「うーん・・・」
 いつもの屋上で、小毬は可愛らしいうなり声を上げた。
「・・・どうしたの? 悩み事?」
 今日一日、何かしら考え込んでいる彼女を見て、さすがに気になって声をかける。
「うんー・・・、悩み事、とは違うんだけど。考え事ではあるかなぁ」
「僕でよければ相談に乗るけど」
 理樹の言葉に、小毬はばつが悪そうに笑った。
「あまりたいした話じゃないんだけど〜」
「それでも一人よりは二人だよ」
「・・・そうだね、一人よりは二人。うん、よぅしっ」
 いつもの魔法の言葉。ちょっとだけ理樹は笑ってしまった。
「あのね、絵本を読んだんだ〜」
「絵本?」
「うん。その絵本がね、なんだか不思議なお話なの」
「どんなの?」
「うんー」
 小毬はどう話せばいいのか、ちょっと考え込んで。
「えっとね。お魚さんのお話」
「魚?」
「うん。そのお魚さんは、町の川に住んでてね。普通に暮らしてたの」
「うん」
「でも、あるときね、そのお魚さんの前に、茶色い欠片が落ちてきたんだ〜」
「茶色い欠片?」
「そう。お魚さんは、それを食べちゃうの」
 実は毒だった、とかいう話なのでは、と身構えてしまう理樹。
「そしたらね、その欠片はすっごい美味しかった」
「え? 美味しかったの?」
「うん。美味しかった」
 小毬はちょっとだけ悲しそうに笑う。
「美味しくなかったならよかったんだけどね・・・」
「どういうこと?」
 美味しくない方がよかった、その理由が全く想像できずに、理樹は問いかける。
「そのお魚さんはね、もう一度茶色い欠片を食べたいって思って、いろいろ泳ぎ回るんだ」
「・・・あ」
「何年も、何年も泳ぎ続けて、世界中を探し続けるの」
 ちょっと遠くを見つめるような目で話し続ける。
「でも、見つけられずにそのお魚さんは・・・」
 その言葉を、静かに、言う。
「・・・・・・死んじゃった」
「・・・・・・」
 言葉が出ない。報われない話。
「でも、お話はこれで終わりじゃないんだ」
「え?」
「死んじゃったお魚さんは、気がつくと人間の子供になってた。チョコレートが大好きな男の子」
「生まれ変わった、ってこと?」
「うーん、どうなんだろう」
「でも、それならよかった、のかも」
「それがね、そうも言えなかったんだよ」
「え、どういうこと?」
 小毬はちょっと目を瞑って、
「『僕はチョコレートの欠片を川に落としたことを知らなかった。その茶色い欠片を、一匹の魚が食べたことも知らなかった』」
「・・・・・・それ、って」
「これで、絵本はおしまい」
「・・・」
 理樹は黙り込んでしまう。
 しばらく考えて、口にできた一言は、
「・・・ほんとに、不思議な話だね」
「うん〜、ほんとに不思議なお話だよ。知らないうちにやったことで、知らない人の運命を大きく変えちゃうこともある、ってことなのかなぁ?」
「うーん・・・。僕はなんというか、胡蝶の夢を思い出した」
「あ、蝶が自分になった夢を見てるのか、っていうのだね」
「うん。魚が少年になった夢を見てるのか、少年が魚になった夢を見てたのか・・・、ってところかな」
 それから理樹は微笑んで、
「でも、僕と小毬さんでもだいぶ思うことって違うんだね」
「そうだね〜。きっと小さい子が読んだらもっといろいろ違うんだろうね〜」
「そうなのかな」
「絵本や童話ってそういうものなんだよ、たぶん。読んで何を感じるのかは人それぞれ」
 言いつつ、お姉さんぶって人差し指をピンと立てて、一言。
「その違いはちょっと悲しいかもだけど、その違う考え方も認めてあげられたら、それはとってもぷらいすれす、なのです」
「あははっ」
 ちょっとおかしくなって笑ってしまう理樹。
「もう、理樹くん何で笑うかなぁ」
「いや、ごめんごめん、ごめんなさい」
 笑いながら謝る理樹に、小毬も仕方ないなぁ、といった感じで笑って、
「あんまり笑っちゃダメだよ〜」
「そうは言ってもなぁ」
 理樹は小毬をなだめるように、その頭を軽く撫でて。
 彼女もそれで機嫌を直したらしい。
「あのね、きっと、世界中の人がそんな小さな違いを認め合えれたら、世界はすっごく優しくなると思うんだ〜」
「うわ、一気にグローバルになったねぇ」
「えへへ〜」
 絵本の話で世界平和を語る、か。
「さて、お魚さんを魅了しちゃったチョコレートですが、理樹くんもいかがでしょうっ」
「うん、いただきます」
 小毬の差し出したチョコレートをかじり、うなずく。
「美味しいね」
「うん、美味しいよ〜」
「もしこの世からチョコレートが無くなったら、小毬さん探し回っちゃう?」
「うーん、そうかも〜」
「あははっ、やっぱり」
「もう、理樹くん笑うのなし〜。いぢわるだよぉ」

 結局のところ、平和な二人だった。




絵本は実在します。興味がある方は探してみては如何でしょう。
チョコレートをたべたさかな 作:みやざきひろかず氏

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