「・・・佳奈多さん」
「何よ?」
 机に向かって本を読んでいる佳奈多は、さっきから忙しなく動き回っているクドの呼びかけに、声だけで答えた。
「寒いのですっ」
 割と切実な叫びだった。
「・・・冬だものね」
 こちらはにべも無かった。
「部屋の中でもマントが手放せません〜」
 半泣きだった。
「暖房入っててもダメなの?」
 多少心動かされたようだった。
「ダメなのです・・・。足元からきゅーって冷えてくるのです。これは靴下3枚重ねてもダメなのですー」
 靴のサイズ1cm増しになりそうな寒さ対策だ。
「そんなに重ねたら靴履けないでしょう。というか、そんなに履いてるの?」
「はいー。更に毛糸のパンツなのですっ。それでもすっごい寒いのですー!!」
 クド、佳奈多の部屋でのやり取りである。
「そこまでして耐えられないって・・・」
「日本の冬は辛いのですー」
「他に何ができるって言うのよ?」
 佳奈多は諦めて読んでいた本を閉じると、少しでも体を温めようとしているのか、わふわふと動き回っているクドを見た。
「こたつです!」
「・・・こたつ?」
「はい! じゃぱにーず・とらんでぃしょなる・ぷれじゃーの名を持つこたつです!」
「多分、Japanese traditional Treasure、だと思うけど、言いたいこと。クドリャフカの言い方じゃ伝統的な快楽になるわよ」
「じゃ、じゃぱにーず・とらでぃしょなる・とれじゃー。お、おーけーです、わふー」
 こくこくと首を振る。
「大体何を言っているのよ。こたつなんて備品にあるわけがないし、買えるわけもないわ」
「わふー・・・。佳奈多さんはこたつ欲しくないのですか?」
「別に。というか、あれってそんなにいいものなの?」
「・・・? ひょっとして、佳奈多さん、こたつに入ったことないのですか?」
「無いわね」
 あっさりと頷く佳奈多。
「そ、それは大変なのです! こたつの暖かさは日本の国宝なのです! それを知らないのは人生の9割を捨ててるのと同じなのですー!」
「落ち着きなさい」
 寒さのせいか、リアクションがいちいち大げさなクドの頭を押さえつける。
「佳奈多さん!」
「今度は何よ?」
「家具部の倉庫を見に行きましょう!」
 クドはきらきらした目で佳奈多を見上げる。
「家具部さんならきっとあるはずです! なんといっても、わーるどわいどとれじゃーです!」
「・・・伝統の宝から国宝になって、さらに世界の宝・・・。どこまでランクアップさせるのよ」
「というわけで、行きましょう!」
「聞きなさいよ・・・。ああもう、仕方ないわねぇ」
 そんなこんなで、クドと佳奈多はこたつ探しに出かけるのだった。



「さ、更に寒いのですーーーーーーーーーーーーーーー!!」
「確かに、これはちょっと」
 もともと人の立ち入りが無い上に日の射さない場所なだけあって、寒さが尋常ではない。
 そんな家具部倉庫である。
「は、早く探し出しましょう、佳奈多さん!」
「無いかもしれないけど?」
「絶対あるはずです!」
 妙に気合の入っているクドの背中を見送って、佳奈多はため息。
 相当クドにとって切実らしい。
「ありました! ・・・普通のちゃぶ台でしたー!?」
 食器棚らしいものの後ろからそんな声が聞こえてくる。
「あー、もう。全く」
 お人よしになったものだ、と自分に苦笑しながら、佳奈多もため息混じりに家具を見て回る。
「しかし、結構出来がいいのね」
「春先に聞いた話ですと、退寮したときに要らなくなって寄付された家具もここに来るそうなのです」
「なるほどね。ということは、全部が全部部員の作品じゃないわけか」
 と、そこで重大な疑問にぶち当たった。
「・・・ねぇ、クドリャフカ」
「何でしょう?」
「普通の机と、こたつってどの辺が違うの?」
 そこが判らなければ探せない。
「・・・・・・そ、そこから説明ですかー!?」
「うるさいわね」
 大げさに驚かれてしまい、佳奈多はクドの頭に両手を沿え、
「わふー!? ぐりぐりはやめてください痛いのですー!!」
「だったらさっさと説明しなさい」
「は、恥ずかしいのを隠すにしても乱暴なのです・・・。わふー」
 クドはため息をつくと、
「見た目は机なのですが、脚と台の部分が別々になっているのです。4本足は骨格みたいなものでつながれてて、その上に台を置いて、机みたいになるのです」
「ふむ」
「それでですね、その骨格みたいなものの真ん中に、電気ストーブっぽいのがついてるのです」
 佳奈多は自分がさっきから触っている、妙な物体を見下ろした。
 足らしいもの、4つ。
 机かと思ったら穴だらけの台部分。
 そして、中心にある正体不明の機械のような物。ご丁寧にコードがついたままになっているから、多分機械だろう。
「・・・ねぇ、それってひょっとして、これ?」
「わふー!? それでしたー!!」



 天板も近くで見つかったので、そろって運び出す。
「でも、これで暖かくなるの?」
「はいです! その暖かさは至高です!」
「・・・これなら普通のヒーターでいい気がするけど」
 確かに机の下の、電気ストーブらしきものは、足を暖めるのには適していそうだが。
 エレベータで上に上がり、廊下へと運び出す。
「甘いですよ佳奈多さん! ちょろ甘って奴なのです!」
「意味わからないから」
「こたつぶとんというものとあわせて、これは最強になるのです!!」
「・・・で、そのこたつぶとんはどこよ?」
「・・・・・・・・・わ、忘れてましたー!!」
 頭を抱えそうになった。
 こたつを抱えているせいで両手は塞がっているが。
「・・・何やってるんだ?」
 振り返ると、鈴がいた。
「鈴さんー!」
「これ何だ?」
 鈴はクドと佳奈多が二人で持っている机を見て、首をかしげる。
「こたつなのです!」
「・・・!」
 クドの明快な答えに、鈴の顔が輝いた。
「ほんとか!?」
「はい!」
「使えるのか、これ!?」
「多分使えます! こたつぶとん探さないといけませんが!」
「わかった、そっちはあたしが探す! だからあたしにも入らせてくれ!」
「大歓迎なのですー!!」
 よくわからないコンビネーションが発生していた。
「・・・鈴さん、そんなにこたつっていいものなの?」
「・・・・・・かなたは何言ってるんだ?」
 佳奈多の問いかけの意味が判らなかったのか、鈴はクドに更に問いを回して、
「佳奈多さんはこたつを知らないのですよ」
「にゃにぃ!? かなた、それは勿体無いぞ、くちゃくちゃ勿体無い! いや、くちゃくちゃでも足りない。くっちゃめっちゃ勿体無い!!」
「・・・・・・ああ、うん、判ったから」
 なぜここまで言われるのだろう、と半ばげんなりする。
「そうだな、まずこまりちゃんに頼ろう。買いに行くにしてもあたしはそういう店知らないからな」
「鈴さん、お願いしますー」
「うん、任せろ!」
 そう言い残して、鈴はポニーテールをなびかせて、颯爽と走り去っていく。
「あ、こら、廊下は走らない!」
「大目に見ろかなたー!!」
 風紀委員時代の癖で鈴の背中に声をかけるが、そんな声がドップラー効果とともに届いた。
「・・・これの何があそこまで人を変えるのよ」
「佳奈多さんも一度知れば病みつきですよ」
「何それ。麻薬か何か?」
「わふ、言いえて妙かもしれません」
「・・・・・・」
 もはや、ため息しか出なかった。



「到着なのですー!」
「・・・はぁ。目が痛かったわ」
 えらくはしゃいだクドと、げんなりした佳奈多が机を運んでいる姿。
 他の生徒にはなかなかシュールなものに映ったようだ。
「あ、メールが届いてます」
 クドはおきっぱなしにしていた携帯の着信に気づいて、メールを開いた。
「すごいのです、鈴さんと小毬さん、早速買いに行かれたみたいのなのです!」
「ああそう」
 半ばがっくりとしながら、佳奈多は自分のベッドに突っ伏した。
「さてさて、うごくのでしょーか?」
 クドはわくわくが抑えられないようすで、コードをコンセントに繋ぎ、スイッチを入れる。
 立てて置いてあるこたつの中央が、やがて赤く光りだして。
「動きましたー!!」
「ああそう、よかったわね」
「さぁ、では次の段階なのですー!」
「まだ次があるの?」
 クドは両拳を胸の前で固めると、
「はい! こたつといえばみかんですよ佳奈多さん! みかんを買いに行きましょう!」
「・・・・・・意味がわからないわ」
 とはいえ、結局身を起こすあたり、佳奈多も付き合いがいいというか。
「れっつごー! なのです!」
「あーもう、まったく」
 しかし、正直なところを言うと。
 クドや鈴をしてここまで行動させるこたつとやらが、少し楽しみなのも事実ではあった。



「みかんにー、お茶葉♪」
 買い物袋を手に、クドははしゃいで踊りそうな勢いだ。
「・・・ねぇ、クドリャフカ。みかんが大事なのはわかったけど、網入りのを10袋っておかしくない?」
 両手にずっしりと来る買い物袋を見て、佳奈多ため息。
 しかも網ひとつ当たり10個だから、計100個。
「食べきれずに腐るわよ、これ・・・」
「佳奈多さん。その言葉、絶対後悔するのです」
「・・・なんでよ?」
「毎日4人で2個食べたとしまして、10日で80個です! 二週間もすれば無くなります!」
「そんな無茶な計算があるものですか」
「いーえ、佳奈多さんはこの魔力を知らないから言えるのです! 実際はきっと、もっと早くなくなると思います!」
「・・・どうしてそこまで断言できるのよ」
「それが魔力だからです!」
「・・・・・・あ、そ」
 もはや言及する気力を失った。
 がっくりと妙に疲れ果てながら、佳奈多はため息をついた。
「ところで、クドリャフカ」
「何でしょう?」
「流されるままに買っちゃったけど、私柑橘系ダメなの、覚えてる?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 沈黙が帰ってきた。呆然とした顔をしている。
「忘れてたのね」
「すいません・・・」
 クドはとてつもなく申し訳なさそうな顔をすると、
「でしたら、せめて秘蔵のお茶菓子を用意します!」
「そんなのあるの?」
「個人的にはみかんには及ばないのですが・・・。おせんべいも中々ですよ」
「ふぅん」
 気の無い返事を返す佳奈多である。
「あ、くーちゃーん、かなちゃーん!」
「クド、かなた!」
 と、後ろから聞こえてくる声。
「・・・小毬さんに鈴さんね」
「こまりさーん、りんさーん!!」
 クドが声を上げて答える。両手は買い物袋で塞がってるせいで、手は振れない。
 見ると、大きな袋を鈴と小毬で片方ずつ持って歩いている。
「くーちゃん見て見て、こたつ布団げっとだよー!」
「ちょっと高かったけどな」
「ありがとうございますー! 御代は後で私達もお払いしますー」
「・・・私も払うことになってるのね」
 もうこの理不尽っぽい成り行きについていけそうも無い。
「クド達はみかんか。さすがだ」
「はい! こたつにみかんは必需品です!」
 鈴とクドが妙に連帯している。
「かなちゃん重そうだね。少し持つよ〜」
「・・・ええ、お願いするわ。10個入りの袋を10個買ったから・・・。まったく、クドリャフカは買いすぎよ」
「うーん・・・。100個かぁ。1週間で無くなっちゃうかも知れないねぇ」
「って、小毬さんまでそう言うの? しかもクドリャフカが言うより期限短いし」
「ふぇ? だって、かなちゃんとこにこたつがあるって知ったら、皆絶対入りにくるよ?」
 当たり前のように言う小毬に、佳奈多沈黙。
 どうやら自分の常識は当てはまらない物だと、ようやく認識する。
「・・・やっぱり麻薬なのかしら?」
「うーん・・・」
 小毬は困ったように笑うが、決して否定はしなかった。



「さぁ、完成なのです!」
「わー、ぱちぱちぱちー!」
 セッティング完了。
 決して広くは無い寮の部屋の真ん中に、ずん、と置かれた場違いな和風世界。
「・・・・・・なんて違和感のある光景」
 佳奈多はため息をついて、とりあえず読みかけの本を手にとる。
 これで少しは静かになるだろう。
 他の三人は早速こたつに潜り込んでいるし。
「やっぱり付けたばっかりだと冷たいねぇ」
「それはどんな暖房器具も同じなのです。最初は我慢しましょう」
「そうだな」
 蚊帳の外っぽい。
 とりあえず、本を読むことにする。
 5分経ち、10分経ち。
「ほわぁ〜・・・」
「わふ〜・・・」
 えらくまったりした声が聞こえてきた。
 肩越しに振り返る。
「・・・・・・何この光景」
 クドと小毬は糸目になって気持ちよさそうに突っ伏しているし、鈴に至っては横になってうにゃうにゃ言い出している。
「あ、暖かくなったら佳奈多さんも呼ぶつもりでしたのに、すいませんー」
「・・・いいけど」
 クドが我に返ったように顔を上げた。
「うん、あれですよ、入っちゃいなよ、ゆー」
 思わず、唾を飲み込んだ。
 四辺の最後のひとつに腰を下ろし、足を滑り込ませ。
「・・・・・・!?」
 別世界だった。いろんな意味で。
「・・・わふ〜」
「ほわ〜」
「うにゃ〜」
 ・・・年少組がそろってまったりしている気持ちが理解できてしまった。
 それはもう、徹底的に。
「・・・・・・こ、これは、不味いわ」
 本当に、心底、不味いと思った。
 出られないかもしれない。
「佳奈多さん佳奈多さん」
「・・・何?」
「最高ですよね〜?」
「・・・・・・・・・ええ、そうね」
 悪態の吐きようが無いくらいだった。
「はい、かなちゃんみかん・・・、ってみかん駄目なんだっけ」
「ええ・・・。今なんだか物凄く勿体無い気分だわ」
「では、お茶とおせんべい持ってきますねー」
 こたつから這い出ていくクド。
「わふー! 寒いですー!! 急ぐですー!!」
 パタパタと自分の戸棚に駆け寄って行く姿を見送って、佳奈多は微笑した。
 小毬はというと、もはやたれ猫と化している鈴を覗き込んで、
「鈴ちゃん、みかんいる〜?」
「いる〜」
 あの鈴が声間延びしているし。
 半ば信じられないながら、非常に納得もして、
「はい、皆さんお茶とおせんべいですー」
「わ〜、ありがとー、くーちゃん!」
「ありがと」
 早速お茶を一口飲んで、ほっと一息。
「・・・クドリャフカ」
「はい?」
「・・・理解したわ。こたつの魔力っていうのを」
「それはよかったですー。うぇるかむ、ざ、ぱーふぇくとわーるど〜」
 クド謹製の緑茶に癒されつつ、佳奈多はふっと思う。
 葉留佳はこれを知っているのだろうか。
 あの子も自分と似たり寄ったりであまりこういうのに接する機会は無かっただろうし。
 知らないなら語ってやろう、と心に誓う。
 そして絶対つれてきてやろう。
「ふぁ」
「ほわ、あくび」
「仕方ないじゃない・・・、これは、やばい・・・わ・・・」
 そのまま、佳奈多は台に突っ伏して動かなくなる。
 すーすーと寝息も立てだして。
 クドと小毬は思わず顔を見合わせて、笑ってしまった。
「何かかけておいて上げないと風邪引いちゃうね」
「私のマントをかけてあげましょー」



 翌日。
「・・・こたつ? そういえば、入ったこと無いわね」
「私も無いなぁ」
 そんなことを言ったあやと葉留佳に対して、
「それは勿体無いわ二人とも! 鈴さん風に言うならくちゃくちゃ、いえ、くっちゃめっちゃ勿体無いくらいよ!」
「うわ、佳奈多が壊れた!?」
「おねーちゃん、しっかりしておねーちゃん!」
「二人ともそこに直りなさい!」
 えらい勢いで語りだした佳奈多が2−Aで見られたとか見られなかったとか。







※11/14 19:50一部改定

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