「今日の飯どうすっかな・・・」
 仕事を終えてアパートに帰る途中、寄ったコンビニ。
 そこで恭介は惣菜を見ながら一人ごちる。
 一人暮らしをするとどうも独り言が多くなるな、とそんなことを考えながら、適当に手にとって、レジへ。
 と、レジ前に積まれていた雑誌に目が行った。
『新連載・超学園革命スクレボ』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 固まった。しばらくして、一言。
「まじかよ」
 当然雑誌は購入。家に帰って読むのを楽しみにしながらも、
(しっかし、スクレボも内容だいぶうろ覚えになっちまったからな・・・)
 しかも、全巻そろえて貸し出し中だ。
 久しぶりに読み直すには連絡を取って返してもらわなければならない。
 携帯を手にとって、メール履歴表示。同じ人宛には一番手っ取り早い。
 選んだあて先は、「西園美魚」
 スクレボを貸した先である。
『すまんが緊急でスクレボを読み直したくなったから、近いうちに取りに行きたいんだが』
 そんな内容のメールを打ち込み、さくっと送信。
 明日の昼くらいには返信が来るだろうと、あとは気長に待つことにした。


「・・・遅い」
 翌日。仕事の合間を縫って携帯のメールを何度かチェックしたが、全く音沙汰がない。
 いや、メール自体は来ているのだが。
『バカ兄貴、意味のわからんメールよこすな(∵)』
『はるちん今度ゴールデンのバラエティーの司会やるんでみんな見てねー(^―^)』
『写真送りました、ぜひ見てくださいですっ』
 などなど。
 それぞれに返信を送りながら、それでも美魚からの返信がないことに首をひねる。
 こういうことはきっちりしている美魚だから、遅れても一日以内なのだが。
 と、着信が入った。表示は、理樹。
「もしもし、よう、どうした?」
『あ、恭介、今大丈夫?』
「大丈夫だ。どうかしたのか?」
『うん。恭介、西園さんのアパートの近くに今住んでるよね?』
「ああ」
『小毬さんが、西園さんと二日前から連絡が取れない、って泣きそうになってるんだ。何か知らない?』
 ちなみに、理樹、鈴、小毬は今現在、同じ大学に通っている。
「そっちもか。実は俺も昨日送ったメールが帰ってきてない」
『そうなの?』
「こうなると心配になってきたな・・・。帰りに様子を見に行ってみるか」
『うん、何かあったら教えて。僕もすぐ行くから。・・・あ、ほら、大丈夫だって、恭介が様子見に行ってくれるらしいから・・・。』
『でもでも、ひょっとしたら美魚ちゃんに何か・・・』
『ちょっと携帯壊れてるとかそんなだよ、きっと・・・。あ、ごめん、恭介、電話の途中に」
「いや、いいさ。しっかり小毬なだめておいてやれ」
『ごめんね、それじゃ』
 通話が切れる。それを確認してから携帯をポケットへ。
「しかし、本気で心配になってきたな・・・」
 頭をかきながら、とりあえず早退の言い訳を考えることにした。


 何度か訪れた美魚のアパートの階段を登る。
 リトルバスターズの仲間たちの中で、お互いに交通費も無く会える距離にいるせいで、今でも他の仲間と比べるとよく会っているわけだ。
 とはいえ、ちょっとしたお勧めの本を紹介したり、彼女の書いた小説を試しに読まされたり、といった感じだが。
 今現在の美魚は寮生活のころに試しに投稿した作品が編集の目に留まり、ミステリ小説を書かせてもらっているはずだ。
 ちなみに、兼業で学生。被服の勉強をしていたはずだ。何を作るつもりなのかは知らないが。
 とりあえず彼女の部屋のインターフォンを鳴らしてみる。
「西園ー?」
 全く反応がない。部屋の明かりもないし。
「・・・西園?」
 留守なのか、と思いつつ、失礼と走りつつもドアノブをまわしてみた。
 開く。
「・・・・・・おいおい」
 何か洒落にならないものを感じつつ、恭介は部屋の中を覗いてみた。
「・・・西園? 俺だ、恭介だが・・・。いないのか?」
 声をかけてみる。やはり反応がない。
 意を決して、踏み込んだ。
(・・・まさか、倒れてたりしないよな・・・? 事件に巻き込まれて、とか・・・)
 彼女に何度か読まされたミステリ小説を思い出しながら、奥の部屋を覗く。


 美魚が、倒れていた。


「・・・っ!?」
 慌てて駆け寄る。
「西園! おい、西園!?」
 肩をゆする。耳元で叫ぶように呼ぶ。
「西園!! しっかりしろ! おい!!」
 と、彼女の瞼がわずかに震えた。ややあって、目が開く。
「・・・あ、恭介さん・・・?」
「ああ、恭介さんだ・・・。よかった、気がついたか」
 ほっと一息ついて、改めて彼女に問いかける。
「どうしたんだ、何かあったのか?」
「・・・が・・・かん・・・」
 ぼそぼそと言われて、聞き取れない。仕方なく、耳を口元に近づける。
「・・・締め切りが・・・近くて・・・」
「は?」
 よく判らない単語に、恭介はきょとんとしてしまう。
「・・・ネタが出なくて・・・、悩み続けて・・・、三日間・・・、何も・・・」
 そこまで言われて、恭介は漫画や小説の後書きでよく見る、作家の泣き言めいたギャグトークを思い出した。
 締め切りに追われて逃げ出す、つかまる、殴られる、えとせとらえとせとら。
 まぁ、ようするに。
「・・・食べてないのか」
 こくん、と、力なくうなずく美魚を見て、恭介は果てしなく深いため息をついてしまった。


「・・・心底焦ったぜ」
「すいません、お見苦しいところをお見せしました・・・」
 サンドイッチ3セットと紅茶。小食の彼女にしてはかなり多い量を収めるのを見届けて、恭介はまたため息をついた。
「んで、原稿は上がったのか?」
「恭介さん、デリカシーに欠けます」
「デリカシー関係ないだろ」
 まだらしい。
 だが、美魚は晴れ晴れとした顔で、
「ですが死線を彷徨ったおかげか、アイディアは浮かびました」
「・・・洒落になってないからな、それ」
「後は書くだけです」
「ならいいが・・・」
 言いながら、彼女が白紙の原稿に向かい合っていたはずの机に目をやる。
 ・・・なぜか、びっしりと文字が書き込まれた原稿があった。
「って、何だ? 書いてるじゃないか」
「何がですか? ・・・・・・!?」
 美魚の表情が激しく引きつった。回収しようと腰を浮かせる。
 が、食料を補給したとはいえ、一度倒れた体がすばやく動くはずもなく。
 そのびっしりと文字を書き込まれた原稿は恭介の手の内に。
「何々・・・?」

――京介、好きだよ。
――俺もだ。里樹。

 そんな原稿冒頭の会話文。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 ゆっくりと、恭介は美魚を振り向いた。
 同じくゆっくりと、美魚は視線を逸らした。
「西園?」
「なんでしょう?」
「あのな、これどう見ても俺と理樹モデルだろ?」
「気のせいです」
「ほう」
「ええ、気のせいです。決して寮生時代の願望を形にしてみたとかそんなことはありません」
「肖像権、って知ってるか?」
「ですから気のせいです。ネタが出ない現実逃避で書いただけの妄文ですからそんなことはありません。デジャヴです」
 再び沈黙。
 やがて、恭介は原稿にもう一度視線を落とし、一言。
「焼く」
「だめですっ」
 なにやら神がかり的にすばやく動いた美魚に、原稿を回収された。
 物凄く大事そうに抱えられてしまい、恭介はまたため息ひとつ。汗一筋。
「一応、断っておくが。俺はノーマルだからな」
「女の子と部屋で何度も二人っきりになったのに、一度も手を出したことが無い人が言っても説得力というものがありません」
「手、出してほしいのか?」
「悲鳴上げますよ?」
「どっちだ」
 何かよく判らない流れになってきたので、とりあえず咳払い。
「しかし、それじゃこれからまた徹夜で原稿か?」
「そうなりますね」
「・・・ただでさえ三日も食ってない状態だってのに」
 ため息。
「何か作ってやる」
「・・・恭介さんが、ですか?」
「これでも一人暮らしだ。旨くは無いかもしれんが多少は作れる」
「・・・意外です」
「おまえが空腹でぶっ倒れてることに比べりゃ相当マシだ」
 学生時代にだって一度だって考えたことなどない。
 真人なら三日三晩我を忘れて筋トレに励んで倒れたことがあったが。
「そうそう、小毬とか鈴とか理樹が心配してたぞ。メールみたか?」
「・・・いえ」
「見ろよ・・・。ってか、携帯どこやった?」
「編集の電話が怖いので今冷蔵庫の中に封印を」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・締め切り、むしろもう破ってるのか?」
「破ってはいないのですが、進行状況を聞かれるのが怖いです」
「おいおい・・・」
 頭を抱えてしまう。と、そこでふと気づいた。
「・・・食う暇も無いくらい悩んでたってことは、当然風呂も入ってないってことか」
 言った瞬間、クッションをぶつけられた。
「最高にデリカシーに欠けますっ」
 赤面して言ってくる。
「いや、すまん・・・。とりあえず風呂入って来い。その間に何か作っとくから」
 が、美魚は全く動かない。
「・・・どうした?」
「脱衣所に仕切り、ありませんが?」
 つまり、着替えが丸見え。
 咳払いでごまかす。
「・・・悪かった。外で時間潰してくる。30分でいいか?」
「それくらいで良いです」


『じゃあ、何もなかったんだ』
「何もなかった、とは違うだろうが・・・、まぁ、大したことはなかったな」
 24時間営業のスーパーで買い物をしつつ、理樹に連絡。
『でも意外だね。西園さんがそんな風になっちゃうなんて』
「まったくだ。心配で放っておけなくなった」
『あはは・・・』
 笑う理樹。その向こうで小毬と鈴らしい声が聞こえてくる。
『みおちゃん大丈夫だったんだ〜。ほんとによかったよ〜』
『まったく、みおは今度あったら説教だ』
 どうやら、また理樹の部屋に遊びに来ているらしい。
 鈴と小毬は二人一緒に暮らしているが、食事は大勢のほうがいいとかで理樹もよく巻き込まれているとか。
「相変わらずそっちは賑やかだな」
『ははは・・・』
「そろそろどっちかに絞ったらどうだ?」
『余計なお世話だよ・・・』
「ははっ」
 笑いながら、キャベツをカゴに放り込む。
「まぁ、西園のことは任せておけ。さすがに音信不通はもう無いようにさせるから」
『うん、お願い』
『理樹、いつまでも電話してるな! 小毬ちゃんの料理冷めるだろっ』
『ちょ、ちょっと待って・・・。なんかご飯みたい』
『ごめんなさい、恭介さん〜。ありがとうございます』
「ああ、気にするな。小毬もな。あと、鈴にもう少し兄を敬うように言ってくれ」
『敬うか、あほっ』
「・・・聞こえてたのか」
 苦笑いしながら、タマネギを。
 ちなみに、メニューは男の料理の定番、野菜炒め。軽く味噌を加えるのが恭介流。
『それじゃ、西園さんによろしく。おやすみ、恭介』
「ああ、おやすみ」
 電話を切る。
「・・・しっかし」
 苦笑いしながら、カゴの中身を見下ろした。
「ここまでするあたり、俺って結構保護欲みたいなのでもあるのかね」
 とりあえず、今はそれが大半だろうが。
「まぁ、とりあえずは飯でも作ってやるか」


 ちなみに。
 美魚のアパートに戻った時に風呂上りの着替え中に遭遇してしまい、久しぶりにサイバーヨーヨーの一撃を貰ったのは。
 まぁ、どうでもいい余談かもしれない。

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