「あ、りきく〜ん」
「ご、ごめん、小毬さん、遅れちゃった」
「ううん、私も今来たとこだよ」
「そ、そう・・・?」
学校の校門の前で、待ち合わせしていた二人。
いろいろ定番のやり取りを交わして。
「それじゃあ早速、れっつご〜ですよ〜」
「ん、りょーかい」
ニコニコ笑顔で先に歩いていく小毬に少し遅れる形で、理樹もそれに続く。
「あ」
と、唐突に小毬は立ち止まって。
「何? 忘れ物?」
「えーっと、そういうのとは違うんだけど・・・」
小毬はちょっと赤い顔で理樹を見上げると、
「う、腕、組んでもいいかなぁ?」
「・・・え、えーっと」
赤くなってた理由がわかって、理樹も頬を染めてそっぽを向く。
「・・・うん、いいよ」
「やった♪」
とたんに、右腕に絡みつく感触。
「えへへっ」
「・・・もう」
共に赤い顔で、片や幸せそうに、片や困ったように、笑う二人。
誰がどう見ても、立派なバカップル。
「楽しみだね〜」
「ん、スケート?」
「うん!」
「僕も何年ぶりかなぁ」
きっかけは、食堂のテレビでやってたアイススケートの競技試合。
それを見ていた小毬が、つぶやいた一言。
「凄いね〜・・・」
キラキラした目で見入っている小毬を盗み見て、それから理樹もまたテレビに視線を移す。
「どのくらい練習したのかな〜」
「やっぱり、いっぱいしたんだよ」
「いっぱいかぁ。凄いねぇ・・・。かっこいいなぁ」
そんな小毬の感想に、理樹も頷く。
かっこいい、という感想にちょっとだけ焼き餅を焼いたけれども。
「でも、意外と滑るだけなら何とかなるんだよね」
「ふぇ? そーなの?」
「うん・・・。って、あれ? 小毬さん、やったことない?」
「うん、ないよ」
理樹はその言葉に、少しだけ考え込むと、
「じゃあ、今度の日曜日、滑りに行こうか?」
「・・・ふぇ?」
「えーっと、何というか。デートのお誘い・・・、という奴、です」
言ってしまった後に照れくさくなって、何故か敬語になってしまう理樹。
「ふわ、で、でーと!?」
「こ、声が大きいよ」
「わわわ、ごめん〜」
二人そろって、今度は何故か小声になって。
「え、えっと、今度の日曜日?」
「う、うん・・・。だめ、かな?」
「そ、そんなことないよっ。絶対行くっ」
拳を固めてきっぱりと言う小毬。理樹も頷いた。
「それじゃ、場所は僕が調べとくよ。あと、慣れないうちは転ぶスポーツだから、スカートは辞めておいてね」
「うん、わかったよ〜」
小毬は本当に嬉しそうな笑顔で頷いた。
「えへへ、今からすっごい楽しみ〜」
そうして、今現在、スケート場に行くためのバスに揺られている。
「あ、そうだ。今日はね〜、お弁当も、用意してきました〜!」
「そうなの? 楽しみだな」
「ちょっとご期待に沿えるかは自信ないけど〜」
バスの中でそんな会話を交わして、一人身らしい人たちからやっかみ混じりの視線を貰いつつ。
ふと小毬が、
「そーいえば、理樹君ってスケートどれくらいぶりなの?」
そんなことを聞いてきた。
「ん? んーと・・・。前は恭介達と一緒に行ったときだから・・・。中学のころかなぁ」
「結構前だねぇ」
「そうだね・・・。実を言うと」
「ふぇ?」
理樹は苦笑いを浮かべながら、
「滑り方忘れてるかもしれなくて不安だったり」
「ほわ」
びっくりして口元を抑える小毬。
が、すぐにいつものほんわか笑顔に戻って、
「じゃあ、二人で一杯転んじゃお〜」
「そうだね。とりあえず、小毬さんの半分以内の回数に済ませたいけど」
「むう、それって私が一杯転ぶみたい」
ぷくぅ、と膨れてみせる小毬に、理樹は悪戯っぽい笑顔で答える。
「普段が普段だしねー」
「ぁぅ、反論できない・・・」
がっくりと肩を落とす彼女を笑いながら見つめて、
車内放送を聞いて理樹はバスの外に視線をやった。
「あ、次だね」
「ほんと? じゃあ、降りる準備しないと」
「バッグ貸して。僕が持つよ」
「ふぇ? んー・・・。それじゃ、お願いしますっ」
「ふわ、結構寒いっ」
「大丈夫、滑ってれば暖かくなるよ」
借りてきた靴を小毬に渡しながら、理樹は笑う。
「うん〜・・・。ほんとに氷なんだねぇ。転んだら濡れちゃうかな?」
リンクを見ながら、小毬はちょっと不安そうに言う。
「着替え持ってきたし、大丈夫だよ。更衣室もあそこにあるし」
「ちょっと大荷物になっちゃったけどねぇ」
実際、通学かばんよりちょっと多いくらいの荷物がある。
理樹は置いてある二つのかばんを持ち上げると、小毬を振り返って、
「とりあえず、荷物はロッカーに預けちゃおう。あと、靴は」
「ほわ!? 理樹君これ歩けないよ!?」
「・・・もう履き替えちゃってたよ」
いつの間にかスケート靴に履き替えてしまい、ふらふらと危なっかしく立っている小毬がいた。
そんな彼女を見て、理樹は苦笑いする。
「荷物は僕が預けてくるから、そこで座って待ってて」
「ご、ごめんね〜」
申し訳なさそうにしている小毬に、理樹は首を横に振って、
「いいよ。これくらいで根を上げてたら小毬さんと付き合えないって」
「それどういう意味〜?」
「さぁ?」
上目遣いで睨んでくる小毬に、理樹は意地の悪い笑顔で答える。
「もう、理樹君!?」
「んじゃ、預けてくるねっ」
ぷんすかと可愛らしく怒っている小毬に素早く背を向け、理樹はコインロッカーへ。
「あ、逃げた〜! もう、理樹君いぢわるだ・・・」
残された小毬はちょっと拗ねた顔で理樹を見送ってから、とりあえずスケートリンクをもう一度見る。
「あ、手すりもちゃんとあるんだ・・・」
が、その手すりを握っている人でも尻餅をついたりしている人がいる。
かと思えば、中央あたりで颯爽と滑っている人もいて。
ほんとにいろんな人たちがいるのがわかる。
自分は、と考えて・・・、容易に滑って尻餅をついている自分が浮かんだ。
「・・・ようしっ」
前向きマジックひとつ。
「お待たせ。いきなりどうしたの?」
「あ、理樹君おかえり〜。んとね、一杯転んじゃうだろうから、今からおまじない」
「あー、なるほど」
理樹はついつい笑ってしまう。むう、という顔で小毬が見上げてくるが、ふと何かに気づいたように理樹の足元を見た。
「あれ? 理樹君いつのまに靴履き替えちゃったの?」
見れば、理樹もいつの間にかスケート靴に履き替えている。
「うん、ロッカーのとこでね。靴も一緒に預けちゃいたかったし」
「あ、そっか〜」
そして、コインロッカーのある場所とここまでの場所を小毬は視線で追ってみる。
結構距離がある。
で、ロッカーの前で履き替えたということは。
「・・・理樹君、それで歩けるの!?」
「慣れかなぁ。でも実はさっき、一回倒れそうになったんだけど」
苦笑いしながら、ちょっとだけした失敗を口にする理樹。
「でも、今は普通に立ってるよ?」
「コツ思い出したからねー」
「うーん・・・、私大丈夫かな?」
不安そうにする小毬に、理樹は手を差し伸べて、
「すぐ小毬さんも慣れるよ。ほら、手貸してあげるから、行こう?」
「うんっ」
危なっかしく歩く小毬を支えてあげながら、理樹は一足先に氷上へ足を進めて、
「わっ!?」
「ほわ!?」
小毬のエスコートに気をとられて、氷で滑った理樹はいきなり尻餅をついた。
当然、小毬も巻き添えで、理樹と一緒に倒れこむ。
尻餅をついた理樹の肩に、後ろから抱きつくような形で。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
二人して座り込んで、理樹の肩越しに顔を見合わせて、
「あはは・・・」
「えへへ・・・」
「よしっ、がんばろっか」
「うんっ」
「わっ、わっ」
「ほら、小毬さん、もっと真っ直ぐ立たないと」
「で、でもー、ほわ!?」
「あぶなっ」
さすがに経験者だった理樹は2、3度転びはしたものの、今は手すりから手を離しても普通にしていられる。
が、小毬はそうは行かないらしく。
未だにへっぴり腰で手すりから手を放せないまま。
転びかけたところを理樹が手を貸して、そんな繰り返し。
「ご、ごめんね〜」
「大丈夫だよ。立つことはできるのにね」
「滑るのは難しいねぇ」
真っ直ぐ立つだけならとりあえず平気、という小毬をもう一度手すりに寄りかからせて、理樹も隣で手すりに身を預ける。
「でも、私だけ転んでばっかりじゃなくてよかったかも」
「割と普通だよね、こうやって苦戦してる人も」
「うん〜。ちょっと安心」
自分だけができない、というのは小毬でもやはりプレッシャーになるらしい。
と、理樹の目に他のカップルらしい人が映る。
滑れないらしい男の人を、女の人が手を引っ張って滑らせている。
絵的にはちょっと情けない感じもするが、そういうのも微笑ましい。
「・・・あ、なるほど」
「ふぇ?」
「ん、あれ見て」
小毬に、先ほどまで見ていたカップルを示す。
「ふわぁ」
感嘆の声。それから、小毬はちらりと理樹を見て。
どうやら、思いついたことは一緒らしい。理樹はくすりと笑う。それから、ちょっとだけ意地悪く、
「あんなふうにしてみる?」
「ふえええ!?」
図星を指されて、小毬はびっくりした顔で理樹を見た。
彼は早速とばかりに手すりから体を離すと、彼女に手を差し伸べる。
「ね、転ぶときは一緒だよ」
「・・・う、うん・・・。うんっ」
途惑いつつ、でも嬉しそうに小毬はその手を握る。理樹も握り返す。そして、
「それっ」
結構勢いよく、滑り出した。
「ほわっ、り、りきくんもーちょっとゆっくり!」
「十分ゆっくりだよー」
「そ、そーなの!? ひあ!?」
「わたっ!?」
早速二人で氷上で滑って転び、また顔を見合わせる。
「もー、ゆっくりって言ったのに〜」
「あはは。ほら、もう一回いこ? 今度はちゃんとゆっくり行くから」
「うん! でもやっぱりちょっと早かったんだ」
「ごめんごめん」
不思議と転ぶのも楽しかった。多分二人一緒だからだ。
「わっわっ、ねぇ理樹君! 私今ちゃんと滑れてる!?」
「うん、行けてる! やったね、小毬さん!」
「うん、やったー! ・・・ひゃあ!?」
「わぁ!?」
「一杯転んだから結構濡れちゃったな」
「うん〜」
張り付いた服がちょっと気持ち悪いが、それも何だか楽しく感じる。
リンクの外の休憩席に二人で座り、ロッカーから出してきたお弁当をつつく。
「ん、これ美味しい」
「ほんと? よかった〜」
つい定番の「いいお嫁さんに」というセリフを言いそうになって、理樹は飲み込むためにお茶を一息。
言ってしまったらいろいろ恥ずかしいことになりそうだ。
「楽しいね〜」
唐突に小毬が言う。
何が、とは聞かない。聞かなくても判る。
「うん」
だから、理樹も頷く。
「あ、理樹君、はい、卵焼きもどーぞー」
「うん、ありがと」
小毬の差し出してきた卵焼きを、お皿で受け取ろうとして、
「・・・あれ、あの、小毬、さん?」
「のんのん。理樹君、はい、あーん♪」
「えー・・・と」
とっさに逃げ道を探そうと周りを見回してしまう理樹。
当然、そんなものは無い。
「食べてくれないの?」
「いやそんな悲しそうに・・・。もう・・・」
涙目の小毬も可愛いと理樹は思うが、だからといってそれとこれとは話が別。
そもそも、この子がこういう行動に出たときはまず引っ込まない。
・・・だからといって、素直にやるには人の目がありすぎたが。
「・・・あ、あーん」
「うん、あ〜ん♪」
とりあえず、いろいろ覚悟を決めて。
「美味しい?」
「・・・恥ずかしくて味がわかんない」
「ふぇ?」
赤い顔の理樹が小声で答えたのは、小毬の耳には届かなかったらしい。
やられっぱなしはあれなので、理樹はウィンナーをつまむと、
「小毬さんこそ、もっとちゃんと食べないと。ほら、あーん」
「あ〜ん」
「・・・・・・あれ?」
「うん、おいひいよ〜」
あっさり食べられてしまった。こういうことでは何故か全く適わない気がする。
理樹は幸せそうにもぐもぐとやっている小毬を見て、それからちょっとだけ不貞腐れたようにそっぽを向いて。
「何で僕だけ一方的に恥ずかしがってるんだ?」
「ふぇ? どーしたの?」
「別に〜。さっきのあーん、も人に見られてたのに、よく恥ずかしくないな〜って思っただけ」
唐突に、小毬の動きが固まった。
妙にゆっくりと、周囲を見回して、それから顔がどんどん紅潮していく。
「う、うああああん、す、すっごい恥ずかしい〜!」
「って、今更!?」
「も、もうお嫁に行けない・・・」
「いや、多分それは無いと思うけど。・・・僕が貰うから」
何気に理樹も爆弾発言をしている。小毬は理樹を見上げて、
「・・・りきくん、今何だかすっごい恥ずかしいこと言った?」
「・・・・・・・・・・・・キノセイダヨ」
「そっかなぁ?」
「そういうことにしといて・・・、って何でくっついてくるの?」
「嬉しいから〜♪」
「き、聞こえてるんじゃないか、もう・・・」
「えへへっ」
そこで理樹も離れようとしないあたり、立派にバカップルだ。
それでも照れ隠しにお茶をまた一気飲み。それから、リンクに目をやる。
「小毬さん、疲れてない?」
「平気〜。ちゃんと滑れるようになりたいし」
「うん。僕ももうちょっと上手くなりたいかな」
昼食を済ませて、片付けもちゃんとして、二人はまた、手をつないでリンクに戻る。
「ようしっ、がんばろー!」
「おー!」
3時を回るころには、小毬も危なっかしくはあるけれど、手すりから離れて滑れるようになって。
「どいたどいたー!」
「「わぁっ!?」」
離れたら離れたで、颯爽と滑っていく人たちに何度も横を駆け抜けられては驚いて。
「す、すごいねぇ」
「ほんとだよ・・・」
でも、小毬は満面の笑顔で、
「でも、私は理樹君とのんびり滑ってるほうが好き〜」
理樹としては、そういうことを真っ直ぐに言うから困る。
高潮した顔をごまかすように、理樹は小毬に手を差し出した。
「・・・ん。んじゃ、僕らは僕らで行こうか」
「うんっ」
当たり前のように手を繋いで滑る。
「りきくん〜」
「何〜?」
「フィギュアスケートの、ペアの人たちも、最初はこんな風だったのかなぁ?」
「こんな風って?」
「あのね、初めて滑ったときから、ずっと手をつないで頑張ってたのかな、ってー」
「どーなんだろー?」
もちろん、スケートを始めてから選手として活動するまでずっと一緒だったわけが無い。
けど、でも。なんというか。
理樹は小毬と繋いでいる手を見て、それから小毬に微笑む。
「でもそうだったら、何かいいね」
「うん!」
同じ道をずっと歩いていける二人。そういうのには、何だか憧れる。
小毬も何か思うことがあったのか、繋いだ手をぎゅっと握り締めて、
「ずっと」
「ん?」
「ずーっと、こんな風に手を繋いでいたいなぁ」
「・・・うん、僕も」
「えへへ、恥ずかしいね」
「ほんとだよ」
「でも両思いだ〜」
「うん」
それが、凄く、嬉しかった。
濡れてしまった服を着替えてから待ち合わせ。
「お待たせ〜」
「うん、お帰り」
「えーっと、ただいま、でいいのかなぁ?」
「いいんじゃないかな?」
「じゃあ、ただいま〜」
そんなやり取りを交わして、二人はスケート場を後にする。
もう夕暮れだ。門限には間に合いそうだが。
「楽しかったね」
「そうだね」
小毬は幸せそうに微笑んで、それから、
「えいっ」
「おっと・・・。帰りは聞かないんだ?」
「うん、聞かない〜」
「・・・もう」
不意打ちで腕を組まれて、理樹は微笑。
「・・・ねぇ、小毬さん」
「なぁに?」
「うん、あのね」
ふと、思ったこと。
小毬のラーニング能力というか。見たもの、教えられたものの飲み込みは本当にいい彼女だけど、今日は珍しくてこずったと言うか。
「僕より上手い人一杯いたけど、どうしてその人たちを参考にしなかったのかな、と思って」
「・・・・・・」
とたんに、小毬は真っ赤になった。
「ど、どうしたの?」
「あ、あのね、その・・・。か、考えないわけじゃなかったんだけど、あのね」
「?」
「り、りきくんとずっと手をつないでたから、その、それだけでうれしくていっぱいになっちゃって」
「・・・」
「おぼえるならりきくんのみておぼえたかったというか、りきくんしかみえてなかったというか・・・」
相当恥ずかしいのか、小声で俯いてしまっている。
そして、それから、
「・・・・・・え、えへへっ」
真っ赤な顔で上目使いで、はにかみ笑顔。
「ああもう!」
「ふぇ!?」
思わず抱きしめてしまった。
「わ、わ、り、りきくん!?」
「うわ、えっと、ご、ごめんつい!」
「あ、その、嫌じゃないよ!? ぜんっぜん嫌じゃないよ!?」
「う、うん、わかってる、ちゃんとわかってるから!」
わたわたしながら離れる二人。
「・・・ね、理樹君」
「ふぅー・・・、ん、何?」
深呼吸して如何わしい気持ちを追い出していた理樹に、小毬は微笑んで、
「また、行こうね〜」
「・・・当然だよ」
「うんっ」
そうして今日も、ひとつになった影が、夕焼けの中で幸せそうに歩いていく。
おまけ