ゆめを、みた。
とても、なつかしい、ゆめ。
ゆめのなかで、ぼくは、わらっていた。
うれしくて、たのしくて、わらっていた。
ふりかえると、おおきなひとが、ふたり。
そのひとたちに、ぼくは、てをふって。
そこで、目が、覚めた。
「・・・・・・」
朝の日差しが目元にかかっていて、どうやら眩しくて目が覚めたことに気づく。
「ふぁ・・・。もう真人、カーテン閉めて寝てって言ったじゃないか」
体を起こして、恨めしそうに窓を見る。
せっかくの日曜日なんだから、もう少し寝ていたかったのに。
二度寝しようとも思ったけども、
「あの夢・・・」
急速に霞に消えていこうとする夢の欠片を、辛うじて掴みとる。
二つの影に思いをはせて、苦笑い。
もう、どっちの影の声も、顔も、はっきりと思い出せなくなってる。
そんな自分が、少し悲しくて。
ちょっと気が滅入りそうになって、僕はベッドから這い出した。
冬の寒い空気が身に染みるけど、この際丁度いい。
手早く着替えてしまってから、まだいびきを立てている真人宛に置手紙を残しておく。
『早くに目が覚めたから、先にご飯食べてくる』
そうして、僕は部屋を出た。
日曜の7時なんて時間だ。しかも冬。暖かい布団でぬくぬくとしていたい人が殆どなのか、食堂にも殆ど人がいない。
これは、知り合いもまずいなさそうだ。朝練のある謙吾くらいじゃないかな。
と、思ってた。
「ほわ、理樹君」
「・・・小毬さん」
何気なく通りかかった席からかかった声に、僕は驚いて目を向けた。
「おはよ〜。理樹君も朝早いんだねぇ」
「いや、今日はたまたま。小毬さんこそ速いね」
「私はほら、さーちゃんが朝練ある時は一緒に起きちゃうから」
「なるほど」
運動部の人たちは大変だ。そう思う。
「理樹君、よかったらお隣どーですか?」
「うん、そうさせてもらうかな」
そう言ってから、
「朝ごはん、買ってきてからね」
「あ、そうだね。いってらっしゃい〜」
いったんその場から離れて、食券買って。メニューはごく普通に、ご飯とお味噌汁。
受け取っての帰りに途中テレビの前を通ると、ずいぶん懐かしい子供向けの番組がやってた。
誰がつけたんだろ、これ。・・・小毬さんだったりしてね。
そんなことを考えながら、小毬さんのいる席へと戻る。
「おかえり〜」
「ただいま」
彼女の向かいに座って、
「テレビ、結構懐かしいのやってるね」
「うん、そうなんだよ〜。誰か見てるのかなぁ?」
「・・・小毬さんじゃなかったのか、つけたの」
「ふぇ? 違うよ?」
きょとんとした顔で否定してから、何か考えるような顔をして、それから少し頬を膨らませて、
「理樹君、何か失礼なこと考えてた?」
「イエイエ、ソンナコトハ」
鋭い!
「だって、理樹君そんな顔してたよ?」
「どんな顔?」
「こんな顔〜」
そこでどうやら僕の顔真似らしいことをしてくれたみたいだけど。
ごめん、よくわかんないっていうか、ちょっと可愛いというか。
思わず吹き出してしまったら、小毬さんが更にぷくぅ、と膨れてしまった。
「もうっ」
「ごめんごめん」
笑いながら謝って、小毬さんも仕方ないなぁ、と笑って。
「理樹君の部屋って、こたつある?」
唐突に、そんな話題が飛んできた。
「こたつ? いや、普通あるわけないと思う」
「うーん、それがあったんだよ・・・」
「え、ほんとに?」
驚いて問い返してみると、小毬さんは神妙に頷いて、
「この間ね、くーちゃんとかなちゃんが家具部の倉庫から見つけてきたー、って言ってね」
「家具部・・・。なるほど、確かにあそこならあってもおかしくないね」
多分、クドが探し行こうと言いだして、クドに甘い佳奈多さんが押し負けて、二人で引っ張り出してきたってとこだろう。
「うんー。それで、鈴ちゃんと私も手伝って、それから昨夜はずーっとくーちゃんのとこでまったり〜ってしてたよ」
それは羨ましい。この季節のこたつは神器にも等しいし。
「鈴ちゃん、最後こたつから出られなくなっちゃってて」
小毬さんはその情景を思い出したのか、楽しそうに笑う。
「ああ、わかるわかる。猫みたいにこたつで丸くなってたでしょ?」
「うん〜! ちょっと可愛かったよ〜」
「鈴は結構寒いの苦手だからねー」
「くーちゃんもそうだねぇ」
こたつで丸くなっている子犬と子猫。そんなフレーズが浮かんで、ちょっと笑ってしまった。
「かなちゃんが意外だったんだよ〜。こたつなんて始めてーって言っててね」
「そうなんだ?」
「うん〜。それで、入って十分くらいで寝ちゃったんだよ」
「それは意外だ」
あの心地よさの誘惑にあっさり堕ちたのか、佳奈多さん。
「でも、そんなのが部屋にあったら、クド達の部屋、毎日人が着そうだね」
「そうだね〜。あんまり大きいこたつじゃないから、四人くらいが限界なんだけど」
間違いなく、鈴や葉留佳さんは毎日押しかけるだろう。
「今日はお茶菓子を買いに行くつもりなんだー。天気もいいし、お散歩もかねて」
「小毬さんも押しかける気、満々だね」
「えへへ、こたつには勝てないよ〜」
困ったように笑う小毬さんに、僕も苦笑。
「理樹君もよかったら〜、って言いたいけど、私の部屋じゃないしね」
「そうだね。まぁ、機会があれば、ってことで」
「うん」
そんな些細な日常の話を何ともなく交し合って、
「そういえば、理樹君今日はお暇?」
「うん、特に用事は無いよ。せっかくだし、僕も散歩でも行こうかな」
この言葉に、小毬さんは嬉しそうに笑って、
「だったらほら、一緒に行きましょ〜」
「そうだね。小毬さんがお菓子買い過ぎないように見ておかないといけないし」
「ふぇぇ!? わ、私そんなに買わないよ〜!」
朝食を済ませた後、適当に待ち合わせの時間を決めて。
一度それぞれの部屋に帰ることにする。
「・・・まだ寝てるよ」
部屋に戻ると、真人のいびきに出迎えられた。
置手紙は無駄になっちゃったか。
半ばため息混じりに、時計を見る。
起こしてから出かけたほうがいいかもしれない。放っておくと昼まで寝てそうだし。
それで、朝食食べ損なったー、って大騒ぎするんだ、真人の場合。
苦笑しつつ、カーテンを開く。
朝の日差しが部屋の暗闇を切り裂いて。
「う、おお・・・?」
やっぱり効果絶大。眩しさに耐えられなくなって、真人が目を覚ました。
「起きた?」
「おー・・・、もう朝かよ。つか、まだこんな時間じゃねーか」
「こんな時間だけど、僕でかけるからさ。一日部屋に缶詰にされたくなかったら、早く起きちゃってよ」
部屋の鍵を持っていない真人は、僕が一日部屋を空けるなんてことになったら、ここから出られなくなってしまう。
はっきり言って自業自得だけど、さ。
「何だよ、気合入ってんなぁ、理樹。おーけー、じゃあ俺も飯食ってジョギングでもするぜ」
「ご飯が先なんだ」
「おう、取り込んだ栄養がそのまま筋肉に行くコースだ。・・・いや待てよ、先にジョギングして飢えた筋肉の赴くままに飯食うのもいいよな」
非常にどうでもいいことで悩みだした。
「うおおお、朝飯が先かジョギングが先か、それが問題だぜ」
「だったらサンドイッチでも買って走りながら食べればいいよ・・・」
「!? 理樹、そいつぁすげぇ名案だぜ!」
受け入れられてしまった。
もはや何も言うまい、と心に決めて、とりあえず上着を手に取り、
「ほら、ジョギング出るにしろ、朝食にするにしろ、早くしないと閉じ込めるよ?」
「おおっと、わりぃわりぃ」
ようやくベッドから飛び降りて、着替え始めた。
「けどよ、こんな朝からどこ行くんだよ」
「ん、ちょっとね」
何となく曖昧にしてしまう。
「ふーん・・・」
真人は気のない返事をしたと思ったら、妙な笑みを浮かべて、僕を見た。
「小毬か?」
「・・・・・・何が小毬さんなのかわかんないんだけど」
図星だったから顔赤くなってるかもしれない。
「まぁ、そういうのは俺がとやかく言うことじゃねーよな」
「何納得してるのかわかんないんだけど」
「理樹、楽しんでこいよな!」
それだけ言って、真人は部屋から出て行ってしまった。
「・・・・・・いや・・・えーっと・・・」
何で僕が取り残された気分になってるんだろう・・・。
「理樹君おまたせー」
「うん、それじゃ、行こうか?」
「うんっ」
校門のところで待ち合わせて、出かける。
なんだかデートみたいだな、と思ったけど、言うと隣の子が相当に慌てそうなので止めておいた。
そんな小毬さんを見たくないわけじゃないんだけど・・・。というか、できれば見たいけど。
言った後自分も恥ずかしくなりそうだし。
「理樹君、こっち行ったことある?」
「え?」
商店街とは逆方面を指差す小毬さん。
僕はちょっと腕組みして考えて、
「いや、殆ど無いかなぁ」
「そっかぁ」
うんうんと頷いて、小毬さんは人差し指を立てたいつものポーズ。
「それじゃー、今日はこっちにごーですよっ」
「探検か。いいね」
昔はよくやってた気がする。
恭介達とあちこち走り回って・・・。
そんなことを思い返して、ふと、それ以上におぼろげな情景が浮かんで。
「理樹君?」
「あ」
ちょっとぼうっとしてたみたいだ。
「どうしたの?」
「んー・・・」
目を細めて、笑う。
なんでもない、と言ってしまうのは簡単だけど。
「秘密」
「ふぇ?」
「さ、行こう」
言って、普段は行かない道を歩きはじめる。
小毬さんもちょっと小走りで僕の隣に並んで、僕の顔を覗き込むと、
「悩み事・・・、じゃないねぇ」
「ひみつだよー」
「もー」
ちょっぴり膨れた小毬さんに笑いながら、のんびりと。
「あ、鳥さんだ〜」
「ん?」
小毬さんが空を見上げて。その視線を追うと。
「ほんとだ」
あいにく名前は判らないけど、一羽の鳥が空を滑空している。
「一人なのかなぁ・・・?」
ちょっとだけその顔が寂しそうに見えて、僕はまた空の鳥を見上げて、
「仕事中なんじゃないかな?」
「ふぇ? お仕事?」
「うん、だから家に帰ったら、待っててくれる人がいると思うよ」
・・・言ってしまってから、かなり恥ずかしいことを言った気分になって。
「・・・よし、いこっ」
ちょっとだけ足早に、小毬さんに背中を向ける。
「あ、理樹君待って〜」
すぐに追いつかれたけど。
その彼女の顔を横目で伺うと、
「えへへ〜」
目が合ってしまった。
「・・・楽しそうだね」
「うんっ、素敵なものまたひとつ見つけちゃいましたっ」
「そうなんだ」
「うん〜。理樹君がくれたよ〜」
「・・・・・・・・・・・・小毬さん、聞かなかったことにしよう、おっけー?」
「だめ〜」
「だよねぇ」
まぁ、それで嬉しそうにしてくれるなら、恥ずかしい思いした甲斐があるのかもしれないけど。
何となく、また空を見る。
さっきの鳥はもういないけど。
「・・・待っててくれる人、か」
さっきのおぼろげな記憶に繋がる言葉。
やっぱり朝の夢のせいかな。今日は、普段思い出さないことを思い出す。
と、小毬さんが僕を覗き込んでるのに気づいた。
「理樹君、ほんとにどうしたの?」
ちょっと心配そうに見上げられるけど。
ちょっぴり意地悪く笑って、
「んーん。秘密ー」
「むー。今日の理樹君は秘密ばっかりー」
ころころ変わる小毬さんの表情。
それが見ていて楽しい。
「あ、公園だ〜」
言ったのとどっちが早かったのか、小毬さんは駆け出して。
僕は苦笑しながら、小毬さんの背中を追って。
「人いないねぇ」
周囲を見回して、小毬さんが言う。
「冬の朝だしね。お昼になったら誰かしら来るんじゃないかな?」
「そっかぁ」
とりあえず、僕も公園を見渡してみる。
ブランコにジャングルジム、シーソー。登り棒かな、あっちのは。あのぶら下がって向こう側に行くの、名前何ていったっけ。
何となく懐かしい気持ちになる。
「って、あれ?」
ふと気づくと、小毬さんがいなくなってた。
「小毬さん?」
「りきくーん、こっちこっちー」
呼ばれた方を見てみると、滑り台の上に小毬さんがいた。
「滑り台なんて久しぶりだよー」
「そりゃそうだろうね」
この年で久しぶりじゃないくらい滑ってたら、ちょっとした有名人だと思う。
そっちの方に歩いていきながら、上ではしゃいでいる小毬さんを見上げて。
「・・・っ」
さすがに慌てて目をそらした。
「ふぇ、どーしたの?」
「とりあえず、早く滑ったほうがいいよ」
見えてるから。イチゴが。
「うーん? うん、それじゃあ、すべるよー!」
何故か滑り降りる時にも「おんどりゃー」といつもの掛け声が上がって。
「ほわ!?」
「へ!?」
続いた悲鳴に思わず振り返ると、砂場に頭から突っ込んでいる小毬さんがいた。
着地に失敗するか何かしたらしい。
当然、スカートもめくれ上がってる。・・・さっき目を逸らした意味、無し。
いや、そう冷静に見てる場合じゃなくって!
「って、小毬さん大丈夫!?」
「ううう、口の中じゃりじゃりー・・・」
「と、とりあえず早く起きたほうがいいよ」
「うん・・・」
立ち上がって、スカートもはたいて、ふと小毬さんは僕を見上げて。
「理樹君」
「な、何?」
「・・・・・・いちご?」
「う」
ポーカーフェイスは苦手です。
「うああああん、やっぱり見られてたああああ」
「いやまぁ・・・、その」
「よ、よぅし、見なかったことにしよう」
そして定例のやり取り。
「おっけ〜?」
「う、うん、おっけー」
「見られなかったことにしよう。うん、これでおっけー」
・・・ごめん、頭の中にしっかりと保存してます。
心の中だけでそんな絶対口にできないことを返して、
「小毬さん、あそこ水飲み場あるから、口漱いで来るといいよ」
「あ、うん、そうだね〜」
ぱたぱたと走っていった小毬さんを見送って、僕は滑り台を見る。
恭介たちと知り合ったのはもう小学校も高学年くらいだったから、こういうので遊ぶ年じゃなかったし。
考えてみたら、十年くらいこれに触っていない気がする。
そう思ったら、ちょっと滑ってみたくなった。
「理樹君、どうしたの?」
「んー・・・。ちょっと滑ってみたくなって」
見上げながら、戻ってきた小毬さんに苦笑して答える。
とはいえ、さすがにこの年じゃなぁ。
「うん、だったらほら、ごーですよ」
けど、人の心境あっさりスルーして、小毬さんの一言。
・・・ま、いいか。
「ん、それじゃ一回だけ」
「うん、いってらっしゃいー」
僕の身長よりちょっと高い程度の階段を登って、滑り台の上。
昔はこんなありふれた滑り台の上が、世界で一番高い場所だった。
いつも見上げてばかりだった父さんと母さんを、上から見れたのがちょっと嬉しかったっけ。
「理樹君?」
「あ」
記憶の中の父さんと母さんがいた場所に、今は小毬さんがいる。
そう思うと、何だかおかしくなった。
「何でもないよ」
笑って、滑り台を見下ろす。
「よし」
普通なら腰を下ろして滑る所だけど。
立ったまま、バランスを保って滑り降りる。
「ほわ!?」
「とっと」
思ったより勢いがついて、砂場でちょっとよろめいたけど、無事に着地成功。
「理樹君すごい〜」
「そんなこと無いよ」
「そうかなぁ?」
「うん」
笑って、今度は砂場を見渡す。
「お兄ちゃんが元気だったころね」
ふと隣を見ると、小毬さんも懐かしそうにしている。
「今の理樹君みたいに滑り台で滑ってたんだよ。私もやってみるんだけど、ぜんぜんできなくって」
「そうなの?」
「うん〜。理樹君さっき見てなかったみたいだけど、さっきもやったの。失敗しちゃったけど」
恥ずかしそうに笑う小毬さん。
「理樹君も、何か思い出してたの?」
小毬さんに聞かれて、僕は足元の砂場にしゃがみこんだ。
「・・・今朝ね、夢を見たんだ」
「夢?」
「うん・・・。父さんと、母さんの夢」
亡くしてしまったことが悲しすぎて、楽しい思い出も忘れかけてたけど。
ちゃんとあった、幸せな記憶。
「・・・ひょっとして、秘密ってそれ?」
「・・・うん、まぁ、ね」
微笑して、砂を一掴み。
「砂場でさ、山を作るんだ。山をしっかり固めて、横から穴を空けてく」
そんな風に言いながら、僕は砂場の土を積んで行く。
「トンネル作り。父さん、今思うと、これが妙に上手くってさ。僕が一生懸命山を作る間に、もうトンネル掘り終えちゃってて」
小毬さんも、僕の隣にしゃがみこんでくれた。
「僕も、妙に負けず嫌いなとこ出してさ。砂場中に山を一杯作るんだけど、父さんが手当たり次第にトンネル掘ってくんだよ。そういうとこ、子供みたいだった」
できた山に、横から穴を空けて見る。
中ほどまで行った所で、ぐしゃりと潰れてしまった。
「「・・・あ」」
僕と、黙って聞いててくれた小毬さんとの声が重なった。
誤魔化すように、笑う。
小毬さんも微笑んでくれる。
「いいお父さんだったんだね〜」
「うん」
頷いて。
「母さんはね、そんな風に父さんと一緒に泥だらけになって帰ると、すごい怒るんだ。特に父さんにね。年甲斐も無いとかよく言ってた」
「あはは、そうなんだ〜」
「そう。でも、怒りながらでも必ず飲み物用意してくれるんだ。ホットミルクだったり、甘い紅茶だったり。で、いつも最後は仕方ないなぁって笑ってくれてた」
もう、いない両親。
無くしてしまった幸せ。
そう思うと、ちょっとだけ。
「・・・理樹君」
ふと、小毬さんにそっと手を握られて、びっくりして顔を上げた。
「・・・何?」
「ここ、私だけだから。泣いても大丈夫だよ?」
「・・・・・・泣きそうな顔、してた?」
「泣きそうっていうよりは・・・、泣きたそう、かな」
「あはは・・・、参ったな」
笑って話せる思い出にするには、ちょっと早かったのかもしれない。
でも、きっと聞いてほしかったんだ。
「幸せ、だったんだよね」
「・・・うん。絶対、幸せだった」
過去形にしなければいけない、幸せ。もう戻ってこない大切な思い出。
その幸せを思って、ほんの、ほんの少しだけ。
小毬さんは、そっと僕を抱きしめてくれて。
「ね、泣いていいよ・・・?」
「・・・うん、ちょっとだけ・・・ごめんね」
そのぬくもりの中で、僕は、泣いた。
「・・・目、赤くない?」
「うん、だいじょーぶ」
落ち着いたら落ち着いたで、かなり恥ずかしくて小毬さんをまともに見れなかった。
「ごめんね、情けないとこ見せちゃって」
「ううん、大丈夫だよ〜」
公園を後にして、そう言う僕に小毬さんはいつものように笑ってくれる。
「それにね、ちょっとだけ嬉しいんだ〜」
「・・・嬉しい?」
「うん〜」
小毬さんは笑って、それ以上は言わなかった。
ただ、ほんとに嬉しそうに僕の前を鼻歌交じりで歩いていく。
なら、それでいいのかな。
「ねぇ、小毬さん」
「なぁに?」
振り返った小毬さんに、僕は微笑んで、言っていなかった言葉を。
「・・・ありがと」
ちょっとだけきょとんとした顔をして、小毬さんはすぐに満面の笑顔を見せてくれた。
「どういたしまして、ですよ〜」
そんな彼女を見て。
生きるってことは失うってことだと、そう思うけど。
でも。
小毬さんと一緒なら、失う以上にいろんなもの見つけていけそうな気がする。
さっきよりも何割か増しで嬉しそうな小毬さんの背中を見守りながら。
そんな風にを、思うんだ。
そうだ。
今度、アルバムを取りに行こう。
そしたら、きっともっとたくさんの事思い出せる。
「理樹君、どうしたの?」
「ん?」
「何だかいいこと思いついたみたいな顔だったよ」
「よくわかるね」
というか、僕が表情に出しすぎてるのかな。
「うん、いつも見てるからね〜」
「・・・・・・」
恥ずかしくなった。言ってる意味わかってるのか小毬さんは。
「何思いついたの?」
下から覗き込むように見上げられて、僕は笑って。
何だか、今日の定番になってしまった言葉で、返す。
「秘密」
「うあああ、気になるー」
「あはは。そうだな・・・」
笑って、ちょっと考えて。
ううん、考えるまでも無い。言いたいこと、決まってた。
「今度、教えてあげるよ」
「今度?」
「うん、今度」
アルバムを取ってきたら。
一緒に見てほしいなって、そう思ったから、さ。
「じゃあ、楽しみにしてるね」
そう言って、小毬さんは笑ってくれた。