっぽい顔になって、
「鈴ちゃん起こせないから取れないよ〜」
 つい苦笑い。
「今日はいいよ」
「何で?」
「だって」
 鈴に目をやる。
「小毬さんが食べると、食べこぼしが鈴の頭にかかっちゃう」
「えぇぇ!?、わ、わたしそんなにお行儀悪くない〜!」
「しー」
 人差し指を口元に立てる。小毬さんはあわてて両手で口元をふさぎ、そっと鈴を見下ろした。
「・・・んん・・・・・・れのん・・・うたじょうずだ・・・」
 ・・・鈴の言うレノンは猫のことのはずなのに。
 何で歌が出てくるんだろう。名前としては間違って無いけど・・・。
「レノンちゃんは歌えるんだねぇ」
「いやいやいや・・・」
 そんなはずないから。
 動物が歌うのは童話の中くらいだ。
 と、また風が吹き抜けていく。
「いい風だね〜」
「うん、そうだね」
 何となく、風を感じているうちにお互い無言になる。
 コッペパンを食べ終えて、ふと視線を小毬さんに移す。
「・・・・・・」
 何だか、始めて見る表情をしてた。
 やさしく、ほんとにやさしく鈴の髪を梳いている。
 凄くやさしくて、どこか大人びたような表情。
「・・・? 理樹くんどうしたの?」
「え? あ、いや」
 見とれてたことに気づいて、あわてて視線を逸らした。
「なんでもないよ、何でも、うん」
「そう?」
 いつもの小毬さんだ。それにちょっとだけ安心。ちょっとだけ残念。
 ・・・って何でさ。後半何でさ!?
「・・・ん?」
「あ。鈴ちゃん起きた?」
 鈴は小毬さんの膝の上から空を見上げ、やがて小毬さんの顔を見て。
 あわてて飛び起きた。
「ご、ごめん、こまりちゃん。あたし寝ちゃってたのか」
「大丈夫、こんなにいいお天気だもん。お昼寝するのも楽しいよ〜」
 何だか的外れな励ましに、ちょっと苦笑。
「うわ、何で理樹もいるんだ!」
 何故か怒られた。仕方ないから、空を見上げて、
「いや、こんなにいい天気だからかな」
 笑いながら、言う。
 なんていうか、こう。
 上手く言えないけど。
 ああ、そうだ。



 素敵なもの、ひとつ、かな。















 おまけ

 教室に戻る途中、鈴からこんなことを言われた。
「うん、理樹なら許す」
 ごめん、何を許されたのか、よくわかんないよ・・・。


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