グラウンドで野球の練習をする11人+1人。
「私は、入った覚えは、ありません!」
「でも誘うと来るよね、お姉ちゃん」
「それは・・・! ほら、どうせ暇だから断る理由もないし・・・」
「まぁせっかく来たんだ、遊んで行けよ。ほれ、グローブ」
「・・・全く」
 その+1人は相変わらずの天邪鬼っぷりながら、グローブを受け取ってグラウンドに出て行く。
「二木の奴、相変わらずだな」
「あれで楽しみにしてるんですヨ」
 恭介と葉留佳が、そんな素直じゃない佳奈多の背中を見て笑う。
「「じゃんけんぽん! あいこでしょ! あいこでしょ!!」」
 ピッチャーマウンドで無駄に熱いジャンケンの声を上げているのは、鈴と佐々美。
「くーちゃーん、いくよー!」
「わふー! ばっちこーい、なのです!」
 センター辺りでキャッチボールをしている小毬とクド。
「はっ、こちらかなりの筋肉、直ちに現場に向かいます」
「はっ、こちらも相当な筋肉、共に現場に向かいます」
 意味不明な言葉と共に、その二人の横を真人と謙吾がランニングしていく。
「うむ、皆元気なのはいいことだ」
「そうですね。ところで、来ヶ谷さんは用意しなくてよろしいのですか?」
「何、問題ない」
 美魚のマネージャーの定位置で、珍しく一緒にお茶を飲んでいる唯湖。
 皆、いる。
 いつもの皆が。
 なのに、何でだろう。
 理樹は未だに続いているピッチャー争いを見守りながら、最近特に感じる違和感を考える。
 誰かが、足りない。
 何故かそんな気がした。



「うーん、やっぱりいないのかなぁ・・・?」
 小毬は3年の教室の廊下を歩きつつ、首を捻る。
 退院してから、実はずっと探していた。
 よくは覚えていない。会話したわけじゃない。でも、あの時話せなかったから。
「どうした、小毬」
「あ、恭介さん」
 3年生の教室の前を歩いていれば、当然彼にも会う。
「えっと、ちょっと探し物です」
「ここでか?」
 恭介はとりあえず、周辺を見回して、
「何か探してるんなら、手伝うぞ?」
「いえ、だいじょーぶ、です。これは私が見つけたいから〜」
「・・・そうか?」
 恭介は頭を掻いて、ふと思いついたように、言う。
「・・・一応、俺も探した」
 小毬は恭介の顔を見上げる。
 恭介は窓の外を見ながら、苦しそうな顔で、その続きを口にした。
「ただ、手がかりが少なすぎる。俺たちが助かったのなら、あいつも助かってるかもしれない、そう思ったんだけどな・・・。これじゃ、限界がある」
「でも、見つけたいんです」
 小毬はそう言って笑い、恭介に一礼してまた歩いていく。
「・・・そうだな。諦めるのは、まだ早いか」
 諦めない強さは、時に奇跡だって手繰り寄せる。
 あの時、理樹と鈴がそうして見せたのだから。



「・・・何だろう。やっぱり、何か・・・」
 屋上。そして空き教室。そこで、誰かがいた記憶。
 屋上だけなら、小毬のことだとあっさり納得できたのだが。
 空き教室で小毬と何か話した覚えは全くない。
「・・・うーん」
 首を捻りながら、理樹はその空き教室の真ん中で考え込む。
「あれ、理樹君?」
「え?」
 まさか声を掛けられるとは思ってもおらず、理樹は振り向いた。
「小毬さん」
「びっくりしたよ、理樹君がこんなとこにいるなんて」
 そこまで言って、小毬は何かに思い当たったような顔をした。
「・・・あ、そっか。理樹君も、探してるんだ」
「・・・・・・え?」
 探している。
 小毬の言った言葉が、不思議なくらい理樹の違和感に当てはまった。
「・・・そっか、僕は・・・、誰かを探してるんだ」
「やっぱり、理樹君も全部は忘れてないね」
 小毬の少しだけ寂しそうな笑顔が、理樹に悟らせる。
 感じている違和感は、向こう側の、出来事だったのだと。
 でも。
「・・・僕も、って言ったけど。小毬さんも・・・?」
「ふぇ? ・・・・・・あ、あ〜〜〜〜!?」
 突然小毬は慌てだした。
「うぁ〜ん、言うつもりなかったのに〜」
 相変わらずドジというかうっかり屋さんな小毬が微笑ましくて、理樹はつい笑ってしまう。
 きっと、見つかったとしても何も言うことなく普通に引き合わせるだけのつもりだったのだろう。
 謙虚と言うか、なんというか。
 とりあえず立ち直った小毬が、人差し指を理樹に向けて、いつもの台詞。
「う、うん、理樹君、聞かなかったことにしよ〜」
「えーっと、どうしよっかな〜」
「えええええ!?」
 余計慌てる小毬。とりあえず、自分の損得考えてないこの行動は聞かなかったことにはしてやらない。
 それに何故か、そんな小毬を見ていると、誰かわからない誰かも、すぐに見つかりそうな、そんな気がしてきた。
 そのことに、理樹は笑いを押し殺せなくなって、肩を震わせてしまう。
「ふぇ!? わ、笑われてる、私!?」
「違う、違うよ・・・、く、くくくっ・・・、やっぱ、小毬さん、すごいなって・・・、ふふっ」
「ふぇ?」
 小毬はやっぱり判っていない。でも、理樹はそれで良いと思った。
 そういうところが彼女の魅力なんだから。
 そうして笑いながら、ふっと気づく。
「・・・そっか」
 ふと、理解した。
 思いはあの夢の中のものとは違うけど。
 あの時できなかった、その「誰か」も含めた皆で笑いあえること。
 今、望んでるのはそれなんだと。
「ありがと、小毬さん」
「?」
 小毬は少しだけ首を傾げると、にっこりと笑って。
「どういたしましてー。で、いいのかな?」
「うん」



 『誰か』を探している。
 それさえ判れば、できることはある程度絞れた。
 とりあえず、理樹が真っ先に当たったのは学園の生徒の名簿。
 名前は覚えていなくても、少しくらい引っかかる名前がないか、全クラス分一日かけて目を通した。
「・・・わふ!? リキ、目が赤いです!?」
「何かされていたんですか?」
 その翌日クドと美魚に心配され、
「うむ。理樹君、目薬だ」
「・・・どうしてそんなもの持ってるのかわからないけど、使わせてもらうよ」
 相変わらず無駄に用意のいい唯湖の世話にもなった。
 それから数日は各クラスの人に引っかかる人がいないか探して、
「直枝。貴方、学校内でナンパしてるってどういうこと?」
「わふー・・・、リキ、それは余りにご無体です・・・」
「してない! てうか小毬さんも同じことしてたのに何で僕だけそういう噂になるんだよ!?」
「ふ、不思議だねぇ・・・」
 何故かあらぬ疑いをかけられ、一緒に探していた小毬を戸惑わせたり。
 それでも当たらなければ、
「理樹、近隣の中学校の卒業アルバムだ」
「ど、どっから持ってきたの、それ」
「何、蛇の道は蛇だ。あいつのことは俺も気になっているからな。手伝うぜ」
 恭介という最大の味方も得て、3人がかりで過去3年分の卒業アルバムを洗ってみたり。
 だが、それでも。



 家庭科部の部室を借りての卒業アルバム捜査。
 が、引っかかる人物すらおらず。
「・・・参ったな。こいつだ、って奴、全く見当たらず、か」
「目が痛い・・・」
 恭介と理樹は畳に仰向けに倒れこんだ。
「わふー・・・、大丈夫ですか?」
「うんー・・・」
 小毬すらちゃぶ台に突っ伏している。
「えっと。皆さん目がお疲れでしたら、温かいタオルを目に当てるとよいです! 準備してきますからちょっと待っていてくださいー」
「うんー、ありがと、くどー」
「わふー!」
 パタパタと可愛らしい足音と共に部室を一度出て行くクドを見送って、理樹は目を閉じる。
「んー・・・。どうすればいいんだろ」
 理樹の呟きに、恭介は一度体を起こし、
「なぁ、理樹」
「?」
「・・・もし、お前の探している奴が、実はもう、この世にいない奴だったとしたら、どうする?」
 理樹はその言葉に、目を開けて横になったまま恭介を見上げた。
 そして、笑う。
「それは、無いよ」
「何でだ?」
「僕が覚えてるから」
 あっさりと、理樹が言う。
「は?」
 あまりに虚を突いた答えだったせいか、恭介の目が丸くなる。
「何となくね。絶対再会できないって判ってるなら、僕が絶対思い出せないようにしてたと思う。でも、僕は覚えてる。だから会える」
「・・・・・・」
「恭介も、小毬さんも覚えてるんでしょ? だから多分、それが証明なんだよ。絶対に会えるって言うことの、さ」
「おいおい」
 恭介は呆れてちゃぶ台に肘をついた。
 それと同時に、クドが戻ってくる。
「お持ちしましたー」
「わー、くーちゃんありがとー、待ってたよー」
 それぞれ適度に暖められたタオルを目に当てる。力の抜けていく感覚が心地いい。
「しかし、理樹のそういう考え方、ありかもな」
 しばらくして、恭介が唐突にいう。
「わふ? 何の話です?」
「さっきまでの調べ物の話だよ」
「なるほどー。お役に立てずに申し訳ないです・・・」
「クドはちょっと特殊な立ち位置だったしな。気にすることは無いさ」
 恭介に宥められ、クドは力なく笑う。
 向こう側でクドは世界の秘密に対してあまり深い認識はなかった。
 だからだろう。彼らの探す『彼女』について、全く記憶が無かったのだ。
 それから、恭介は部室のあちこちに積みあげられたアルバムを見て、
「しかし、これも役に立たなかったな。とりあえず返して回らんと」
 苦笑交じりに言う。
「ひょっとして、学校中の人から借りて回ったの?」
「そういうことだ」
「それは大変だ・・・。僕も手伝うよ。元は僕の調べ物だし」
「お、助かるぜ、理樹」
 恭介と理樹が立ち上がって、小毬とクドもそれを追うように、
「あ、私も手伝いますー」
「私もやります!」
「いや、二人はいい」
 恭介はそう言うと、手近なアルバムを抱えあげた。
「これ、一冊でも結構重いしね。女の子の腕を借りるものじゃないよ」
「うーん・・・」
「ま、こういうのは男の仕事だ。二人は女の特権をたまには行使しとけ」
「そういうこと」
 恭介と理樹の二人で、部屋に残るアルバムの半分ほどを持って出て行く。
「・・・くーちゃん」
「はい?」
「・・・私たちだと、どれくらいもてるかなぁ?」
 小毬とクドは残りのアルバムを見て、そろって肩を落とす。
「残った半分の半分も持てない気がします」
「わたしもだよ〜」
 自分達の非力が少し恨めしくなった。
「あ、そういえば」
「どうしたの?」
「調べ物のお役に立つかわかりませんが、さっき佳奈多さんがもうすぐ転校生が来るって言ってました」
「かなちゃんが?」
 今も寮会の手伝いをしている佳奈多だから、転校生の為の寮の部屋を調整しているのだろう。
「それが、何故かリキや恭介さんには絶対言うな、と念を押されてまして。今まで言うのが遅れたのです」
「・・・それって」
 小毬は「ようしっ」と立ち上がると、
「寮長室行ってくるよ〜。あ、理樹君と恭介さんには内緒にね〜」
「ま、また内緒ですか!?」
「うん、内緒〜」
 小毬はそう言ってぱたぱたと部室を後にする。



「失礼します〜」
「あら、いらっしゃい、神北さん」
 寮長ことあーちゃん先輩。
「こんにちは〜、寮長さん」
 彼女にしっかりと挨拶して、寮長室を見回す。
「かなちゃん居ますか?」
「かなちゃんねー。もうすぐ戻ってくると思うけど」
「ただいま戻りました」
「あら、お帰りー。ほんとにもうすぐだったわね」
 そうとしか言えないタイミングで戻ってきた佳奈多に、小毬は駆け寄った。
「かなちゃんー」
「小毬さん、来てたのね。クドリャフカから伝言聞いた?」
「うん〜。転校生さんの名前、わかるかな?」
 佳奈多はそれには答えず、一度自分がよく使う机に向かうと、
「あーちゃん先輩、いいですか?」
「ん〜? 次期寮長が良いと思うんなら良いと思うわよ〜」
「・・・はぁ。そういうことだから、見せてあげるわ。これ、名簿」
「あ、ありがと〜」
 佳奈多から受け取った届出用紙に目を通す。
 写真つき。
「あ・・・!」
「探してるの、その子でしょ?」
「・・・うん!」
 嬉々として頷いて、それから佳奈多の手をとる。
「ありがと〜、かなちゃん〜!」
「い、いいわよ、別に・・・」
「あらまぁ、照れちゃって」
「照れてません」
 言って、佳奈多は小毬に廊下に出るように目配せする。
「ふぇ?」
「ちょっと、失礼します」
「あら、内緒話?」
「そうですね。聞かれたくないというより、聞かれても説明しづらい、といった方ですけど」
 佳奈多はそう言って、先に廊下に出て行く。
「あ、それじゃ、ちょっと私も」
「ええ。ふふ、かなちゃんに友達増えて嬉しいわ」
「はい、かなちゃんも私の大事なお友達です」
「小毬さん! 変なこと言ってないで早く来なさい!」
「ほわぁ!? ご、ごめんなさい〜」
 寮長の意味ありげな笑みに見送られ、小毬もまた廊下に飛び出した。
「来たわね。一応仕事立て込んでるのだから、あまり待たせないで」
「ご、ごめんなさいー」
「もう」
 微苦笑を滲ませ、佳奈多は小毬に一枚のメモを渡す。
「ふぇ?」
「無断で渡すものじゃないのだけどね。多分、あの子はあなたを知ってるから」
「・・・そうなのかな?」
 渡されたメモは、転校生の電話番号。
「・・・かなちゃん」
「何よ?」
「聞いて良いかな?」
「だから、何を?」
 小毬は佳奈多の目を正面から見て、
「・・・かなちゃん、何でちょっと辛そうなの?」
「・・・・・・」
 佳奈多はため息をついて、廊下の窓から外を見る。
「・・・罪滅ぼしなのよ。これ」
「ふぇ?」
「あなたと同じ。私もあの子の存在に気づいてた。多分、あなたより先にね」
 それから、自嘲気味に笑う。
「相変わらず酷い女よ、私は。気づいてて、私は意図的に、あの子を無視したの。面倒だからって理由で」
 小毬は黙ってそれを聞く。
「こっちに戻ってきても覚えてるってことは、それだけ罪に思ってるってことよね。全く、自覚すらなくやってたんだから自分に呆れるわ」
「違うよ、かなちゃん」
 唐突に小毬の言葉に遮られ、佳奈多は小毬を振り向く。
「理樹君が言ってたの。覚えてるってことが、会えるって言うこと証明なんだ、って」
 小毬は続ける。
「皆が覚えてて、探してたから、ここに繋がったんだよ。私はそう思うの。かなちゃんが覚えてたのは、きっとここに繋がるためだったんだ思う」
「・・・そういうものなのかしら」
「うん、きっとそうだよ〜」
 いつもの笑顔で小毬は笑う。
「全く。適わないわね」
 それに負けを認めるような気分で、佳奈多も苦笑いながら笑った。




 いよいよ、明日。
 あの人は、私を覚えていてくれてるんだろうか。
 と、唐突に持っていた携帯が鳴る。
「もしもし・・・?」




「・・・・・・何これ」
 その日、理樹の机の中から封書が出てきた。
「お、理樹何だそれ、ラブレターか?」
「いや、わかんない。というか、僕がそんなのもらえるはず無いじゃないか。謙吾や恭介じゃあるまいし」
「わふー・・・。そんなことは無いと思うのですがー・・・」
 近くに来ていたクドも言う。
 理樹はとりあえず封書を開いた。
「・・・昼休み、屋上で待つ。・・・・・・T」
「T?」
「T、ですか? 誰でしょう?」
 簡潔すぎる内容に、三者共に首をかしげる。
「・・・・・・T?」
 理樹は、胸騒ぎを感じながら、一先ずそれをポケットに収めた。



 昼休み。
 とりあえず、屋上へ向かう。
 その前にある立ち入り禁止のロープを乗り越えようとして、
(・・・ちょっと待った)
 ふと、嫌な予感がした。
 足元を見る。何か塗られているようだ。
「・・・な、何だ、これ」
 つま先でつついて見る。くっついた。
「・・・接着、剤?」
 くっついたのがつま先だけだったから、ちょっと力を込めれば剥がれた。
「・・・危ないなぁ」
 葉留佳さんの悪戯かな? と当たりをつけて、とりあえずそこを跨ぐ。
 そのまま、階段を上り、ドライバーを取り出した頃に。
「ほわぁ!?」
 非常に馴染み深い悲鳴と共に、何かがぶつかる音が聞こえた。
「・・・て、小毬さん!?」
「ああぅぅぅ・・・いたいぃぃい・・・」
 接着剤で上履きを取られて、階段におでこをぶつけたらしい。
「・・・あー・・・」
 どうにかしてから上ればよかった、と頭を抱える。
「・・・小毬さん、大丈夫?」
「うん、だいじょうぶ〜・・・。って、ほわ!? 理樹君!?」
「・・・え? うん、そうだけど・・・」
「・・・うあ〜ん・・・、み、見つかっちゃったぁ〜」
 よくわからないが、とりあえず。
 瞬間接着剤に取られてしまった小毬の上履きを見て。
「えーっと。とりあえず上履き、脱いでいきなよ。剥がす方法は後で恭介辺りに相談しよう?」
「う、うんー、そうする・・・」
 それから、上履きを履いていない小毬と一緒に屋上に出た。
「・・・誰も着てないな」
「・・・・・・」
 小毬は妙にそわそわしている。
「どうしたの?」
「な、なんでもないよ〜?」
「うん?」
「そ、それより、遅いね、理樹君呼んだ人〜」
「・・・何で小毬さん、僕が呼ばれたこと知ってるの?」
「ほわっ!?」
 慌てて口を押さえる小毬。半目で小毬を見る理樹。
「小毬さん、何か企んでる?」
「た、たくらんでるというか〜」
 その瞬間。
 唐突に、理樹の背中に、何かが押し当てられた。
 硬い、不自然な。
「・・・!?」
「動かないで」
「え・・・」
 背後に、誰か居る。
「神北さんの様子がおかしい理由は、こういうことよ。あなたの監視」
 が、その少女の声に、小毬がびっくりして声を上げる。
「ふぇ!? そ、そーだったの!?」
「・・・・・・そうだったの」
 後ろの少女の声が困っている。ただ、理樹にしてみればそれだけで妙に落ち着いた。
「あの、君は・・・? 僕に何の用?」
「私はあの手紙の主。用は、そうね」
 一呼吸置いて、彼女は言った。
「あなたは死ぬの、これから。可哀相に」
 理樹から見えるのは、目の前で口を押さえて余計なことをしゃべらないようにしている小毬だけだ。
 だから、理樹は小毬の目を見る。
 小毬の目に写っている、自分の後ろにいる少女の姿を。
 おぼろげに、この場面と重なる記憶がある。
 はっきりとは覚えていないけど、わかることはある。
「・・・・・・僕が死ぬって、どうして?」
 彼女はこの問いにどう出るのだろう。多分、彼女はあの時を再現しようとしている。
 でも、あの時とのズレは既に多大。小毬は居なかったし、それにきっかけがそもそも違う。
 あの時、ここにくる理由はもっと大それたものだったはずだ。
 だが、彼女はあっさりと答えた。
「そうね。私の名前を覚えていなかったから」
「・・・それはほんとに申し訳ないです」
 一言も無かった。
 目の前の小毬が笑い出しそうになっているのを、憮然として見る。
「死にたくなかったら、名前、当ててみて」
「・・・・・・」
 理樹は、頭に浮かんだ言葉をそのまま口にした。
「朱鷺戸、沙耶」
「・・・・・・っ」
 からん、と、何かが落ちる音。
 背中に当たっていたものが離れた。
 理樹は、振り向く。
 居た。
 あの世界に居た、最後の一人が。
「見つかったよ、理樹君」
 後ろで、小毬が言う。
 彼女は、涙を堪えながら、理樹を見つめて、
「りきくん・・・、思い出してくれた・・・理樹君!!」
「・・・わ!?」
 彼女が飛びついてきて。
 理樹は。
































 思わず、避けた。







































「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 屋上の床に突っ伏している少女。
 自分のとってしまった行動に、引きつった顔になってしまう理樹。
 目の前で何が起こったのか理解していない小毬。
 三者三様の沈黙が痛い。
 やがて、唐突に彼女ががばっと身を起こして、
「・・・・・・よ、避けたぁぁぁああああ!! 理樹君が避けたあああああああああああああああ!!」
「あ、いや、その、ごめん」
「し、信じられない、感動の再会で思わず抱きついてきた女の子を普通避ける!?」
「う、うん、普通じゃないとは思うよ。思うけど、何だろ・・・、初代の教え?」
「何の初代よおおおおおおおおおお!!」
 噛み付かんばかりの勢いで理樹に食って掛かる少女に、理樹も謝ることしかできない。
「あ、あやちゃん、落ち着いて・・・。理樹君、さすがに今の酷いよ・・・?」
「いや、ほんとにごめんなさい・・・」
「ううううう・・・。感動の再会で床にヘッドスライディングって私くらいよ、絶対・・・」
 床にのの字書き出した彼女に、理樹は汗一筋。
 とりあえず、前例に一人くらいは居ると思うよー、と心の中で。
「・・・え、でも・・・、あや?」
「あー・・・」
 朱鷺戸沙耶。そう思っていた彼女を、小毬はそう呼んだ。
 彼女は腕を組んで、どう説明したものかと悩んでいる。
「私の本名。朱鷺戸あやって言うの。沙耶は・・・、そうね、漫画のキャラの名前」
「漫画?」
 理樹の疑問符にあやは、はっとした顔になって小毬に耳打ちする。
「・・・理樹君、あんまり覚えてないんだっけ?」
「うん〜・・・。理樹君だけじゃなくって、私や他の皆も、覚えてないことのほうが多いかな」
「・・・そっか・・・。まぁ、私も全部が全部覚えてるわけじゃないけど」
「えーっと・・・?」
 置いてけぼりになっている理樹が、頬を掻きながら呟く。
「まぁ、ほら、とりあえず、今後は朱鷺戸あやとして、よろしく、と」
「うん・・・よろしく・・・、じゃないな」
 不思議そうにするあやに、理樹は微笑んで、
「うん、お帰り。あや」
「っ! ・・・り、理樹くん!!」










 すか、ずべし







「・・・あの、ほんと、ごめん」
「・・・だから何で避けるのよー!!」
「理樹君、二回ってほんとに酷いよ〜?」
「な、なんか体が勝手に動くんだよ〜・・・」




 そうして。
 リトルバスターズに、もう一人新たなメンバーが加わることになったのだった。























おまけ

inserted by FC2 system