「・・・・・・わふー」
 真っ暗闇の中で、クドはため息(?)をついた。
「なぜこのようなことになってしまったのでしょうか・・・」
 自分で問いかけなくても、答えは判りすぎるほどに判っているが。



「西園さんっ、何を見ているのですか?」
「あら、能美さん。少し興味深い本を見つけたので」
 言いながら、美魚は背表紙をクドに見えるように持ち上げる。
「わふー・・・。おまじないですかー」
「ええ。難易度が高すぎておまじないと言えないおまじないです」
「そうなのですか?」
 美魚はくすりと笑うと、あるページを開いた。
「たとえばこれは、意中の人が告白してくれるおまじない、なのですが」
「わふ!?」
 クドはついそのページをかぶりつくように覗き込んでしまった。
「・・・魚の唾と山の根っこを混ぜて煎じた薬を、告白してほしい場所にその人のことを思いながら『マトリクスノヨケカタアリエネー』と3回唱えつつ、振りまく。だそうです」
「魚の唾? 山の根っこ? ・・・わふー」
 意味不明だ。
「中々突拍子のないネタに富んでいて、読んでいると面白いですよ」
「そーなのですか」
 と、何気なく美魚がページをめくった先を見て、クドはまた視線を止めた。
 『意中の人と体育倉庫で二人っきりになれるおまじない』
「・・・10円玉を二枚縦に重ねて・・・」
「手順が現実的ではないですね、これは。一生かかっても成功しないのではないのでしょうか?」
「そ、そうですねー」


「・・・何してるの? クドリャフカ」
「は、話しかけないでくださいですっ! ってああ!?」
 かちゃん、と音を立てて、立ちかけていた十円玉が倒れた。
「・・・あら」
「わふー・・・」
 佳奈多はどうやら自分が何かの邪魔をしてしまったらしいことに気づいて、気まずそうにする。
「・・・ごめんなさい」
「いえー・・・」
 クドは頭を振って、もう一度十円玉に手を伸ばす。
「で、何をしてるの?」
「十円玉を立てているのです」
「・・・それはわかるけど」
「このあと、この上にもう一枚十円玉を立てないといけないのですっ」
「・・・無理じゃない?」
「諦めたらそこで試合終了なのです!!」
 佳奈多は小さくため息をつくと、
「・・・宿題はやってからにしなさいね。英語の宿題が出てるって、神北さんから聞いてるんだから」
「わふっ!? そうでしたー!?」


 約一週間。そんな日々が続く。
「わふー・・・。か、肩が痛いのです・・・」
 同じことを繰り返していたせいか、かなり凝ったらしい。
 それでも、十円玉を立てる手は止めない。
 だが、それでも成果はあったのか、一枚なら簡単に立てられるようになった。
「わふっ!?」
 と、汗で十円を持つ指が滑った。
 が。
「・・・・・・た、立ちました・・・・・・」
 呆然とし、それから慌てて次の手順を思い出す。
(す、すぴーどのきあぬりーぶすのごとくすぴーどのきあぬりーぶすのごとくすぴーどのきあぬりーぶすのごとくっ・・・。言えましたっ)
 それから、理樹のことを思い浮かべようとして、
「「わんわんっ」」
(今の、ヴェルカとストレルカですね。何かあったのでしょーか・・・)
 思考が一瞬脇道に反れた。
 それが、命運を分けてしまった。
 乾いた音が響いて、机の上を見ると。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 完膚なきまでに、10円玉が崩れてしまっていたのだった。




 そして、冒頭へ戻る。
「・・・・・・わふー」
「くぅん?」
 二頭が心配そうにクドを見上げる。
「だ、大丈夫ですよー、ヴェルカ、ストレルカー」
 どう見ても大丈夫そうには見えない。
 とりあえず、クドはまたため息をついて、
「・・・出ましょうかー、ヴェルカ、ストレルカー」
 立ち上がって、体育館倉庫の扉に手をかけた。
 開かない。
「・・・・・・そうでした」
 出るためには、確か。
「お尻を出して、ノロイナンテヘノカッパ、と心の中で3回、でしたっけ」
 まぁ、別にこの場で見られて困る人もいないし、と気軽な気持ちで実行した。
(ノロイナンテヘノカッパ、ノロイナンテヘノカッパ、ノロイナンテヘノカッパ)
 瞬間。
 開いた。
「む、クドリャフカ君ではないか。こんなところで何を・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 唯湖がいた。
「・・・・・・・・・・わ、わふ」
 凄まじい身の危険を感じた。
「ま、まさか・・・、これは・・・、なんという・・・・・・」
 この場に理樹がいれば、確実にこう突っ込んだだろう。即ち「これは確実に妄想してる顔だっ」と。
「ふ」
「・・・・・・・く、くるがやさん?」
「ふはははははははははははははははははははは――――――――――――――!!!!!!!!!!」
「わ、わひゅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!??」




 いろいろあってまぁ、その日の夕方。
「きょ、今日は散々でしたー」
 食堂のテーブルに突っ伏して、クドは珍しくぼやいてしまう。
「ずいぶん疲れてるね、クド」
「あ、リキー・・・」
 いつもなら元気が出るはずのその声も、今日は答えるだけで精一杯。
「ここ一週間何かやってたみたいだけど、どうかしたの?」
「あ、えとー・・・、なんでもないですー」
「そう?」
「はいー」
 言える訳がない。おまじないに一生懸命になってました、なんて。
「でも大丈夫ですー。あれはもう終わりますから」
「そっか」
 理樹は安心したように笑うと、ふと思い立ったように席を立った。
「わ、わふ?」
「凄い疲れてるみたいだからね」
 理樹はクドの後ろに回って、その小さな肩に手を乗せる。
「わ、わふー・・・」
「うわ、クドほんとに何してたの? 凄い凝ってる・・・」
「気持ちいいですー・・・」
 肩のマッサージを始めた理樹に、とろけきった声が出てしまう。
「あー、そういえばー・・・」
「ん?」
「おまじないって、呪いって書くんでしたねー・・・」
「・・・は?」
「きっと、呪いに頼ってしまったのがいけなかったのですー。呪いに頼らないように頑張らないといけないのですねー」
「・・・えーっと、まあ、そうだろうね」
「リキも気をつけましょー。でないと大変な目にあってしまうのですーのですーですーすー」
 何がなんだかわからない理樹だが、とりあえずクドが元気になるまでは、肩揉みを続けることにした。
(散々な一日でしたが)
 肩に感じる理樹の温もりにほっと息をつきつつ、
(リキにマッサージしてもらえるなら、やっぱりいい一日ですっ)







 おまけ
「こまりちゃん、それ何だ?」
「あ、鈴ちゃん。これ、お守りだよ。厄除けなんだってー」
「そうなのか。理樹も同じの持ってたような」
「えーと、この間、理樹君と買出しに出たときに、露天商さんがいてね。厄除けのお守りだって聞いたら、理樹君が買ってくれたの」
「む、ちょっと羨ましいぞ」
「うーん、でもちょっと酷いんだよ、理樹君。わたしのドジが減るようにー、って言うんだもん」
「・・・・・・すまん、ノーコメントだ」
「ええええ、りんちゃん酷いよぉ」
「う、すまん。それで、何で理樹も同じの持ってるんだ?」
「あ、貰ってばっかりじゃ悪いから、私も買って、理樹君にあげたの」
「なるほど、そういうことか」
 そんな会話を耳にして、美魚はぱたんと本を閉じた。
「呪詛返し、跳ね返された呪いは本人に災いを招くといいますが・・・、なるほど」



 おまけ2

「う、うーん、クドリャフカ君の生尻、生足・・・、犬、バター・・・」
 体育倉庫で興奮のあまり気を失った唯湖が発見されたのは、とりあえず翌朝のことだった。
 ひょっとしたら、一番被害を受けたのはこの人ではなかろうか。
 ・・・幸せそうだから、いいか。

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