古式家之墓。
 そう記された前に謙吾は立つ。
 花は持たない。参るわけでもない。
「謙吾」
 唐突にかかった声に、俺は顔を上げる。
 理樹だ。ここに来るときに、声をかけた。
 一人では際限なく佇んでしまいそうだったから。
「理樹、そっちはいいのか?」
「うん。済んだ」
 何が済んだのか、俺もそれ以上は問わない。
 理樹にしてみれば、決着のついたことだ。ただ、近くに来たついでの挨拶に過ぎない。
 その理樹は、俺の見ていた墓の名前を見て、口を開く。
「・・・謙吾がここに参ってたのは、古式さんがここにいるからだとばかり思ってた」
 唐突に、理樹はそう言う。
 そう思われても仕方なかった。幼馴染達の誰にとっても、あのことは容易に触れていいものではなかったから。
 理樹の言葉に、俺は再び瞑目する。
「・・・俺は、あいつの魂はもうここにいるんだと思っていた」
「・・・」
「逃げ、だったのかもな。病室にいるあいつと向き合うことからの」
「もう、そんなつもりは無いんでしょ?」
「わからん」

 かつて、屋上から飛び降りた古式みゆき。
 かろうじて一命は取り留めたが、彼女は目を覚まさなかった。
 心が死んでしまっているのだと、聞いたことがある。
 だから俺は、彼女の魂がここにいるのだと、そう思って、ここに通っていた。
 だが。

「行くぞ、理樹」
「もういいの?」
「ああ」
 今の俺には、やらなければならないことがある。
 それを確認したかった。




 あの悪夢のようなバス事故から全員で生きて戻れた日から数日。
 病院の中で、松葉杖を付きながら、訪れた場所。
 眠り続けている古式の病室。
 今までも何度か訪れていた場所であり、何度も訪れながら変わることの無い風景。
 ただ、眠る少女がいるだけの部屋。
 そのはず、だった。
「・・・!?」
 開いた窓から吹く風に長い髪をなびかせ、上半身を起こした姿。
「・・・古式?」
 信じられない思いで呟いた言葉に、古式はゆっくりと振り返ると、
「・・・宮沢さん?」
 静かに、俺の名を呼んだ。
 それから、右目に光を宿さないその顔に、寂しげな微笑を浮かべ、続けた。
「夢を、見ていました」
「夢?」
「不思議な夢です。学校なのに、学校じゃない場所。宮沢さんや、宮沢さんと仲のいい方々が、その方々だけしか、いない学校です」
 その言葉に、俺は呆然とした。
 それは、あの時の世界。夢から覚めるように、急速におぼろげになっていく世界の光景。
 それでも、その世界が確かにあって、リトルバスターズの仲間を確かにつないでいたことを覚えている。
「ただ、それでも少しだけ、その世界で宮沢さんと話をした気がします」
 そして、俺も古式がいたことを、覚えている。
「・・・気が付いたら、目が覚めていました」
 俯く古式。俺は何も話せなかった。
「もう、死のうとは思いません。ですが」
 そうして、彼女が静かに、それでも放った小さな叫び。
「・・・それでも、どうしたらいいのか・・・わからない・・・っ」




 寝たきりだった古式の体は相当弱っていたらしい。
 さらに言うなら、生きる目標を、理由を失っている彼女はリハビリにもどこか消極的で。
 俺のほうが早く退院してしまうほどに、その成果は遅々としたものだった。
 彼女自身、このままではいけないという思いはあるのだろう。
 だが、失ったものの大きさはその思いを押しつぶして余りあったのか。
「理樹」
 物思いに沈んでいた俺に気を使って黙っていた理樹に、声をかける。
「何?」
 理樹は強くなった、と思う。
 考えてみれば、こいつも多くを失っていながらもここまで来た奴だ。
 何かを失ったわけじゃない俺よりも、ひょっとしたらわかる何かがあるのかもしれない。
「・・・古式さんのこと?」
 切り出す前に、理樹のほうが察してくれた。
「・・・そうだ」
 頷くと、理樹はわずかに目を瞑り、
「僕は古式さんのこと、ほとんど何も知らないから。もう、亡くなった人だとばかり思ってたし」
 申し訳なさそうに言う。
「・・・そうだな。すまない」
「でもね、謙吾」
 謝る俺を制するように、理樹は続ける。
「泣いてもまた、笑えるように。辛いことがあっても、また笑っていられるように」
 足を止めて、少し後ろを歩いていた理樹を振り返る。
 理樹はそのまま俺を追い抜いて、
「生きていることは失うことだと、僕は今でも思う。でも、いつか失うと判ってても・・・」
 少し行った所で足を止め、空を見上げ、
「出会うことの大切さはそんなものよりも、もっとずっと、大切なんだ」
 そこまで言って、理樹は肩越しに俺を振り返った。
「出会って、暖かい場所を僕は得られた。でも古式さんはきっと、まだ出会ってもいない」
 そうして、わずかに苦笑を滲ませた笑顔で、
「あの夢の中で、誰かが僕のために願ってくれたことなんだけど。それを今度は、僕が願ってみるよ」
「何を、だ?」
 目を閉じ、静かに、理樹は言う。
「古式さんの目が、今よりほんのちょっとだけ、見えるようになりますように」
 そう言って、俺の方を真正面から見て、
「僕にできるのは、きっとこれだけ。後は謙吾にしかできないことだよ」
 ほんのちょっとだけ、見えるように。
 そうだな。
 昔の俺は、友達と遊ぶ楽しさを知らなかった。
 それが、ほんのちょっと回りを見渡しただけで、そのすばらしさを知ることができた。
 知るだけじゃなく、得ることまで。
「・・・そうだな」
 今度は、口に出して言う。
「今度は俺が、やらなければならないことだな」
 問題は、そのやり方。
 俺にできる方法。



「古式、デートをしよう」
 俺が選んだのは、そんな方法だった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
 病室を訪れて間髪いれず、言い放った。間を置けば言えないと思ったのが理由のひとつ。
「・・・みやざわさん?」
「そうだ、宮沢さんだ。そして古式、デートをしよう」
 意味不明な応対をしてしまった。脈絡が無いのは自分でもわかっているが。
 いや、今は馬鹿になろう。そのほうがいい。
 難しく考えるな、あいつらと遊ぶときのように馬鹿になればいい。
「あ、あの?」
「ああ、そうか、病院着でデートも何も無いな。だが心配するな、無理を言ったが服は借りてきた」
「え、いえ、そうではなく」
「行き先か? デートの基本は俺もよくわからんが、とりあえずぶてぃっくという店がいいと聞いたが」
 ちなみに、服を借りたのは西園だ。場所の提案も西園。借り物の服ではあんまりだというのがその理由だが。
 選んだ理由はまぁ、神北はセンスがズレているし、三枝の服は古式に着せるにはあまりにもあれだ。
 能美と来ヶ谷はそもそも体格が合わない。鈴の私服は男物が多すぎる。二木にこういう提案は持ち掛けづらいし。
 朱鷺戸でもよかったが、古式と性格が間逆に近い以上、合いそうに無い。笹瀬川は・・・、察しろ。
 しかしこのあたりに「ぶてぃっく」などという店はあっただろうか。
「宮沢さん・・・、ブティックとは簡単に言うと洋服店のことです。店名ではありません」
「何だと!? そうなのか・・・っ」
 素で店の名前だと思っていた。馬鹿になりすぎたかもしれん。
 未だにどこか呆然とした古式の顔を見る。
 右目を覆う眼帯もいつものままだ。はずしていたのは、この病室で初めて会話をしたあのときくらいだ。
「・・・いえ、あの。宮沢さん」
「何だ?」
「私に気を使う必要は、無いんですよ」
 また、あの笑顔だ。寂しげな微笑。
 だから俺は、はっきりと言った。
「気など使っていない」
「え?」
「気を使っていたらリハビリ中の奴にこんなことを言うか、ばーか」
「え、ば・・・!?」
 おそらく、俺から言われるとは思ってもいなかった単語だったのだろう。
 目を白黒させている。
 沈んだ顔か寂しげな微笑以外の、古式の表情をようやく引き出せて、少し嬉しくなって笑う。
「俺は古式と行きたいんだ。それでは理由にならないか?」
 その言葉に、古式は少しだけ考えると、
「・・・お医者様の許可が入ります」
 何だ、その理由は。
「無視だ、そんなもの」
「え、いえあの?」
「ほら、さっさと着替えろ。それから行くぞ」
「いえ、ですから、宮沢さん?」
 まだ渋るか。
「何だ古式、お前は俺とデートが嫌なのか? 嫌ならそうはっきり言ってくれ」
「そんな! 嫌というわけでは・・・、っ!?」
 口にした言葉を無かったことにするかのように、あわてて古式は口元に手を当てる。
 が、そんなことはできるはずが無い。俺は今はっきりと聞いた。
「よし、ならば問題ないな。さあ、準備しろ古式」
 着替えの入った服を古式に渡して、
「準備ができたら呼んでくれ」
 言ってから一度病室を出た。
 出てから、改めて。
「・・・いかん、今になって恥ずかしくなってきた」
 火照ってきた顔に手を当てて隠す。しっかりしろ、宮沢謙吾。今日の戦いはまだ始まったばかりだ。
 できれば正座して黙想したいところだ。あれなら確実に落ち着く。
 だが病院の廊下でそんなことはできん。
 仕方無しに深呼吸。
 やがて、病室のドアが開いた。
 出てきたのは当然古式だ。ああ、それが当たり前だ。
 だが、一瞬誰かわからなかった。
 そのくらい、見違えてしまった。
「・・・・・・」
「あ、あの、宮沢さん? 準備、できましたが・・・」
「あ、ああ、そうだな」
 慌てて古式に背を向け、また深呼吸。改めて振り返る。
「よし行くぞ、古式!」
「・・・やはり許可があったほうが」
「そんなものは無視だ!」
「あ、み、宮沢さん!?」
 まだ何かしら理由をつけて躊躇する古式の手を掴んで、歩き始める。
 そういえば、昔の鈴や理樹の手を引く恭介がこんな感じだったな。
 そう思うと、不思議と笑みが漏れた。



「・・・ここがぶてぃっくというものか」
 女性客が多い。俺が大柄なのは自覚があるが、それを抜きにしても男は異様に目立つ。
 さすがにこの空気は気まずいものが・・・。
「・・・宮沢さん、連れてきていただいたはいいのですが、私には手持ちが」
 恐縮した様子の古式に、俺は何とか笑いかけた。
「しんぱいするな、こしき」
 ・・・声が上ずった。いかん。
 古式も目を丸くしている。が。
「宮沢さんも緊張なさっているのですか?」
 呆気に取られた顔。目覚めてから初めてまともに見る、古式の表情だ。
 それを意識すると、余計に何か動悸が激しくなる気がする。
「し、仕方ないだろう、俺がこんな場所によく来るように見えるか?」
 取り繕うようにそんな言葉が出てしまった。
 クスクスと、古式が控えめに笑う。
 ・・・今、笑ったのか、古式が?
「いいえ、失礼ですが、全く見えません」
 続けて、そんな言葉をくれた。
「お前こそどうなんだ、こういう場所は」
「私ですか?」
 言って、店内を見回し、また表情を曇らせた。
「・・・そうですね、このような店ではありませんが、何度かは」
 昔を思い出したのだろう。弓に打ち込んでいたあのころ、病気の前の自分を。
 しくじったと思った。今見せていた笑顔が引っ込んでしまったから、余計に。
 慌てて、近くの女物らしい服を手にとって古式に押し付けた。
「これなんか古式に似合いそうじゃない・・・・・・か!?」
 俺が押し付けた服は、なんというか、露出が妙に多そうな。
 それをまじまじと見て、それから俺を見上げる古式。
 顔に非難の色がありありと。
 ああ、判っているさ、失態だ。間違いなく!
 というか、何でそんなものが混じっている!?
「い、いや、そのな」
「宮沢さんはこういうものがお好きなのですか・・・」
「ち、ちがう、そういうわけでは・・・!」
 く、さっきから失態続きじゃないか、俺は!
「とにかく、だ。もともと引っ張り出したのは俺なのだから、買いたいものがあるなら俺が買ってやる」
 やっと本来言うべき言葉が言えた。
 が、それを言ったとたん、古式がまたしても恐縮してしまう。
「え、あの、そんな申し訳ないことはできませんっ」
 言うと思っていた。
 慎み深いのは良いことだが、この場は受け入れてもらわないと困る。
 しかし気にするなといったところで気にするだろうし。
「ふむ。ならば、少し早いが」
「え?」
「退院祝いもかねてプレゼントしよう。好きなものを選ぶといい」
「・・・宮沢さん、ずるいです」
「ふっ、お前が強情なのが悪い」
 不適に笑って見せつつ、
「まぁ、とりあえずそれは間違いだ、戻しておこう」
 古式に押し付けたままの服を預かろうと手を伸ばした。
 が。
「・・・いえ、せっかくですから着てみます」
「・・・・・・なに?」
「試着室はあちらですか?」
「おい、古式、それは・・・!」
 慌てて呼び止める俺に、古式は振り向いて、
「冗談です」
「・・・・・・してやられた、というわけか」
 クスクスと笑う古式の姿に、妙に敗北感を覚えた。
 だが、それでも古式が笑うなら、この敗北感も許せる。
 それから、古式が選んだ服は、西園から借りた服からそれほど離れたイメージの物ではなかったが。
 それでも何かこだわりがあったらしく、2着、3着と着替えては感想を聞いてくる。
 もっとも、女物の服に対して何かしら知識があるわけではない俺にしてみれば。
「いいんじゃないか?」
 くらいしか答えようがないわけで。
 恭介くらい口が回ればもっと褒めようがあったかもしれん。。
 理樹くらい表情を出せればよかったかもしれない。
 真人くらい・・・、いや、真人だけには負けるわけにはいかん。
「宮沢さん、あの、本当にいただいてよろしいのですか?」
 そんな拙い感想の中でも古式が選んだ服は、疎い俺から見てもよく似合っていた。
 病室から出てきたときの古式にも思ったが、あの時以上に別人を見ているかのように思える。
「かまわん。いや、むしろ贈らせてくれ」
 言い直すと、古式は恐縮しながらも、
「ありがとうございます」
 そのときの微笑みからは、寂しさは感じなかった。




 新しく買った服に身を包み、借り物の服を丁寧にたたんで紙袋に収めて、
「この服はどうしましょうか」
 古式はそう聞いてくる。
「そうだな。洗って返せれば良いが、男物の服と同様に洗うわけにはいかんだろうし・・・」
 思案していると、
「あの、よろしければ・・・」
 古式がおずおずと口を開いた。
「私が洗ってお返ししたいのですが。お礼も言いたいですし。あ、いえ、退院してからになりますから急ぐのであれば」
 その言葉に、少し驚いた。
 だが、いい機会だと思った。
「いや、そうだな、本人がそれでいいというのであれば・・・。今から聞いておくか」
 あまり使わない携帯を手に取り、問題に気づく。
「・・・そういえば、西園の番号を登録していない」
 もともと使わない分、昔からの馴染み以外で登録してあるのは勢いで番号を交換させられた三枝と能美くらいだ。
 三枝に言付けでもしようものなら、確実に大騒ぎにされる。
 能美はあれでちょっとした拍子に口を滑らせるしな。
 仕方ない。・・・理樹にかけよう。
『はい、もしもし、謙吾?』
「ああ、理樹か? すまないが、用事を頼みたいのだが」
『うん、いいけど。古式さんデートに誘ったんじゃなかったの? 今電話してて大丈夫?』
 古式に視線をやって、少し待ってもらうようにジェスチャーで頼む。
 うなずくのを確認しながら、
「ああ、今一緒にいる。電話は了承を貰っているから問題ない。それで、用事なのだが」
『うん、何?』
「西園に・・・、ああ、ええと、借りていたものは使った本人が直接返したいと言っているがいいか、と聞いてくれないか?」
『いいけど・・・、謙吾、ひょっとして西園さんの番号登録してない?』
「・・・すまん」
『はぁ・・・、あとで全員分登録しておきなよ? 仲間なんだからさ』
 いや、そのとおりだ。全くもって耳が痛い。
「うむ、心得た・・・」
『じゃあ、伝えておくけど、返事は早いほうがいい?』
「ああ、できるだけ早く頼む」
『わかったよ。それじゃ後で』
 電話が切れた。
 古式を振り返る。傍らで聞いていたわけだから大体どういう経緯かわかっただろう。
「すぐに返事が来る」
「わかりました。ですが宮沢さん」
「何だ?」
「・・・お友達の電話番号は登録しておくべきではないでしょうか?」
「・・・・・・いや、一言もない」
 うむ、理樹にも言われたが、全くそのとおりだ。
 今夜の夕食のときにでも改めて聞いておこう。
 と、食事のことを思い出したせいか、ちょうど昼食時だということに気づいた。
「ふむ、いい時間だな」
「?」
「古式、何か食べたいものはあるか?」
「あ、もうそのような時間ですか・・・」
 言いながら、考える。
「そうですね・・・。すいません、お任せします」
 申し訳なさそうに言う。
「ふむ・・・。ならば」
 目をやったのは、どこにでもあるハンバーガーショップだった。
「はんばーがー、ですか」
「どうした?」
「いえ・・・、実は食べたことがないので」
 ・・・まぁ、確かにそんなイメージはなかったが、まさか本当にそうだとは。
「お勧めのものはありますか?」
「いや、正直ボリューム程度しか変わらんと思うが・・・」
 店員に聞かれたら睨まれそうな意見だろう。
「初めてならば基本的なものを選んだほうが良いかも知れんな」
「基本、ですか」
「うむ、何事も基本からだ」
 ついそう続けてしまい、またしてもしまった、と思った。
 武術を、弓を連想させかねない。
 慌てて古式を振り返った。
「そうですね、基本は大事です」
 だが、古式の表情に憂いなどなかった。むしろ何に対してなのか判らない真剣さが浮かんでいる。
「では、基本的なもの・・・、やはり普通のはんばーがーでしょうか?」
「・・・あ、ああ。そうだな」
「宮沢さん?」
「いや、なんでもない。そうだな。ハンバーガーの道は飾り気のないハンバーガーより始まる」
「なるほど、ではそれを頂きます」
 ・・・傍で聞いていたらしいサラリーマンが失笑を漏らしていた。
 とっとと去れ。俺たちはこれでも真剣なのだ。
「注文は俺がしよう。古式は後学のために見ておくといい」
「はい」
 ・・・どんな後学なのだろう、と理樹なら突っ込むところかもしれんな。




 ハンバーガーにかぶりつくと言う動作に非常に躊躇う古式に大笑いしたり、西園からかかって来た電話に妙に居心地の悪さを覚えたり。
 それなりににぎやかな昼食を終えて店を出てから、古式に感想を聞いてみようと思った。
「どうだった?」
「美味しかったです」
 微笑みと共にそう返してくる。
「そうか。それで・・・だが」
「はい」
「これからどこか行きたい所はないか?」
「行きたいところ、ですか」
 古式は少し考え込むと、
「・・・公園に行きたいです」
「公園か。わかった」
 この近くの公園はどこだったか、と記憶を探り、思い当たる。
「行くぞ、古式」
「はい」
 二人並び、歩く。
 昼間の日差しは明るい。この日差しが、古式の胸の闇にまで差し込んでくれれば、と思う。
 ちらりと、古式の顔を伺った。
「? どうかされました?」
「いや」
 微笑して首を横に振り、見えてきた公園に目を向ける。
 小学生くらいの子供達がサッカーに興じていた。
「・・・楽しそう、ですね」
「・・・ああ」
 素直に遊べることは、素晴らしい事だ。
 遊べる友がいるというのは、掛け替えのない事だ。
 俺は本当にそう思う。
「あの夢の世界で」
「ん?」
 古式が唐突に振った話題。
 もう、大切だったことしか覚えていない、霞んでしまった世界の話。
「宮沢さんは・・・、何故、あんなふうに遊んでいなかったのですか?」
「・・・」
 記憶の蓋をこじ開ける。そう、確かに最初は距離を置いていた。
「・・・別に、あの世界に限った話ではない」
「?」
「・・・・・・お前が、眠ったままになった後は、ずっとああだった」
 古式の目が驚きに開かれる。
「別にお前を責めている訳じゃない。そこは誤解するな」
「あ・・・、はい」
「単に、自分の不甲斐なさに愛想を尽かしただけだ。こんな俺に価値があるとしたら、剣しかないと、勝手に思い込んでな」
「宮沢、さん」
「情けない話だ」


 俺は笑う。今なら、笑って済ませられる。
 俺にとって、本当の支えになるものを見つけたから。
 そして、俺と古式の決定的な違いを。
 俺にとっての剣は、道ではなかったのだ。俺にとって、それは手段だった。
 あの場所を守るための、手段だったのだ。
 だから、剣を失ってもあいつらと一緒にいることを選べた。
 むしろ、道だと錯覚していたものを失って、それで気がついたのだ。
 俺の道は、あいつらと共に行く道だったのだと。
 そして、道を失った古式に、本当はどうすればよかったのかを。


「あの時、俺はお前に、別の趣味を見つけろ、と言ったな」
「・・・はい。今も、そんなものは見つかりませんが」
「ああ。俺も無茶を言ったと思う。見つけろ、と言う癖に手を差し伸べることもなかったのだからな」
「・・・宮沢さん?」
 俺は古式に向き直ると、手を差し出す。
「古式。正式に退院したら」
「・・・え?」
「俺たちと、一緒に遊ばないか?」
 古式は、俺の手を見つめ、俺の顔を見上げ、俯いて。
「・・・私は」
 性急だったかもしれない。それでも、言わずにはいられなかった。
 あの時言えなかった言葉を。
 公園に3時の鐘が鳴る。
「・・・3時、ですね」
「む」
「そろそろ、病院に戻りましょう」
「・・・・・・そうか」
「はい」
 儚げに微笑む。
 ただ、今までと違ったのは。
「・・・リハビリ、頑張りますね」
「・・・ああ」
 少しだけ、前向きな発言が出たこと、だろうか。



「いや謙吾、お前そこで引いちゃダメだろ・・・」
 一応、男連中には報告しておこうと思った結果。
 何故か盛大に吊るし上げを食らうことになった。
「謙吾って、何か地味にヘタレだもんね・・・」
「理樹ぃぃぃ!?」
「もっとこう、筋肉に物を言わせりゃよかったんだよ」
「真人の言うとおりだ」
「ちょ、ちょっと待て恭介! 俺は真人よりダメなのか!?」
「ああ。この件に関しちゃ真人よりダメだな」
「うおおおおお!?」
「よっしゃあ!! 謙吾に勝ったぜ!!」
「いやいやいや・・・」
 くっ、俺はダメなロマンティック大統領だ・・・。
「おい、謙吾。でかい図体丸めて部屋の隅っこに蹲るなよ・・・」
「うわ、僕謙吾があんな小さく見えるの初めてだよ・・・」
「俺もだぜ・・・」
「くっ、俺は要らない剣道家なんだ・・・」
「悪かった、悪かったからこっち来い」
 気を取り直して、男四人で輪を囲む。
「それで、古式さんの退院日っていつになるの?」
「医者の判断しだいだが・・・もう少しかかるだろうな」
「そうか・・・」
 恭介は口元に手を当てて考え込む。
 このとき、俺は気づくべきだったのかもしれない。
 理樹と恭介が何か目配せした、その意味に。



 その日は、意外と早く来た。
 あれから二週間後の土曜日の放課後、職員室で復学の手続きをしている古式を、外で待つ。
 別にここまで付き合う必要は無いのだが、乗りかかった船という奴だろう。
 まだ、放っては置けんしな。
「宮沢さん」
「終わったか」
「・・・はい」
 相変わらず、右目にガーゼを当てたままの姿で、彼女は頷く。
「クラスはどこになるんだ?」
「E組になるそうです」
「同じクラスじゃないか」
「そう、なのですか?」
「ああ」
 言って、歩き出そうとする。
 が、古式が立ち止まったままなのを見て、俺も足を止めた。
「・・・どうした?」
「あの・・・、この間の、件ですが」
「ああ・・・。答えが、出たか?」
「私は・・・、私は、やはり・・・」
 俯いて、唇を噛む古式。だめか、と俺は思ってしまう。
 その瞬間だった。
「シャッターチャーンスッ!!」
 フラッシュの光と同時に、シャッターの切られる連続音。
「・・・な!?」
「え?」
 思わず先ほどまでの空気も忘れて、光の方に顔を向ける。
「さ、三枝!」
「これはスクープですヨ! 謙吾君の告白シーン!! 今週の学校新聞の一面はこれで決まりだー!!」
「な、ちょ、待て三枝!!」
「ばいばいびー♪」
 走り去っていく三枝・・・。
「・・・い、いかん。追うぞ古式!」
「え? あの、え?」
「三枝にあんな写真持たれてたらろくなことにならん!! 行くぞ!!」
「あ、ちょ、宮沢さん!?」
 手を引っつかんで走り出す。
「だ、大丈夫です、走れます、走れますから、あの、手は!」
「うお、すま」
 またシャッター音。
「おおっと、手をつないでの逃避行ー! やはは、謙吾君もやりますネ」
「さ、さえぐさあああああああああ!!」
「きゃ!?」
 古式をおいて、廊下を突っ走っていく三枝を全力で追う。
 が、
「くらえ、ビー玉スプラッシュ!!」
「なにぃ!?」
 全力疾走中にそんなもの避けられるかぁぁぁ!!
「どおおおお!?」
 情けない声を上げて盛大にすっ転んだ。不覚だっ・・・!
「宮沢さん、これを!」
 と、どこかの教室から持ち出してきたのか、古式が何かを投げ渡してくる。
「これは・・・、よし!」
 俺はモップを構えて立ち上がると、
「どおおりゃあああああああああ!!」
 ビー玉をモップで弾き飛ばして突き進む。
「な、なんだってー!?」
「観念しろ三枝!!」
「まだまだ、はるちんは終わりませんよ!!」
 上の階へ逃げる気か。階段に飛び込む三枝を追い、モップを放り出して俺達も踊り場に踏み込む。
「うわ、謙吾!? 古式さんも・・・」
「理樹か! 三枝を見なかったか!?」
 上か、下か!?
「え、葉留佳さんなら上に上がっていったけど・・・」
「よし追うぞ古式!」
「は、はい!」
 ばたばたと三枝を追う。特徴的な髪がひらついた。
「うわ、早っ!?」
「待て、三枝!」
「宮沢さん、伏せてください!」
 振り返ると、どこで拾ったのか、古式が空き缶を振りかぶっている。
「な!?」
「ええい!!」
 乾いた音とともに、三枝がひっくり返った。
「・・・あ、当たるものですね・・・」
 呆然とした顔で、古式がつぶやくのが聞こえた。
「あいたー!? 空き缶は人にぶつけるもんじゃないぞみゆきち!!」
「み、みゆきち?」
「それは一先ず置いておいて、だ。観念してカメラを渡せ、三枝」
「あー、カメラですか。カメラなら」
 三枝は妙な笑いを浮かべながら、俺たちのほうを指差した。
 いや、これは俺たちの後ろを指しているのか?
 と、突然、その三枝の指差す所からフラッシュとシャッター音。
 驚いて振り返ると。
「ナイスコンビネーション、謙吾、古式さん」
「・・・理樹!?」
 理樹がカメラを手に笑っている。
「実は、さっき謙吾に会う前に受け取ってたんだ」
「お前もグルなのか!?」
 理樹はカメラをポケットに収めてから、
「謙吾、ミッションだよ。リトルバスターズ全員でカメラリレーするから、捕まえてみて!」
「な、なんだとぅ!?」
「ミッションスタート!」
 言い残して、走り去る。・・・理樹め、やってくれるじゃないか・・・!
「・・・ふふふ、俺たちに挑戦か、いいだろう!」
「み、宮沢さん?」
「古式。挑まれて黙っているのは武道家として恥だ。行くぞ!」
「・・・・・・」
 きょとんとする古式。
「武道家・・・。でも、私は・・・」
 少し戸惑った後、その表情を真剣なものに変えて、躊躇いがちに頷いた。
「そう、ですね」
「行くぞ!」
「はい、お供します!」
 理樹が走り去っていった方に走っていく。
「がんばれー」
 後ろから三枝の応援が聞こえた。というか、お前が言うか諸悪の権現。
「どっちだ!?」
 三年の教室の廊下に出て、左右を見回す。
「ルールの補足だ」
「恭介!?」
「カメラは必ず手渡しで受け渡す。カメラを持っている人間は「カメラを持っているか」と聞かれたら嘘は言わない。あと持ってる奴は隠れたりしない」
「・・・お前は持っているのか?」
「いや、俺は持っていない」
 言いながら、恭介は背を向けて歩いていく。
「がんばれよ、謙吾。ただし、俺たちも本気だ」
「ほほう」
「剣道部と弓道部のエース二人掛りだからな。手を抜けばあっさりやられるだろう」
「・・・棗先輩」
 唐突に、古式が恭介に声をかけた。
「何だ?」
「・・・カメラは持っていますか?」
 それは先ほど俺が聞いた問いかけだが。
「おっと、古式は予想以上に頭が回るな。回答は」
 恭介は制服からカメラを取り出して見せた。
「な!?」
「言ったろ、謙吾。「カメラは持っているか」と聞かれたら、だ。さっきのお前の質問には「何を」が無かったからな」
「恭介・・・!」
 何だその揚げ足取りは。それは有りなのか!?
「と、いうわけだ!」
 突然走り出した。
「くっ、やってくれる!」
「急ぎましょう、宮沢さん!」
 走っていく恭介が、突然教室に飛び込む。
 あそこは確か・・・。
「あいつの教室・・・。ロープで下に逃げる気か!」
 恭介の教室に飛び込む。恭介はすでにロープに捕まっていた。
「さらばだ、明智君」
「何がだ!?」
 ロープを滑り降りていく。
「くっ」
「・・・二十面相、でしたっけ・・・」
 古式、今のセリフ程度にいちいちコメントしてたら身が持たんぞ。
 窓から外を見る。これを使っても降り慣れていない俺では追いつけん。
 それに、おそらく下に下りた後に、窓を閉めて鍵をかけるだろう。そうなれば時間を無駄にするだけだ。
「行くぞ、恭介は二階だ!」
「はい!」
 廊下を駆け抜け、二階へ急いで降りる。
「そこの二人!」
「ぬぁ、二木か!」
 降りた先に待ち受けるように居た女生徒。二木佳奈多。
 めんどい奴が・・・!
「廊下は走らないように」
「あ、あの・・・」
「くっ、だが、今は緊急事態・・・」
 ふと気づく。二木といえば風紀委員だったが、こいつこの間引退しなかったか・・・?
 ・・・いや、ならば。
「・・・二木。一つ聞く」
「・・・・・・何かしら?」
 不自然な間。微妙に二木が俺達から間を取ろうとする。
「お前、カメラを持っているか?」
「・・・・・・鋭いわね。ええ、持っているわ!」
「古式、逃がすな!」
「はい!」
「かなた、こっちだ!」
「鈴か!」
「鈴さん、パス!」
 入り乱れる言葉。
 飛び出した古式が二木の手に握られたカメラに手を伸ばそうとして、一瞬早く鈴が掠め取る。
「あっ」
「あたしの勝ちだ!」
「甘い!」
 鈴が駆け抜けようとした先を塞ぐ。
「ふ、甘いのはお前だ、謙吾!」
 鈴は唐突に姿勢を低くすると、カメラを廊下に滑らせて俺の足元を抜かせた。
「何!?」
 思わずカメラを追って振り返ってしまう。
 その隙をついて、鈴が俺の傍を駆け抜けた。
「しまった!」
 鈴は止まったカメラを走りながら拾い上げ、そのまま抜けていく。
「全く。廊下は走る場所じゃないのだけど」
「くっ、二木、今は」
「風紀委員は引退したの。もう何も言う資格なんて無いわ」
 いつも腕章をつけていた左腕をひらひらさせ、さっさと行けとばかりに言う。
「すまん。行くぞ、古式!」
「あの、二木さん、でしたか。失礼します!」
 二木に背を向け、鈴を追う。
 まだ鈴の背中は見える。
 と、すれ違うように、真人。
「真人に渡す気だな・・・! ならば!」
 真人ならば、挑発すれば乗ってくる!
 ここが勝負だ!
 鈴とすれ違って教室に入ろうとする真人に向け、叫ぶ。
「真人! カメラを持っているか!?」
「え? いや、持ってねぇぜ?」
「何だとう!?」
 この展開は普通渡すだろう、鈴!
「いや、俺も渡されると思ってたんだけどよ、鈴の奴素通りしやがって・・・」
 腕組みしてぶつぶつ言い出す真人をあっさり見捨てて、後ろにいた古式を振り返る。
「鈴は!?」
「また三階に上がったようです」
「あの鈴がトリックプレー二連発とはな。恭介か来ヶ谷の入れ知恵か・・・。やってくれる!」
「はっはっは、そう褒めるな、謙吾少年」
 唐突に割り込んだ声。
 古式の後ろに来ヶ谷が立っている。
「お前」
「まぁ、正確に言うと真人少年を素通りしたのは鈴君の判断だ。よほど触れたくなかったと見える」
「うおおおおお!?」
 後ろで真人が悲鳴を上げているが、無視。
「あ、えと」
「うむ、古式女史。私は来ヶ谷唯湖という。気軽にくるがやちゃんとでも呼んでくれ」
「古式、ゆいちゃんとでも呼んでやれ」
「あ、え?」
「謙吾少年。その名で私を呼ぶとは、覚悟はできているだろうな」
 目が据わった来ヶ谷に俺はふっ、と笑う。
「来ヶ谷。お前はカメラを持っているのか?」
「む? ああ、持っている。ちょうどいい。賭けるか?」
 どうやら鈴から受け取っていたらしい。そのまま逃げずにこちらに来るとは。
 らしいというか、舐めているというか。
 来ヶ谷は構えを取った。俺もまた、一歩進んで半身の姿勢をとる。
「いいだろう。ランクも都合よく近い。勝負と行こうじゃないか」
「おっと、謙吾少年と刃を交えるのも面白いが、それではいつもと同じだ」
「何?」
「古式女史、バトルと行こうじゃないか」
「え、わ、私ですか? バトルといっても」
「ま、まて来ヶ谷! いきなり古式をランキングに巻き込むのか!?」
「うむ。バスターズの女子は可愛い女の子ばかりだが、綺麗という言葉には当てはまり難いからな。その点、古式女史ならば申し分ない」
「「は?」」
「綺麗な女の子を弄れて、おねーさんうはうはだ、というわけだ。それとも、逃げるかね?」
「よくわかりませんが・・・。ルールはあるのですね? 片目を失ったとはいえ、私も一度は武人の道を歩んだ者。挑まれて逃げる背中は持っておりません」
「お、おい待て古式」
「止めないでください、宮沢さん。女に二言はありません。その勝負、受けましょう」
 な、何か古式が妙にテンション高い気がするのだが。久しぶりに走り回ったせいで血圧上がっているのか?
 だが、本人がやる気なら仕方ない。とりあえず古式にルールを説明する。
「なるほど、判りました」
「おっと、こいつはエキシビジョンマッチか?」
 どこからか恭介がやってきた。ギャラリーが集まってくる。
「おい、来ヶ谷に古式が挑むってよ!」
「古式ってあの古式? まじで?」
 そんなギャラリーのやり取りが聞こえてくる。
「よし、お前ら、武器を投げろ!」
 来ヶ谷が手に取ったのは・・・、ちょっとまて、レプリカノリムネだと!?
 こ、古式は・・・。・・・誰だ、どこから鞘付の木刀なんて持ってきた!?
「おっと、武器の面じゃ互角か、これは」
「参ります・・・!」
 武道家ならではの滑るような足運びで古式が来ヶ谷に肉薄。
 というか、あの来ヶ谷が先手を取られただと!?
「せいっ!」
「むっ」
 抜き打ちに横薙ぎ。来ヶ谷がノリムネで受け止める。
「おいおい、こいつは」
 恭介の驚きの声が上がる。
「ほう、やるではないか古式女史。とてもリハビリ明けの動きとは思えんぞ」
「ありがとうございます」
「適当に翻弄して遊ぼうと思っていたが、どうやら本気でやる必要がありそうだな」
 古式の木刀を返し、右に回りこみながらノリムネで袈裟切り。
「・・・!」
 長い髪を靡かせながら、その剣を避ける。
「来ヶ谷さんは、武道を何か?」
「いや、全く」
「それでその動きですか・・・。神様は本当に不公平ですね」
「君こそ、片目が見えない割には今の一撃、あっさりと避けて見せたではないか。死角を突いたつもりだったのだがな」
 確かに、右目の見えない古式にとって右側は死角だ。
「来る方向さえ絞れれば、避けるだけなら大した問題ではありません」
「ほほう。その体でもそれだけ動けることに、以前から気づいていればよかっただろうにな」
「・・・あ」
 一瞬古式の動きが止まる。
「何、人生回り道も悪くない。それより、来ないのなら行くぞ」
 瞬間移動のような動き。俺なら辛うじて追えるが、古式はどうだ!?
 俺の心配を他所に、古式は素早く後ろにステップアウトして、来ヶ谷の剣を避けてのけた。
 ギャラリーが盛り上がる。
「おいおい、女子四強に、これから古式まで乱入するのか!?」
「やべえ、これからのバトルランキングも目が離せなくなってきたぜ!」
 ちなみに、女子四強は鈴、来ヶ谷、笹瀬川、朱鷺戸だ。
 古式はまた鞘に木刀を納めると、構えなおす。
 抜き打ちから右上めがけての逆袈裟。ステップアウトして避けた来ヶ谷に、さらに踏み込んで、木刀を返しての唐竹。
 来ヶ谷がノリムネを返して受け止める。
「剣道というよりは剣術に近いな」
「まぁ、古式の家はうちよりも旧家だからな。かじっていてもおかしくは無いが・・・」
 それでもここまでとは。
 とはいえ、どちらも剣を重ねてきた俺には粗が目立つ。古式が木刀を返す動作の合間に面打ち一つは放り込めた。
 ・・・いや、待て。俺は今、古式をどう見た? なら、今まで、どう見ていたのだ?
「・・・そうか。俺もまた、古式を追い詰めた一人か」
 自嘲気味につぶやく。
 あの頃は同情ばかりだった。手を引いてやることもしなかった。
 今の古式を見てみろ。弓は失ったかもしれない。だが、一武道家として積み重ねてきたものはまだ生きている。
 片目を失おうが、武道家の誇りを尊重してやればよかったのだ。
「取りました!」
「くっ、・・・参ったよ」
 来ヶ谷のノリムネを叩き落して、古式が言う。
「すげえな・・・。来ヶ谷と互角以上かよ」
「何、次は負けんよ。もともと私はここで勝負するタイプだ」
 頭を指差しながら言う。
 負け惜しみのようだが、来ヶ谷が言うと説得力がある。
「本気といっていたようでしたが」
「うむ、体は本気だ。頭はまぁ、サボったがな」
「・・・はぁ。底が知れません」
 ため息をついて、古式は木刀を納める。
「・・・楽しかったか?」
 俺の言葉に、古式はきょとんとした顔を返してきた。
 やがて、自分が楽しんでいたことに気づいたのか、驚いたような困ったような、そんな顔になる。
「ふっ」
 笑い、来ヶ谷に向き直る。
「さて、古式が勝ったのだからカメラを返してもらう」
「うむ、いいだろう」
 渡されたのは。
「・・・待て。確かデジカメだったと思うのだが」
 インスタントカメラを手に、俺は来ヶ谷を見た。
「うむ。カメラは持っている。デジカメとは言っていないがな」
「ちゃ、茶番だああああああああああああ!!!!」
「きゃ!?」
「おいおい、来ヶ谷・・・。そりゃそこルールにしなかった俺もわりぃけどさ」
「はっはっは。さて、今もっている人物だが、中庭を見るといい」
 慌てて中庭の見える廊下に飛び出した。古式も俺を追って中庭を見渡す。
「・・・西園か!」
 俺の声が聞こえたのか、西園がこちらを見上げ。
 あろうことか、探していたデジカメを出してこちらにシャッターを切ってみせた。
「・・・ふっ。いいだろう! その行動、挑戦と受け取った!!」
「み、宮沢さん!? 飛び降りるのは危ないです!」
「大丈夫だ、古式! 人間二階から飛び降りたくらいじゃ死なん!」
「一度身投げした私から言っても説得力無いですけど駄目です危ないです!」
「古式、お前、それあっさり言えるのな・・・」
 恭介の感心したような呆れたような声が聞こえてくる。
「くっ、判った。西園、そこを動くな!!」
「動くなといわれて動かない奴もいないだろうがな」
 来ヶ谷の茶々を無視して、走り出そうとした俺と古式。
「おっと、ちょい待った」
「な、何だ恭介!」
「古式、来ヶ谷に称号をつけていってくれ」
「あ、ルール、でしたか」
 古式は中庭と来ヶ谷とで視線を往復させ、
「『気軽にゆいちゃんと呼んでくれ』で」
「うむ、わるくな・・・いやちょっと待て」
 おお、初めて来ヶ谷が称号絡みで動揺したところを見た気がする。
「すいません、来ヶ谷さんと宮沢さんの紹介を足してみました」
「謙吾少年、後で改めて挑ませてもらうから首を洗っておくがいい」
「ふっ、望むところだ」
 笑い、古式とともに1階へ降りていく。その後ろから。
「意外とノリがいいな。ますます欲しくなってきたぜ」
「うむ。華が増えるのは良いことだよ」
 そんな声が聞こえてきた。
 まぁ、それについては後で考えよう。
 中庭に飛び出す。
「西園!」
「遅かったですね」
「わふー!? 見つかってしまいました!」
「私では逃げ切れませんから」
 西園と能美が、ストレルカの首輪に何か下げている。
 銀色に光る・・・、っておいそれはまさか!?
「おいお前らそれルール違反・・・!?」
「ストレルカ、ごー! なのです!!」
 ストレルカが疾走してくる。・・・こちらに。
「え、え、え!?」
「くっ、だが腐ってもこの宮沢謙吾! 大型だろうが犬一匹止められん男では無い!!」
 突っ込んでくるストレルカを、真正面から抱きとめる!
「ぐふっ・・・」
 息が漏れたが、ストレルカはしっかりと止めた。
 身をよじって逃げようとするストレルカを離さないようにしながら、古式に叫ぶ。
「首輪を調べろ!」
「あ、はい! ・・・え、これ・・・」
「何だ!?」
「すみません、それ、ストラップです」
「何だとう!?」
 西園の言葉でストレルカを離してしまう。
 古式が呆然とした顔で手に取っているのは、鏡付きのストラップ。
「し、してやられたというわけか」
「してやりました」
「宮沢さーん、古式さーん、カメラはこちらなのですー!」
 いつの間にかグラウンドの方に移動していた能美が手にカメラを持って叫んでくる。
「頑張ってください」
 西園はやんわりと微笑んで、激励の一言をくれる。
「さ、さすがに本気と言っただけあるな・・・」
「お友達の皆さん、癖のある方ばかりですね・・・」
 グラウンドへ走って行っただろう能美を追って、また古式と二人で走る。
 何にしても、能美が持っている今ならばチャンスだ。
 グラウンドに抜けようとした、その瞬間。
 いきなり足元に何かが高速で飛んできた。
「な、何!?」
「きゃ!?」
「ふふ、この先は私を抜かないと通れないわよ?」
「・・・と、朱鷺戸か!」
 目の前に姿を見せたガンマニアを半眼でにらむ。
「エアガンを人に向けるな、阿呆か!」
「警告したでしょ!? 狙ったの足元だし!」
「そういう問題じゃないだろう!」
「うるさいわね! とにかく、古式みゆきさんだっけ? 私は朱鷺戸あや。あやでいいわ。それでまあ、出会って早々で悪いけど」
 言いながら、エアガンを向けてくる。
「ここは通さないわ」
「・・・えっと」
 古式はあまりの展開についていけていない。
「とりあえず、朱鷺戸。お前はカメラは持っているのか? デジカメだ」
 来ヶ谷のようなことをされないために、限定。
「そうね、私は持ってないわ」
「そうか」
 ならば用は無い。
「・・・ああ! 理樹の写真が風で飛んでいる!?」
「ええ!? どこどこ!?」
「嘘だ、ばーか。今だ古式!」
「え、えっと、はい!」
「え、ちょ、って、嘘!? あー!?」
 引っかかるほうが悪い。
 と、思ったのだが。
「Shot!!」
「って、エアガンを人に向けるなと言うに!」
「大丈夫、謙吾君しか打ってないからっ」
「あ、確かに私には一発も着てないです」
「だからと言って大丈夫なわけあるかぁあぁあ!!」
「騙した罰よ復讐よええそうよあっさり騙されたわよ理樹君の写真なんて甘言にあっさり騙されて不覚を取ったわよこれで向こう側でスパイとか名乗ってたとか間抜けもいいところよね笑えるでしょ滑稽でしょ笑いたければ笑うがいいわアーッハッハって笑いなさいよアーッハッハ!!」
「自虐するか撃つかどっちかにしろ!! というかお前エアガン改造してるだろうこれ胴着の上からでもやたら痛いぞ!?」
「アーハッハッハッハッハ!!!!」
「み、宮沢さん、前!」
「何!?」
 能美がグラウンドの前で女生徒二人と話している。
 一人は笹瀬川。もう一人は神北か。
「ふぁ、来たよ!?」
「全く。またあやさん暴走してますわね」
「で、では打ち合わせどおり、散るのです!」
 直後、思い思いの方向へ散る。
「だ、誰が!?」
「古式、能美を追え!」
「は、はい!」
「俺は笹瀬川を追う! ・・・って、お前はいい加減打つのやめんかぁあ!!」
「あ、弾切れ」
「そうか、とりあえず」
 俺は足元に転がっていたペットボトルを拾い上げると。
「撃ちすぎだ馬鹿者!!」
「あいったぁ!?」
 朱鷺戸に投げつけてから笹瀬川を追いに走る。
「あら、こちらに!? ・・・これが一学期のころでしたら至福でしたのに!」
 心配するな。その頃にこんなイベントをされたら俺は間違いなく神北を追っている。
 しかし、足が速い。さすがにソフト部エースで4番。俺をして追いつけんとは・・・!
 笹瀬川は部室簾の裏に駆け込む。
「くっ、待て!」
「ええ、お待ちしていましたわ」
「ぬあ!?」
 まさか立ち止まっているとは思わなかった。
「最初に言っておきますわね。わたくし、カメラは預かっておりません」
「む」
「少しだけ、お聞きしたいことがありましたの」
 真剣な顔の笹瀬川に、俺はやむを得ず相対する。
「・・・古式さんのことが、お好きなのですか?」
「・・・・・・む」
 いきなり答えにくい言葉を叩きつけられ、俺は顔をしかめる。
 だが、こいつは曲がりなりにも一度、俺に好意を向けた奴だ。ならば、それなりの答えは示すのが礼儀だろう。
「・・・今はまだ、わからん」
「そうですか」
「だが、放って置く気にはならんのは確かだ。それに、同情はもう辞めた」
「・・・わかりましたわ」
 笹瀬川はすっきりしたように笑うと、
「カメラは神北さんですわ。おそらく直枝さんに渡しに行かれるでしょう。そろそろ時間ですし」
「時間だと?」
「ええ。まぁ、その時にわかると思いますわ。わたくしもまだ手伝いがありますので」
「・・・笹瀬川」
「何でしょう?」
「・・・俺が追って来ると思っていたのか?」
「さぁ、どうなんでしょう。わたくしにもわかりませんわ」
 会釈して走り去っていく笹瀬川を見送り、俺は神北の走って言ったほうを見る。
 さすがにもう見えん。
 だが、どうやら。
「最後の敵は理樹というわけか。いいだろう」
 再び走る。
「宮沢さん!」
「古式、能美は持っていなかったか」
「はい。ということは」
「ああ。神北らしい」
 中庭に飛び込む。
「ほわ!? もう来たぁ!?」
「そこか、神北ぁ!」
 廊下の窓の近く、中庭側に神北がいた。
「ごめんお待たせ!」
 その窓の向こう側、廊下のほうに理樹が走ってくる。
 小脇に何かを抱えているようだ。
「りりりり理樹くんはやくはやくぱすぱすぱすー!」
「今行く!」
「うおおおおおおおお!!」
「わ、ほわあああああああ!?」
 もう少しで届く。指一本。
 スローモーションのように時間が流れ。
「ごめん謙吾!」
 唐突に理樹が持っていた何かが投げつけられた。
「ぬお!?」
「な、これ体育館のネットでは!?」
 行動不能にされてしまった俺に向けてごめんとばかりに手を合わせ、理樹はカメラを取って走っていく。
「え、えっと・・・、えへへへへ・・・」
 神北は気まずそうに笑っている。
「・・・いや、とりあえず神北。これをはずすのを手伝ってくれ」
 地味に引っかかってなかなか抜けれん。
「あ、うん、おっけーですよ」
 古式と神北の手を借りて、ネットから抜け出す。
「謙吾君」
「何だ?」
「理樹くんがアンカーです。がんばってー」
「全く、何をたくらんでいるんだ」
「それは内緒〜」
 ため息。
 まぁ、三枝と違って神北には悪意は無い。信じて大丈夫だろう。
「行くぞ、古式」
「次が最後ですね」
「ああ」
 理樹の走っていったほうへと向かう。
 一階を抜け、二階へ、そして三階、四階。
「くっ、あいついつの間にこんなに体力を!」
「はぁ、はぁ、はぁ・・・、さ、さすがに、疲れて・・・」
「いや、リハビリ明けでそこまで走り回れれば十分だ・・・。む、いたぞ!」
 廊下の真ん中でさすがに息を整えている。
「理樹!」
「謙吾、さすがに早いね」
 呼吸を整えながら、カメラをこちらに示してくる。
「そいつを渡してもらおうか」
「うん、いいよ」
「・・・何!?」
 理樹は言うが早いか、俺に向けてカメラを投げてくる。
「偽者でよければね!」
 それをキャッチしようとしたところに、その言葉が続いた。
「な!?」
 直後に理樹もこちらに突っ込んでくる。
「え!?」
 手に飛び込んできたカメラ。
 偽者か、本物か、迷ってしっかりと握るまでに生じた間。
 理樹が飛び込んできた意図。
 全く見えないそれに硬直してしまう、俺と古式。
 理樹の手が、俺の手に一度は飛び込んだカメラをまた攫う。
 よくわからないうちに位置を入れ替えた俺たちと理樹。
 振り返ると、理樹はシャッターを切り、
「実はやっぱり本物」
「り、理樹いいい!?」
「じゃあね!」
 だ、出し抜かれたのか! 理樹に!?
 お前強くなりすぎだろう!?
「待て理樹!!」
「そうはいかないよ!」
 足は俺のほうが早い。早いはずなのに、理樹は教室をくぐったり風紀委員の巡回の隙間を潜ったりして追いつけない。
「な、なぜこんな逃げ方上手いんですか、直枝さんは・・・!」
「三枝に付き合わされて、風紀委員と追いかけっこさせられてるからな、あいつは!」
 風紀委員の巡回のタイミングやら、人ごみを駆け抜けるフットワークを理解しているのだろう。逃亡の専門家の三枝よりも。
 そういう頭を使って逃げを打つ分、本気で逃げに回るとある意味三枝より性質が悪い!
 三階から二階、そして再び一階に下りる。放課後になってだいぶ時間が経って人がまばらになっている。
 これならば、純粋に足の差だ!
「くっ、やっぱ足の勝負じゃ謙吾は振り切れないか!」
 理樹も自分に不利な状況だということに気づいているようだ。だが、逃げる足は止まらない。
「観念しろ、理樹!」
「直枝さん、お覚悟を!」
「悪いけど、無理!」
 ラストスパートとばかりに、理樹はスピードを上げる。
「ならば・・・!」
 俺もまたラストスパートに入る。
「うおおおおおお!!」
「くうううううう!!」
 歯を食いしばる理樹の声が聞こえる。が、
「チェストオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
「うわああ!?」
 理樹の腕を引っつかんだ瞬間、二人してバランスを崩して学食に転がり込んでしまった。
「み、宮沢さん、直枝さん!?」
「あいったたた・・・。恭介、判定は?」
「謙吾の勝ちだ。残念だったな、理樹」
「あちゃぁ・・・、負けちゃったか」
「けどやるじゃねぇか、理樹。謙吾相手にここまで逃げ切ったんだ」
「な、何の話だ? それに何故学食の照明が落ちている?」
 そう、学食はすべての電気が消されていた。
 暗幕まで使って、真っ暗な状態だ。
 俺も古式も、戸惑って学食中を見回す。
「何故って、決まってるじゃない」
「らいとあーっぷ、ですよ〜」
 座り込んだまま、どこか楽しげな理樹の声と、どこからか判らない気の抜ける神北の声とともに、すべての照明が唐突に灯った。
 あちこちで鳴り響くクラッカーの音。
「古式」「古式さん」「みゆきちゃん」
『退院おめでとう!!』
 さまざまな呼び方で古式の名が呼ばれ、その後に、同じ言葉が続いた。
「あ、あの、これは」
「手荒い歓迎で悪かったな、古式。リトルバスターズ式歓迎って言ったら、遊びに巻き込む以外に思いつかなくてな」
 恭介が笑いながら、「ほら、奥へ行け」と促す。
「み、皆さん・・・」
「いやー、みゆきちなかなかエキサイトしてましたネ」
「うむ。どうだ、みゆき君。こういう世界も悪くないだろう」
「私はこれっきりにしてほしい所なんですけどね」
「またまたー、佳奈多も楽しんでたくせに」
「あやは黙ってて」
 古式を囲むように騒ぎ出す面々を呆然と見ていると、目の前にカメラが差し出された。
「・・・理樹」
「ごめん、発案者、僕なんだ」
「な、何? お前、何考えて」
「理由はこの中にあるよ」
 理樹は苦笑いしながら、俺の手にカメラを渡した。
 デジカメを受け取り、記録されている写真を一つ一つ見ていく。
 思いつめた顔。呆気に取られた顔。真剣な顔。笑っている顔。困っている顔。焦っている顔。
 古式のいろんな顔がそこに詰め込まれていた。
「・・・・・・理樹」
 俺は、それを握り締めると、
「・・・すまない」
「えっと・・・?」
「いや、言葉が悪かったな・・・。ありがとう、理樹」
「どういたしまして」
「だが、もう少しやり方は穏便にしてくれ。さすがに疲れた」
「あはは・・・。でも、僕ららしいでしょ?」
「・・・ああ」
 笑って、立ち上がる。デジカメを手にとって、今、仲間達に歓迎されて涙ぐんでいる古式に向け、シャッターを切った。
「ああ、最高に俺たちらしいな」
 恭介と真人が同時に俺の背中を叩いた。
「うお!?」
「ほら謙吾、最後の言葉はお前が言わなきゃしまんねぇだろ」
「そうだぜ、最後はお前の筋肉が物を言うんだからな!」
「いやいやいや・・・。でも、そこまで間違っては無いか」
「だろ?」
「・・・判った、行ってくる」
 女性陣に囲まれている古式に近づいて、俺は声をかける。
「古式」
「・・・はい」
「前と同じ言葉で申し訳ないが・・・」
「?」
 俺は、手を差し伸べて、
「俺たちと一緒に、遊ばないか?」
「・・・・・・」
 古式は俯く。
「・・・いいんでしょうか? 私は・・・」
 まだ迷っている。
「お前が入ってくれれば、もっと楽しくやれる。お前が必要なんだ、古式」
「うわ、プロポーズクラスじゃない、あれ」
「はるちゃん、しー!!」
 煩いぞ外野。
古式は俺の顔を見上げた後、背を向けた。
駄目・・・なのか?
「・・・古式」
「・・・ちょっと、待ってください」
 言って、古式は顔に手をやる。何をしているかは見えない。
 少しして、また古式はこちらに振り向いた。
「!」
 ガーゼを外していた。光を映さない右目が、白日に晒されている。
 だが、それでも笑えていた。
「・・・私で、よろしければ、喜んで・・・!」
 その手が、俺の手を取ってくれた。
「ああ、大歓迎だ、古式!」
 瞬間。
「おっしゃああああああああああ!! 今日はオールナイト行くぜえええええええええええ!!」
「待ってましたあああああああ!!」
「いやっほおおおおおおおおおお!!」
 恭介、真人、理樹の三人が雄叫びを上げて、女性陣が古式をもみくちゃにした。
「わ、あの、ちょ、ちょっと皆さん!?」
「よろしくね、みゆきちゃん〜!」
「うむ、よろしくな、みゆき君。ほら鈴君も」
「くるがや、やめろ、逃げないから押し付けるな! ああ、うう、みゆき、よろしくだ!」
「えーっと、みゆきさんと呼んでよろしいでしょーか!?」
「みゆきちこれお近づきの印に!」
「って何あなた虫のフィギュアなんか差し出してるの!? ご、ごめんなさい、古式さん、こんなアホの妹で!」
「て佳奈多いきなりアホの子紹介は酷いー!?」
「事実です。こんな騒がしい仲間ですが、よろしくお願いします」
「全くもう、騒がしいと言いますか・・・」
「佐々美は心中複雑ってとこ?」
「別に歓迎しないわけじゃありませんわ!」
 笹瀬川と朱鷺戸の二人だけが少しだけ間を置いてみている。
「ほら謙吾! 今日は祭りだぜ!」
「ふっ、いいだろう、今日は俺も久しぶりに馬鹿になろうじゃないか! いやっほおおおおおおおおお!!」
 手近なコーラの2リットルペットボトルを二、三本まとめて引っつかみ、思いっきり振り回してやった。
「ちょ、謙吾!? それやばいって!!」
「祝砲兼今日の仕返しだ! 全員くらえ!!」
 はじくように、キャップを飛ばす。瞬間。
「うわあああ!?」「ひああああ!?」「何すんだこの馬鹿ー!」「ふっ、私を本気にさせたわね謙吾君!!」
 悲鳴と歓声で、歓迎会は始まった。


















おまけ

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