ある日。
 女子寮に関する要望に目を通していた佳奈多は、ある記録で目を留めた。
「・・・何これ?」
 その要望書は何名かの連名になっていた。
 何かを設置してくれ、的な要望とはかけ離れた、その内容。
「これは、調査したほうがいいかしら」
 佳奈多は赤ペンで『緊急』と書き込み、『要・調査』の印を押す。
 その内容は。
『最近深夜に奇妙な音が聞こえます。気味が悪くて眠れません。どうにかしてください』
 というものだった。



「深夜? 寝てるに決まってるじゃない」
 翌日。同じクラスに転入してきたあやと、妹の葉留佳と共に学食へ向かう道すがら。
「私も夜は寝てるなぁ・・・。というかおねーちゃん、深夜の女子寮の一人歩き、結構怖いんだよ?」
 佳奈多は個人的にそういう悪戯をしでかしそうな二人に当たってみる。
「そう、よね」
 が、予想は外れた。外れてくれた、と言うべきか。
「何? 何かあったの?」
 あやに聞かれ、佳奈多は躊躇いがちに頷いて、
「物音がするらしいわ。深夜、変な音がするって」
「え、えええ、そ、それって、お、おばけ・・・?」
 葉留佳が顔を引きつらせる。
 対するあやはというと。
「また季節はずれねー。今何月だと思ってるのよ」
「11月。確かに、肝試しをやる季節じゃないわね」
 佳奈多も同意し、続ける。
「一応、事情は聞きに行ったのよ。で、調べてみると、聞いた人は要望書出した人以外にも、結構いるのよね」
「うわー、おねえちゃん、それおばけ確定じゃない?」
「非科学的なこと言わないの。そんなのあるわけないじゃない」
「・・・向こう側経験しておいてそれ言える佳奈多って凄いわ」
「・・・・・・・・・」
 あやのコメントに佳奈多、頬を引きつらせ、沈黙。
 どうやら思慮の外だったらしい。それに気づいて、あやと葉留佳は苦笑い。
「というか、あやちゃんはおばけ平気なの?」
「え? 別にどうとも思わないわよ? というか、私も親戚のようなもんだったし」
「えええ!? それほんとに!?」
 驚いて二、三歩後ずさる葉留佳。
「向こう側に紛れ込んじゃったときは生霊みたいなものだったしねー」
 あっけらかんと言って、あやはふと悪戯を思いついた顔になって、葉留佳に近寄ると、
「実はここにいるのだって、ゾンビだったりしてー・・・」
「・・・へ?」
「うんがーーーーーーーーーー!!!」
「わあぁ!?」
 突然のあやの奇声に悲鳴を上げて尻餅を付いてしまう葉留佳である。
 佳奈多はこめかみを押さえてため息をつきつつ、あやを諌める。
「あや。あまり葉留佳苛めないで」
「あはは、ごめんごめん」
「うう、あやちゃん心臓に悪いですヨ・・・」
 とりあえず葉留佳を助け起こしてから、あやは笑顔で言う。
「だったら、私が調べようか?」
「え?」
「ほら、私別に幽霊なんかどうとも思わないし。それ以上に生死をかけた場所も経験してしね」
 あやは本当に何でもないとばかりに言う。
「う、はるちんは遠慮しますよ・・・」
 対する葉留佳はちょっと及び腰。あやは苦笑しながらそれを宥める。
「もー、葉留佳ったら怖がりすぎ。お化けなんているわけないじゃない」
「貴女さっき自分で親戚だったって言わなかった?」
 間髪入れない佳奈多の突っ込み。が、あやはあっけらかんと。
「そこはほら。嘘も方便」
「嘘つかれた本人の前で言うことじゃない気がするの私だけ!?」
「大丈夫、私もだから」
 佳奈多はため息をつきながら、
「それじゃ、あや。お願いしていい?」
「おっけ。じゃあ、打ち合わせに寮長室、後で行くわね」
「ええ」



 時移り、その日の放課後である。
「別に放課後すぐじゃなくてもいいのだけど?」
「こういうことを調べるのは早いほうがいいでしょ?」
「それはそうだけど」
 ホームルームが終わってすぐなので、二人一緒に寮長室へ向かう、その途中。
「それに、公認でスパイ活動できるんだしね。ふふ、腕が鳴るわ・・・」
「それが本音というわけね」
 こめかみに指を当てて、ため息。
 到着した寮長室のカギを開けて、佳奈多は自分の使う机に向かう。
「あや、こっち来て」
「ん?」
 滅多に来ない寮長室を物珍しげに眺めているあやに、佳奈多は手招き。
「これ」
 あやは佳奈多の示した紙を受け取ると、目を通す。
「へぇ、これ佳奈多の字? 上手いわね」
「そこは関係ないでしょう?」
 全く予想外の所を褒められて、つい赤くなってしまう。
 それを誤魔化す様に、ちょっときつめに。
「それ、証言を纏めたものよ」
「ふむふむ。結構音を聞いた場所ってばらばらね」
「音源が移動しているのか、複数あるのかは微妙なところね」
 佳奈多の言葉に、あやは考え込むと、
「音は毎晩、って訳じゃないのね。でも、時間帯が時間帯だから、証言がちょっと少ないかな。やっぱ自分で調査していかないとダメか」
 言葉とは裏腹に、あやは不敵な笑みを浮かべている。
 対する佳奈多は額に手を当てて。
「一応、これ公務だからね。確かに、あやは寮会とはあまり関係ないけど」
「判ってるわよ。というか、むしろ公務だから燃えるんじゃない。くぅっ、ますますスパイっぽくなってきた〜」
 無駄に盛り上がっているあやを見て、佳奈多は頭を抱える。
「・・・私、この子頼って本当によかったのかしら」
 後悔先に立たず。
「んー、とりあえずさ、私たちの身内で聞いた事のある人いないかどうか、探してみない?」
「身内って、リトルバスターズ?」
「そ」
 あやの提案を少し吟味してみて、確かに一理あると頷いてみる。
 だが、とりあえずこれだけは言っておかなければならない。
「あや。私、リトルバスターズに加わった覚えは無いのだけど」
「・・・・・・へ? 嘘? やーね、佳奈多ったら冗談ばっかり」
「いえ冗談では無いのだけど」
「え、マジ?」
 信じられない、という目で見てくるあやに、佳奈多は何となく汗一筋。
「・・・ひょっとして、私、もう手遅れ状態なのかしら?」
「手遅れという言葉すら生ぬるいくらい浸かり切ってると思うわ」
「・・・・・・」
 元風紀委員長にして次期寮長。問題行動を取り締まる立場なのに何故か問題児集団の一員扱い。
 その事実に佳奈多は頭を抱える。
「いいのかしら、私」
「いーんじゃない? 楽しいんならさ」
 あっさりと言うあやの言葉を、佳奈多は否定する言葉がない。
 実際、彼らの遊びに混ざるようになってから、随分といろんなものが楽になった感じもするし。
「それじゃ、早速調査に行くわよ、佳奈多」
「・・・ちょっと待って。何で私も?」
「寮長の口ぞえが合った方が聞きやすいでしょ?」
 あやの理論に、佳奈多は仕方ない、とばかりに一息。
「仲間内で私の口ぞえなんて必要ないと思うけど?」
「そこはそれ。スパイ活動にだってバックアップは必要だし?」
「だから、これは公務なのだけど・・・」






 証言者case1:小毬・鈴・クド

「深夜の物音、ですか・・・?」
 気味が悪そうに、おびえた顔で聞き返すクド。
 鈴も少し気後れした顔になった。
「私は聞いたこと無いのです」
「あたしも無いぞ・・・。というか、夜中は部屋から出ない」
「私も出ないのです」
 鈴とクドの口々に言う言葉を佳奈多はメモを取りつつ、
「まぁ、クドリャフカのアリバイは成立してるから心配しないで。ルームメイトなのだし」
「わふー・・・、よかったのですー」
「くーちゃんさ、アリバイって言われてる時点で疑われてるってことなんだけど気づいてる?」
 安心して微笑んだクドが、あやの一言に表情を一転。
「がーん、そうだったのですか!?」
「言葉のあやよ」
「私と調査してるだけに?」
「誰が上手いこと言えと言ったのよ」
 あやと佳奈多のやり取りを見ていた、その場の最後の一人、小毬は首をかしげて、
「うーん・・・。私も聞いたことないかな」
「そう。小毬は深夜に出たりしないの?」
「ふぇ? う、うーん・・・。一回だけあるくらいかなぁ」
 口元に人差し指を当てつつ考える小毬。
「やっぱり、深夜の廊下ってちょっと怖いしね・・・」
「なにー? やっぱお化けが怖い?」
 あやの言葉に、小毬とクドは素直に頷くが、鈴は、
「そ、そんなことないぞ。お化けなんか平気だ」
「ふーん・・・」
「大体、あやは平気なのか? お前こそ怖いんじゃないのか?」
 意地っ張りの鈴の決死の反撃。だが、あやにとってはむしろ待ちかねた攻撃に過ぎない。
「ん? お化けなら私の親戚みたいなものよ?」
「・・・な、なにぃ!?」
「というか、ここにいるのだって、実は吸血鬼だったりしてね・・・」
 低い声で言いながら鈴に接近して、犬歯をむき出しにしつつ、
「キシャーーーー!!」
「っ!?」
 髪の毛逆立てて小毬の後ろに逃げ込む鈴である。
「わふー!? あやさんはどらきゅらさんだったのですかー!?」
「ほわぁぁぁ、り、鈴ちゃん伸びる、セーター伸びちゃうー!?」
「ふかー!!」
 クドと小毬もわたわたと、鈴は小毬の陰から威嚇。
「ほんと、脅かし甲斐あるわねー。佳奈多もそう思わない?」
「悪趣味ね。ほんと、悪趣味」
「うわあっさり酷評」
 佳奈多はとりあえず3人の証言をささっと纏めてしまう。
「佳奈多さんとあやさんは、その物音を調べているのですか?」
 クドが首を傾げつつ問いかけてきて、佳奈多はため息混じりに頷いた。
「まぁね。寮長の仕事だし」
「正確には次期、が付くんじゃなかったっけ?」
「もう似たようなものよ」
 あやに対して答えて、とりあえず、証言をまとめた物を読み上げる。
「えーっと、年少組はそろって幽霊が怖いため、深夜に部屋の外には出ないので聞いたことがない。いいかしら、これで?」
「年少組ってなんですか!?」
「同い年だろ!」
「がーん・・・、年下扱い・・・」
 そろって抗議の声を上げるが、
「上手いまとめ方するわね」
 あや、あっさりとスルー。佳奈多も聞かない振りをしつつ、
「カテゴリ作るのは得意よ。そういう仕事してきたから」
「年少組ってところ否定しろー!」
 鈴が更に抗議の声を上げてくる。
 仕方ない、とばかりに佳奈多はため息をつくと、証言メモの「年少組」の所に打ち消し線を引き、
「小動物組」
「あたしら人間だあああ!!」
「いいじゃない。可愛いんだし」
「かわいいことあるかー!」
 ムキになってギャーギャー言い出す鈴を、澄ました顔でかわす佳奈多。
 彼女も何気に、この三人をひっくるめてからかって楽しんでいるようだ。
「意外といい性格してるわよね、佳奈多も」




 証言者case2:唯湖・佐々美・みゆき

「な、なにやってんの・・・?」
 こちらはこちらで、また珍しいトリオができていた。
 あやは目を丸くして、食堂に集まっていた三人の顔を改めて見る。
「ふむ。珍しい集まりだと思っているな?」
「いやずばり正解」
「そうかもしれませんわねー」
 佐々美は笑いながら、手元を示す。佳奈多とあやはそれを覗き込んで、
「お茶・・・かしら?」
「うむ。茶道という奴だ」
 頷く唯湖。
 しかし、学食のテーブルに向き合って茶道というのは、さすがに違和感がある。
「そりゃ、私、日本古来の文化っていうのはあまり詳しくないけど、茶道って和室で正座してやるものじゃないの?」
「立礼という形式のものなんです。テーブルを用いたものもあるんですよ」
 あやの疑問も無理は無い、とみゆきは微笑んで答える。
 それから、自分の持っている器を軽く持ち上げ、
「ご一緒に如何です?」
「ごめん、私抹茶ダメなの・・・。苦味がどーも・・・」
 外国育ちのあやは申し訳なさそうに謝る。みゆきは苦笑して首を横に振る。
「いえ、そういう方は案外多いですから気にしないでください。佳奈多さんは如何です?」
「でも、礼とかは全く知らないのだけど・・・」
 躊躇う佳奈多だが、佐々美が安心させるように笑いかけて、
「大丈夫ですわよ。わたくしも来ヶ谷さんも、ほとんど知らないも同然ですし」
 その言葉に、あやが目を丸くする。
「それでやれるもんなの?」
「もともと、もてなす為の礼儀を定めるためのものですしね。そういうことの方が多いですよ」
「それにまぁ、少し興味を惹かれてな。できれば着物を着たみゆき君に持て成してほしかったが、これはこれで良い物だよ」
 唯湖の言葉には微妙に邪心を感じたのは気のせいか。
 そんな彼女の言葉に困ったように笑いつつ、みゆきは茶を点てる。
 それから、丁寧に佳奈多へと差し出した。
「どうぞ、佳奈多さん」
「あ、どうも、お構いなく・・・」
 何か違うと首を傾げつつ、佳奈多はお茶を受け取り、
「・・・ちょっと苦いけど、美味しい」
「よかったです」
 なんとなくまったりムード。
「ふむ、そういえば、何か聞きたいことがある風だったが」
「あ、まっず、お茶に流されかけてた」
「というか、私の方は完全に呑まれてたわ」
 我に返るあやと佳奈多。
 あわてて調査記録を手にとって、
「女子寮で深夜に妙な物音が聞こえるという報告が上がっているのだけど、3人は心当たり無いかしら?」
「特に唯湖とか、たまに深夜に徘徊して『クドリャフカ君の寝顔はぁはぁ』とかやってそうだし」
 あやの茶々交じりの言葉に、唯湖は憮然とした顔になる。
「失礼だな、アヤヤラー。第一そんなことをしてしまっては収まりつかなくなるだろう」
 何故か不安になる否定である。
 素直に「そんなことはしない」とどうして言えないものか、とあやはため息。
 対して佳奈多は咳払いし、みゆきと佐々美にも視線を投げた。
「そうですね・・・。特に深夜に出歩く用事も無いですから・・・」
「わたくしもですわね」
 みゆきも佐々美も首を振る。それから、佐々美がふと気になったとばかりに口を開いた。
「そもそも、聞いた方々はどういう理由で外に出られてたのです?」
「基本的に友人の部屋で話し込みすぎて時間が、といったのが大半ね」
 すらすらと答える佳奈多。大体は暗記しているらしい。
「私達の場合は話し込めば開き直って、ほぼそのまま泊り込むからな・・・。聞き覚えが無いのも無理は無い」
 唯湖の言葉には、全員が同意する。
「あと聞いてないのは美魚か」
「美魚君なら今日は本の虫干しをすると言っていたから、部屋にいると思うぞ」
 面白そうに言う唯湖。対して、佐々美は引きつった顔。みゆきは何故か動じていない。
 知らないのか、許容範囲なのかは聞いたら負けだろう。
「美魚の本っていうと・・・、あれ、よねぇ」
 同じく若干引きつった顔になるあや。佳奈多はため息。
「仕方ないわ。魔境になっている可能性は否めないけど、行きましょう」
 証言メモにとりあえず書き残してから、
「ご協力、感謝するわ」
「気にすることは無い」
「頑張ってくださいね」
「幸運を祈りますわ」
 それぞれの見送りの言葉を貰って、その場から二人は歩き出して。
「ねー、佳奈多」
「何よ?」
「あの三人には何か付けたの?」
 あやの質問に、佳奈多は無言でメモを見せる。
「・・・あー、なるほど」
 納得するあや。
 佳奈多のメモには「三色お嬢」という単語が記されていた。



 証言者case3:美魚+1

「お、おねーちゃんにあやちゃん」
 意外な先客がいた。
「葉留佳。あなたも来てたの?」
「おかげで本の整理が一向に進みません。持って帰っていただけると助かります」
 文字通り、お邪魔されている美魚の苦情。
 が、葉留佳は一切気にしないように、
「いやー、みおちん所の本はけっこー面白いのがあってさー。これ、超能力持った四人兄弟の話なんだけどね」
「長兄×次兄が王道ですが、個人的に次兄×三弟がお勧めです」
「いやそこは別にいいんだけどサ」
 そんな葉留佳に、佳奈多はゆっくりと近寄って、
「葉留佳」
「ん、何、おねーちゃん?」
「ありがとう、あなたのおかげで魔境に踏み込まずに済んだわ」
「は?」
 状況がわからないとばかりに目をぱちくりさせる葉留佳と、うんうんと佳奈多の後ろでしきりに頷いているあや。
 美魚はというと、
「残念です。同士を二人追加するチャンスだったのですが」
 いろんな意味で果てしなく物騒なことを呟いていた。
「それで、何か御用ですか?」
「うん、ちょっと調査に協力を、と思って」
 あやの言葉に、美魚は手を止める。
「調査、ですか」
「ええ。深夜に物音がする、という話があるの」
「なるほど・・・」
 佳奈多の説明に頷き、美魚は考え込む。
「変な音、ですか。そういえば、そんな話は聞いたことがありますが」
「どこ!?」
 新たな手がかりか、と食いつかんばかりに詰め寄るあや。
 だが、美魚は慌てないでくださいとばかりにあやのまえに手をかざし、
「いえ、外れのプレハブ小屋です。雨の日にすすり泣く声が聞こえる、という話だったのですが」
「そんな話初耳なのだけど・・・」
 自分の耳に入っていない話だ、と佳奈多は首をひねる。
「原因は雨宿りに出入りする小鳥だったので、参考にはならないかと。半年以上前の話ですし」
「あ、そ・・・」
 全く関係の無い話だった。
「ですが『幽霊の、正体見たり、枯れ尾花』と言いますし、似たような原因かもしれませんね」
「あれ、美魚も幽霊なんていない、って言うタイプ?」
「いえ、そこまでは言いません。目の前に実例がいますから」
 あやを見てあっさりと一言。
 怯んでこめかみに汗一筋のあや。
「先手を取られたわね」
 苦笑して、佳奈多は証言を纏める。
「西園さんも心当たりは無いわけね」
「いえ、全く無いわけではありません」
「・・・え?」
「その話でしたら、時折小耳に挟みます。雨の日に聞いたという話は無いですね、私の聞いたところでは」
 美魚の言葉に、佳奈多はバスターズ以外の他の生徒の物も含めた証言を纏めたメモをざっと見直して、
「・・・そうね。天候まで詳しくは書いていないけど」
「晴れている日はあまり記憶に残りませんが、雨の日は雨音というファクターもありますし、意外と証言に上ります」
「おお、みおちん探偵みたい」
「恐れ入ります。ですから、雨の夜にはその物音は聞こえない。あるいは聞こえても気にならない程度の大きさ、となりますね」
「なるほどね」
「他にわかることとかある?」
 期待のまなざしを送るあやと葉留佳に、美魚は困ったような顔になると、
「そうですね・・・。後は、音の質、でしょうか」
「音の質?」
 佳奈多はメモをまた見直すが、
「証言に、擬音はありますか?」
「・・・そういえば、不思議と無いわね」
「ということは、擬音にできないほど微妙な音、と言えます。音が聞こえた、それはわかるけれども、はっきりとは聞こえない、そんな感じでしょうか」
「それって、どういう意味?」
 よくわからない、と腕組みして頭を悩ませる外野二人。
「不定期に聞こえる、ということです。それも不意打ち的に。どんな音か確かめよう、と思っても二度目は聞こえない。でも後日また音が聞こえた、と」
「「ほほー」」
 感心して声をあげるあやと葉留佳。
「ですが、これは少々こじつけですね。情報が少ない中で無理やりに判断した内容です」
 美魚自身があっさりと自分の推理を放棄してしまった。
 が、佳奈多はささっとメモにそれを纏めてしまう。
「さすがね、西園さん」
「あの、前者はともかく、後者にはあまり自信は無いのですが」
「調査の参考にはなるわ」
 佳奈多の言葉に、美魚、仕方ないとばかりに一息。
「見事な探偵っぷりを披露したみおちんに、この称号を進呈贈呈掌低ずびし!」

     美魚は「まじかる探偵みおちん」の称号を得た!

「辞退します」

     美魚は「まじかる探偵みおちん」の称号を辞退した!

「がーん! 0.1秒で辞退されたー!?」
 いつものオーバーリアクションでショックを受ける葉留佳に、佳奈多は呆れ顔。
「はぁ・・・。葉留佳、あなたあまり西園さんに迷惑かけないようにね」
 続けられた言葉に、美魚が一言。
「いえ、そう言うのでしたら回収して行っていただけると」
「それは嫌。調査の荷物になるもの」
「ががーん!! さらに実の姉に邪魔扱いされたー!? よよよ、はるちん不憫すぎー・・・」
 泣き崩れる双子の妹である。姉、さすがに何か感じるものがあったか、
「大丈夫よ葉留佳、明日は皆に等しく訪れるわ」
 妙にいい笑顔で葉留佳の肩を叩いてそんな一言をくれた。
「邪魔扱いした姉が言うことじゃない気がするんだけど!?」
「ほら、この称号あげるからおとなしくしてなさい」

     葉留佳は「あしたがあるさ」の称号を得た!

「って、これこまりんがおねーちゃんにつけた称号じゃない!?」
「さ、あや、調査続けるわよ」
「え、あ、いや、それはいいけど、いいの?」
 言外に、「これほっといて」を続けるように、葉留佳を指差す。
「大丈夫、うちの妹はタフだから」
 言って出て行く佳奈多を見送って、美魚、一言。
「地味に称号をおそろいにしていきましたね、二木さん」
「あ、そーいえば」
 ちなみに葉留佳はまたしても一方的に姉にやり込められてぎゃーぎゃー言って聞いていなかった。



「というわけで、ほぼ収穫はゼロだったわけなのだけど」
「うちのメンバーがいつも元気なのはわかったわよ?」
「それは関係ないでしょう」
 寮長室の椅子に座って、二人でお茶でも飲みつつ。
 ちなみに、あやは紅茶で佳奈多は緑茶。
「やっぱ、深夜調査が必要っぽいわね」
「そうね・・・。音の出所がいまいちハッキリしないのが難点なのだけど」
 その言葉に、あやは「ふむ」と口元に手を当て、
「佳奈多、メモ見せて。あと何か白紙頂戴」
「いいけど」
 佳奈多からメモと白紙を受け取り、あやは何事か書き込んでいく。
「何してるのよ?」
「ふふん、これよ」
 あやは書き上げたものを佳奈多に見せる。
 女子寮の簡易地図と、音の聞こえた地点。
「へぇ・・・。でも、あまり絵は上手くないわね」
「うぐ、仕方ないじゃない、そんなに力入れて書き込んだわけじゃないんだから」
 ぶつくさ言いつつ、その地図を机の上に広げた。
 それから二人でもう一度覗き込む。
「こうしてみても、やっぱりバラバラね」
「そうでもないんじゃない? ほら、廊下でしか物音聞こえてないみたい」
 確かに、印のついた場所はすべて廊下だ。
「部屋には無くて、廊下にはあるものが原因、とかね」
「そんなもの、あったかしら・・・?」
 何ともなしに天井を見上げる。当然答えなどあるはずが無い。
「ただいまー」
 唐突に、寮長室に男子の声。
 しかも、ここに「ただいま」と言って入る人間など限られているわけで。
「お帰り、直枝」
「お帰り、理樹君」
「あれ、珍しいね、あやさんが来てるなんて。いらっしゃい」
 入ってきた男子生徒、理樹は剥がしてきたのだろう、先週の告知プリントをシュレッダーに放り込む。
 そんな彼を見ながら、あやは何故か誇らしげに、
「ちょっと困った事態があってね。私が手伝いに来てるのよ」
「あやさんが・・・?」
 不安そうな顔になる理樹。それをジト目で見るあや。
「どーいう意味、その視線」
「いえなんでも」
 理樹はあっさり目をそらした。
「ああ、直枝。ちょっと聞きたいのだけど」
「何?」
「男子寮の方で、深夜に物音がするとか言う話は無い?」
「え? いや、聞いたこと無いよ。報告も上がってないし」
「そう・・・。ということは、女子寮だけの問題か」
「困った事態って、それ?」
 理樹に聞かれ、佳奈多は頷く。
「女子寮で深夜に変な音がするらしいわ」
「音くらいするんじゃないの? 僕の部屋だって夜に変な音位するよ?」
 それくらい普通だとばかりにあっさりと言い切った。
 思わず凍りつく佳奈多。やがて、ゆっくりと仕事中の理樹に視線をやって、
「・・・それ、どんな音?」
 聞く。
「え? いや、出所はわかんないけど・・・。何かが弾けるというか、ぶつかるというか、そんな感じ」
 まさか聞かれるとは思っていなかったのか、理樹は思い出し思い出し、それに答える。
 それを微妙な表情で聞く佳奈多。あやは、というと相変わらずあっけらかんしている。
「ラップ音とか?」
「あはは、かもね」
 当の理樹もあまり気にしていないらしい。
「ほら、よくあるじゃないか。気温の変化とかが原因で変な音がすることがある、みたいな奴」
「あー、聞いたことあるわ」
「たぶんそれだよ」
 さすが、繊細そうな顔をしていても男子というか。意外とこういうところは気にしない性質らしい。
 今回の件もそれで済めばいいのだが。
 理樹もあやも全く気にしない様子で話を続ける。 「ってことは、理樹君はお化けとか信じない人?」
「え? うーん、答えに困るなぁ・・・」
 理樹は苦笑しつつ、
「向こう側みたいなことがあるしね。一概に否定はできないけど・・・。少なくとも、僕は見たこと無いかな」
「なるほどねー」
 あやは笑いながら、佳奈多を見る。
「・・・何よ?」
 意味ありげなその視線に、佳奈多もまたついつい睨み返してしまう。
 が、あやは全く動じることもなく、意地悪く笑って、
「佳奈多ってば言い切ったのよ。お化けなんて非科学的なものは存在しない、って」
 そんな過去の失言をばらしてくれた。
「な・・・、その後取り消したでしょ!?」
「一度口にした言葉はそうそう消えないものよー?」
「くっ・・・、耳に痛いことを・・・」
 抗弁はあっさりと潰されてしまった。
 そんなやり取りを理樹は笑いながら見て、
「ってことは、今それを調べてるの?」
 その問いに、あやは得意げに頷く。
「そーいうことよ」
「手伝う、とか言わないでね。直枝一応男子なんだから、深夜の女子寮歩き回られるのは問題だわ」
「いや、それはそうだけど・・・。一応って・・・」
 何かトラウマに触れたのか、理樹は妙に凹んでいる。
「まぁ、そういう訳だから、今回は男子組に協力は頼めないことなの。おとなしく報告を待っててね、理樹君」
「わかったよ。無事解決できるといいね」
「ふふん、任せなさい!」
「微妙に不安なのだけどね・・・」
 無駄に胸を張るあやを見て、佳奈多は本日何度目かのため息をついた。



「そんなわけで、ただいま0:55、深夜のかなたんです」
「誰かかなたんよ」
 唐突に意味不明なことを言い出すあやの後頭部に、佳奈多のスリッパ炸裂。
「いや、お約束かな、と」
「どこがよ」
「というか、普通は佳奈多がやらないといけないことだと思うんだけど」
「だから何でよ」
 あやの妙な言動をサクサクと切り捨てる佳奈多。
 深夜。佳奈多とクドの部屋。
「むにゃむにゃ・・・、わふー・・・」
 すでに寝入っているクドの寝言。二人は改めて声のトーンを落とす。
「それじゃ、行くわよ」
「仕方ないわね」
 音を立てないように部屋を出て、しっかりと鍵もかける。
 佳奈多も共に出るのは、万一あや一人で動いているところを寮母や先生に見つかったら厄介だからだ。
「・・・・・・」
 が、その佳奈多は改めて真っ暗な廊下を見て、思わず唾を飲み込んだ。
「あれ? 佳奈多ひょっとして怖い?」
「・・・そ、そんなわけ、無いじゃない」
「ならいいけど」
 全く持って余裕綽々と言った様子のあやに、少し憎らしげな視線を送る佳奈多。
 自分も相当特殊な育ちだとは思うが、だからってこんな風に育つ少女時代もどうかと思う。
「さて、どこから探そうかしら」
 口でペンライトを加えて、昼間作った地図を照らす。
「順当に行って、とりあえず一階から回っていくべきでしょうね」
「そんな感じかなー。おっけ」
 二人連れ立って、周囲に気を配りながら歩く。
 と、あやが唐突に。
「真っ直ぐっていうのも面白くないわね。もうちょっと入り組んでたほうがダンジョンらしいんだけど」
「・・・どんな女子寮よ、それ」
 迷路になっている寮。確かに侵入者は困るだろうが。
 特に異常無く、階段に差し掛かる。
 また唐突に、あやが妙な話題を振る。
「深夜の何時かジャストにどこだかの階段が一段増えるっていう話、あるじゃない?」
「よくある七不思議ね」
「あれ、増えた階段を踏むとどうなるんだっけ?」
「・・・知らないわよ」
「変なものに会うとか、そーいう感じだったかなぁ・・・?」
 変なことを考え出すあやに、佳奈多はぴしゃりと言い切る。
「迷信」
「は?」
「迷信よ、そんなもの」
「いや佳奈多、だから向こう側みたいなこと」
「迷信なの」
「・・・はい」
 勢い負け。
 思わず頷いてしまってから、あやはふと気づく。
「あのさ、佳奈多」
「今度は何よ」
「やっぱ怖がってない?」
「な・・・!? そ、そんなわけないでしょう? 子供じゃないのだから」
 足早に階段を下りていく。
「・・・怖いのか」
 意地張っているのが判りやすすぎて、あやは失笑。と、
「ひっ!?」
 佳奈多の鋭い悲鳴が聞こえてきた。慌ててあやは階段を下りる。
「どうしたの!?」
「あ、そ、そこ、赤い光・・・」
 階段の降り際、1階廊下に入る曲がり角。
 そこから、赤い光が確かに漏れている。
「・・・佳奈多」
「な、何よ・・・」
「いや、あれ消火栓でしょ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 少し硬直して、佳奈多は咳払いひとつ。
「さあ、行きましょう」
「あ、無かった事にする気だ」
「煩いわね。さっさと行くわよ」
 さっさと一階の廊下に下りていく佳奈多である。
「全く・・・、不覚だわ、ほんと不覚・・・」
 そんなことを思わず呟いて、ふと、足音が自分のものしかない事に気づく。
「・・・あや?」
 振り返る。
 あやが立ち尽くしている。
「どうしたのよ、あや・・・?」
 彼女は答えない。
 何故か先ほどの消火栓と睨めっこしている。
 やがて、その手が上がり、人差し指が、ゆっくりと・・・。
「って、何やってるのよあなたは!!」
 慌ててその腕をつかみ上げた。
「はっ!? わ、私今何しようと・・・!?」
「わ・た・し・が・聞きたいわよ! 何で非常ベル鳴らそうとしてるの、あなたは!」
「その、さ、結果がわかっててもやってみずにはいられなかったというか・・・」
「何よそれは!」
「あ、あはは・・・。ほら、トラップと判ってても嵌りに行きたくなるときって無い?」
「無・い・わ・よ」
「で、ですよねー・・・」
 そして、二人してため息。
 それから、あやは人差し指をひとつ立てて、
「・・・み、見なかったことにしよう。見られなかったことにしよう。おっけー?」
「了解、お互いにね」
「おっけー・・・。助かるわね、小毬マジック」
「ほんとにね」
 普通は助からない。



 一階を抜け、もう一度二階を回り、そして、三階。
「・・・聞いた場所がまちまちっていう時点で時間かかると思ってたけど」
 あやが天井を見上げて一言。
「手がかりの一つも無いって言うのは、ちょっと疲れるわね」
「そうね」
 そうでなくても時間が時間。徹夜には慣れているが、それでも辛いことは辛い。
 と。
「・・・!」
 あやが身を止める。
「あや?」
 先に行きかけた佳奈多もそれを振り返るように足を止めた。
「・・・しっ」
 静かにするようにジェスチャーをし、あやはまた天井を見上げた。
「・・・・・・そうか、通気口」
「え?」
「廊下にしかないものよ。多分、通気口の中に何かいる」
「・・・そ、それってネズミとか?」
「今の音はネズミじゃないわね。羽音っぽかった。鳥のね」
 あやは言いながら制服のスカートを翻す。いつのまにやら、両手にエアガン。
「・・・またそんなものを」
「いいでしょ、こういう状況なんだから役に立つわ」
 言ってから、佳奈多を振り返る。
「あれって、外すのに何か要る?」
「脚立とドライバーくらい要るでしょうね。寮内にあったかしら」
「取りに戻ってる間に移動されたら探すの面倒ね・・・。脅しかけて追い出すか」
「追い出すって・・・」
「入り込んだってことは出口があるはずよ。通気口に撃ち込んでそこから追い出す」
 言いつつ、あやはエアガンを天井の通気口に構える。
「SHOT!!」
 エアガン特有の鈍い音が何度か響く。
 同時に、はっきりとした羽音が佳奈多にも聞こえた。
「鳥?」
「さぁ? とりあえず、あっち行ったわよ」
 音の行方を正確に察知して、あやは走り出した。佳奈多も続く。
 が、その先で予想外のことが起こった。
 通気口を塞いでいた格子が落ちてきたのだ。
「「っ!?」」
 大きな音が響き、驚いて足を止める。
 同時に、何か大きな物が、そこから飛び出してきた。
「うそ、でかい!?」
「何これ・・・!?」
 あやはとっさに引き金を引く。当たらない。
「素早い!」
「きゃあ!?」
 影が突っ込んでくる。悲鳴を上げながらも、佳奈多は何とか身を伏せて避けた。
「鳥なのは判るけど、何なのこれ・・・」
「知らないわよ! って、またこっちきた!?」
 身を起こしかけたところに、また黒い影が突っ込んでくる。
「っ、この!!」
 二丁拳銃連射。何発か当たったのか、黒い影は怯んで方向を変える。
 それを横目で追いながら、マガジンを手早く交換。
「なにー? こんな時間に何の騒ぎよ・・・?」
 近場の部屋のドアが開いた。
「って、あーちゃん先輩!?」
「あれ? かなちゃんー?」
「ドア閉じて早く!」
 思わぬ闖入者に目を丸くした佳奈多、切羽詰った声で指示を出すあや。
 黒い影はその寮長めがけて突っ込もうとして、
「先輩すいません!」
「うわ!?」
 佳奈多が飛びついて床に伏せさせることで、何とか切り抜けた。
「こいつ、見境っての知らないの!?」
「何? 今の何なの・・・?」
「わかりませんけど、取り押さえないと・・・。そうだ、あーちゃん先輩、何か棒でも何でもいいです、竹刀代わりの物ないですか!?」
「え? えっと、丸めたポスターならあるけど・・・」
「それでいいです借ります!」
 ひったくるようにそれを借りて、佳奈多も再び戦列復帰。
「あー、もう、麻酔銃くらい持ってこればよかった!」
 悲鳴を上げるあや。
「銃刀法に引っかかるんじゃないのそれ!?」
「知らないけど! いい加減落ちなさいよ、この!!」
「先輩は隠れててください!」
「え、あ、う、うん!」
 何度も響く銃撃音に混じって、未だに羽音は健在。
「面!!」
 佳奈多の気合一閃、正眼からの撃ち込みも、
「くっ」
 避けられてしまう。
「何か・・・、というか鳥目の分際でよくも・・・」
「・・・あ、ライト!」
 手元のペンライト。佳奈多はそれを手にとって、
「目くらましに使えるかしら?」
「やってみないとね・・・。私はあの格子で頭から抑えに行く」
「それ危ないんじゃ・・・」
「死にはしないでしょ」
 あっさりと言い切るあや。佳奈多に自分の分のライトも手渡す。
 それから、通気口を塞いでいた格子に駆け寄って持ち上げる。
 影がこちらを向いた。
 佳奈多は二本のライトで影を照らし出す。影はスピードを緩めない。
「っ!?」
 怯んだ佳奈多の目の前に、あやが格子を盾のように構えて割り込む。
「こんのおおおおおおおお!!」
 鈍い音。
 羽音が止まる。
 静寂。
「・・・ど、どうなったの?」
 目の前で床に膝を着いているあやに、恐る恐る声をかける。
 が、あやは不敵な笑顔でそれに振り向くと、
「成功ー」
 ピースサインと共に、床に取り押さえた鳥を佳奈多に示す。
「ほほー、これはまた立派な鳥ね。ん? そーいえば・・・」
 いつの間に出てきたのか、寮長もそれを覗き込む。
 格子の下でばさばさとまた暴れだした鳥を抑えながら、あやはそれを見上げた。
「あーちゃん先輩、何か心当たりでも?」
 佳奈多の問いかけに、寮長は首をかしげながら、
「うーん、そういえば前に棗君が鳥を連れ帰ってきたことがあったような気が」
「「・・・は?」」



「まさか、こいつは・・・!?」
 不用意に飛ばれないように厳重にロープで羽を縛り上げたその鳥。
 翌日に恭介にそれを見せたとき、彼は目を丸くして驚いた。
「どーしたのさ、恭介」
「・・・おい恭介。あれって、向こう側だけの存在じゃなかったのかよ」
「聞いてないぞ、俺は」
 理樹は首をひねるが、真人と謙吾はジト目で恭介を見る。
「何だ? どーいうことだ?」
 鈴が目をぱちくりさせる。
「立派な鳥さんですー」
「だねぇ。何食べるのかな?」
「下手に触らないほうがいいわよ。動けなくしてるけど、結構強暴だから、こいつ」
 興味津々でそれを見守るクドと小毬に、あやは一応警告。
 実際、拘束するときも物凄く暴れたのだ。
「これが女子寮の物音の原因だったのでは、と思われます。棗先輩が以前、大きな鳥を連れ帰ったという話を聞いたので、少々事情を聞かせてほしいと思いまして」
 寝不足で気が立っているのか、こめかみの辺りを引きつらせてつつ、佳奈多は恭介を問い詰める。
「・・・いや、俺も忘れてたんだけどよ。結構前に就活行った帰りで山に入った時に、傷ついたこいつを見つけてさ。手当てしたら懐いたもんで・・・」
「・・・それはどー言うことなんだ、きょーすけ」
 鈴までジト目。
「仕方なく連れ帰って、生物部に預け」
「「それはつまりお前のせいか!!」」
「ぐはっ!?」
 鈴とあやのツープラトンキック炸裂。
「ぐっ、鈴が合体技繰り出すようになるとは・・・、兄ちゃん嬉しいぜ・・・、がくっ」
「がくっ、て・・・。まだ結構余裕あるみたいだね・・・」
 倒れた恭介を見ながら、理樹はため息をついた。



 後日。
 恭介の証言を頼りに生物部を当たると、確かに隠蔽されていた鳥の脱走劇があった。
 また、女子寮の外壁側の通気口を調べた際、いくつもの箇所で格子が錆びて壊れており、そこから出入りしていたのだろうという推測がされた。
 当然、生物部は部費削減の懲罰。
 女子寮の通気口はついでに清掃を行った後に、近日中の修繕が行われることになり。



「ひとまず、これであの件は終了ってこと?」
「そうね。改めて、お疲れ様と言っておくわ」
 教室の佳奈多の机。あやと葉留佳が集まって、いつもの雑談。
「でも恭介君が原因だったとか、予想外というか、予想通りというか・・・」
 葉留佳は座り込んで佳奈多の机にあごを乗せるような格好で、佳奈多を見上げる。
「全くね。管理は生物部がしていたとはいえ・・・」
 佳奈多も肘をついてため息。
 恭介の常識外れっぷりには本当に振り回される。
「でもこれで終わるのもつまんないわね」
「どういう意味よ?」
 あやを睨み上げながら、佳奈多は声をかける。
 が、あやは全く怯むこともなく、笑顔で次期寮長に提案。
「ねぇ、佳奈多。寮会で調査部とか設置しない?」
「しません。あなた、今回ので味占めたでしょう?」
「なかなか面白い事件だったしね」
「何か楽しそー。作るんなら私も混ざる!」
 葉留佳まで言い出し、佳奈多はその頭を下敷きではたいておく。
 はたかれた葉留佳はというと、何故か笑って、
「でも何ていうかさー」
「何よ?」
「おねーちゃんとあやちゃん、親友っぽくなってきたね?」
「「は?」」
「うんうん、仲良きことは美しきかな、なのですヨ」
 葉留佳のコメントに、あやと佳奈多は顔を見合わせ。
「・・・そーなの?」
「知らないわよ」
 とりあえず、佳奈多はそっぽを向いたのだった。














 余談。
「理樹君、私って年下っぽいかなぁ?」
「は?」
 唐突に小毬に問われ、理樹は間の抜けた声を返す
「いや、何その質問・・・?」
「年少組って言われたの・・・。あと小動物とか・・・」
「・・・えっと・・・誰に?」
 地味ーに落ち込んでいるらしい小毬は、端的に理樹に答える。
「かなちゃん」
「組ってことは、他に誰かいるの?」
「鈴ちゃんとくーちゃん」
 小毬と、鈴と、クド。
 その三人を並べて、理樹は少し考え込み。
「・・・いい例えするな、佳奈多さん」
 思わず呟いてしまった。それは当然、小毬にも聞こえてしまうわけで。
「がーん・・・。理樹君まで・・・。いいもんいいもん。私どーせお子様だもーん・・・」
 本格的にへそを曲げてしまった小毬である。
「うわ、拗ねないで。小毬さん大人だよー、ほら、大人大人」
「ふーんだ。てきとーに宥めよーとする理樹君なんか嫌い〜」
 この後、小毬の機嫌を元に戻すのに四苦八苦する理樹の姿が見られたという。

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