ここではないどこかの世界のとある国のお話です。
 その国は、一人の王子様が治めていました。
 王様とお妃様はご不幸があって既に亡く、王子様が頑張っていたのです。
 そんな健気な王子様でしたが、ある日、彼にもまた不幸が襲い掛かってしまいました。
 それは、そんな王子様と、それを助けようとする一人の魔法使いさんのお話です。



「・・・相変わらず派手にするなぁ・・・」
 王子様こと、理樹君は派手に飾り付けられた広間を見回して、呆れた声を上げました。
「馬鹿を言え。こういうことは派手にしてこそだろうが」
 こちらは隣国の王子様、理樹君の親友たる恭介さん。
 理樹君はため息をついて、その隣のお姫様に声をかけました。
「鈴もごめんね、こんなことに付き合わせちゃって」
「気にしてない」
 お姫様、鈴ちゃんはあっさりと応えます。
「それより、誕生日おめでとうだ」
「あはは・・・、正確にはまだなんだけど」
 そうなのです。王子様はもうすぐお誕生日を迎えられます。
 成人として認められるまで、あと一年となる年になるのです。
「うちの兄貴もさっさと戴冠式しろと言っているのに」
「こらこら、こう言う時くらい兄上かお兄様くらい言えっての」
「死んでも嫌じゃ」
 恭介さんと鈴ちゃんはこんなご兄妹ですが、実は大変仲のいいお二人です。
 理樹君はそんなお二人と、飾り付けに頑張っている城内の皆さんを見て、今年もきっといいお誕生日になるのだろうな、と思っていました。
 ですが。
「ほほう、王子殿下はお誕生日であられるか」
 唐突にそんな声が響き渡りました。
「何者だ!」
 近衛隊の謙吾さんが素早く身構えます。
「出てきやがれ!」
 同じく近衛隊の真人君も理樹君を守るように。
「はっはっは、ではご要望にお答えして姿を見せようか」
 そうして姿を見せたのは。
「お、お前は、北の魔女、来ヶ谷唯湖!」
「ええ!?」
 恭介さんと理樹君が驚いて、身構えました。
「そう警戒しなくても良いだろう。私はただ王子にプレゼントを持ってきただけだ」
 来ヶ谷さんはにんまりと笑うと、持っていた杖を掲げあげます。
「王子殿、私は常々思っていた。貴女をあるべき姿に戻して差し上げたいと」
「あ、あるべき姿?」
「そう。つまり、こういうことだ!」
 そう言って、来ヶ谷さんは杖を一振り。
 すると何ということでしょう。王子様が真っ白な光に包まれてしまったのです。
「うわああああああああ!?」
「理樹!?」
 鈴ちゃんが悲鳴を上げます。
「理樹に何すんじゃこらああああああ!!」
 そして鈴ちゃんはお姫様であるにも関わらず、すばらしいキックを来ヶ谷さんに放ちました。
 ですが、それより早く魔女さんは姿を消してしまったのです。
「はっはっは、君はやはりその姿こそがあるべき姿だよ、王子様。いや、王女さま、と言うべきかな?」
「な、何?」
 残された声の意味を図りかねて、恭介さんは光の解けた理樹君に駆け寄ります。
「・・・・・・お、おい理樹?」
「・・・・・・・・・・・・うそ」
 王子様は呆然と自分の体を見下ろしました。
 そこには間違いなく、一人の女の子の体がありました。
「う、うわあああああ!?!?」
 そうなのです。
 王子様は魔女さんの呪いを受けて、女の子にされてしまったのでした。
「ど、どうしよう、恭介!」
「!?」
 潤んだ目で見上げられて、恭介さんはたじろぎます。
「う、うおおおおおおおおおお!!」
 そして何故か、壁に頭をぶつけ始めてしまいました。
「違う違う俺は断じてそんなことを思っていない違うんだ俺は普通だ間違ってなんか無いいいいいいいいいいいいい!!!」
「・・・きょ、恭介?」
 恭介さんは突如錯乱してしまいました。
 理樹君はあまりのことに、呆然としてしまいます。
 しばらくしてから、頭から血を流しながら、恭介さんは爽やかな笑顔で理樹君に声をかけました。
「理樹」
「な、何、恭介?」
「結婚してくれ」
「死ねええええええええええ!!!」
 鈴ちゃんのすばらしいキックが、今度は恭介さんに向けられました。
「ぐはあああああああああ!?!?」
 そして、恭介さんはお城の窓を割って、外に吹き飛ばされてしまいました。
「・・・・・・り、鈴、ありがと」
 自分を守ってくれたらしい幼馴染のお姫様に、理樹君は戸惑いながら笑顔でお礼を言いました。
 ですが、鈴ちゃんも少しそれに赤くなってしまいます。
「・・・理樹、お前、あたしより綺麗だぞ?」
「・・・えー」
 何か大切な物を失った気分になった王子様でありました。



 そんな事件がありまして。
 お城のお抱えの魔法使い、美魚さんは理樹君を見て、こうおっしゃいました。
「これはいけます」
「違うでしょ」
 理樹君に言われて、美魚さんは咳払いをひとつ。
 それから、改めておっしゃいました。
「これは大変な呪いです。解除できるとしたら、来ヶ谷さんを捕まえて解かせるしかありません」
「そんなの無理じゃないか!」
 理樹君は悲鳴を上げてしまいます。
「ええ、無理です。ですから殿下はもうそのままお姫様として余生を」
「真面目に話してるんですけどね、僕は」
「・・・失礼しました。ですがこれで私の野望、恭介×理樹が達成できると思うと残念で・・・」
「美鳥、君のお姉さんちょっと処理してくれない?」
「おっけー」
 美魚さんは妹の美鳥さんに引っ張られて、隔離部屋に放り込まれてしまいました。
 美鳥さんも美魚さんに劣らない立派な魔法使いさんです。
 理樹君ははじめから美鳥さんに相談すればよかった、とため息をつきました。
「美鳥、どうすればいいかな?」
「うーん、妥当なとことしては、やっぱり討伐隊を派遣するとかじゃない?」
「その役目!」
「俺が貰ったああああああ!!!」
 唐突に割り込んだのは、近衛隊のお二人です。
「真人、謙吾・・・」
 頼れる親友たちの行動に、理樹君はちょっと感動です。
「理樹、俺がお前を助けてやる」
「いいや謙吾! それは俺の役目だぜ!」
「え、えっと、じゃあ二人にお願いするから」
「ああ、任せろ!」
「任せとけ!」
 お二人は大きな体をさらに胸を張って大きく見せて、それから、
「だから理樹、今のお前は女なんだから」
「・・・?」
「こう、祝福のキスなんかくれるともっとがんばれ」
「秘技・幻影奇襲!!」
 哀れ謙吾さんは、王子様自らの手によってお星様にされてしまいました。
「真人はこんなこと言わないよね?」
「あ、当たり前じゃねぇか。よし、早速行ってくるぜ!」
 真人君は青い顔で出て行きました。
「・・・実は僕が行ったほうが早い気がしてきた」
「あ、自分で言うんだ、それ」



 数日後、真人君が帰ってきました。
「真人・・・、だめだった?」
「よう理樹・・・、俺はもう駄目だ。これからはガスタンゴ真人として、下町の隅っこでゴミ箱漁って生きていくぜ。そんな俺を見かけたら、『よう、ガスタンゴ』って気さくに声をかけてくれよな・・・」
 真人君は何があったのか、人間のクズレベルにまで貶められて帰ってきました。
 これならお星様にされたほうがよかったかもしれません。
「・・・えっと・・・」
「それじゃー、そうだねー」
 美鳥さんは次の候補者を募集してみました。
 すぐに名乗りを上げたのは。
「私が行くのですー!」
 東方からやってきたという、クドリャフカという女の子でした。
 実はこのクドという子、王子様を一目見たときから大好きになってしまっていたのです。
 王子様を助ければ、王子様のお嫁さんになることも夢ではないかもしれません。
 そんな打算もあるのかないのか、クドちゃんはお供のヴェルカ、ストレルカと共に北の魔女さんを懲らしめに行きました。
 野を超え谷超え山を超え、魔女さんの下に辿り着いたクドちゃんを迎えたのは。
「はっはっは、何と言う私好みのロリっ子だ! 思いっきり愛でてやるから覚悟するがいい!」
「わ、わふーーーーーー!!」
 可愛い女の子が大好きな来ヶ谷さんの、文字通りの魔の手であったりしたのでした。
 その後ふらふらになって帰ってきたクドちゃんは、王子様に泣きついて。
「汚されてしまいましたああああああああああああ!!」
 と泣き出してしまいました。
「な、何があったの?」
「ほっぺたむにむにとされたり、お尻触られたり胸撫でられたりされました・・・」
「なんというセクハラ魔女・・・」
 とりあえず、大事な貞操は何事も無かったようなので一安心です。
「・・・でも、胸、揉まれるんじゃなくて、撫でられたの?」
「・・・どーせ揉まれるほど無いのですーひんぬーは文化なのですきしょーかちなのですぶつぶつぶつー」
 触れてはいけないところに触れてしまったようです。
 クドちゃんは暗黒回帰されてしまわれました。
 次に美鳥さんが打ち立てたのは、葉留佳さんです。
「よーし、はるちんに任せなさいー!」
 ですが、勢い込んで出かけたものの、葉留佳さんからは一向に便りが帰ってきません。
 王子様の呪いも解けないまま、日々だけが過ぎてしまいます。
 そこで、葉留佳さんの双子の姉である佳奈多さんが、探しに出かけることにしました。
 佳奈多さんは来ヶ谷さんのアジトまで辿り着くと、そこにはなんと。
「あ、おねーちゃん、よーこそー!」
 何故か来ヶ谷さんの手先になってしまった葉留佳さんがいらっしゃいました。
「あなた、何してるの?」
「え? いやー、こっちのほうが楽しそうだな、と」
「か・え・る・わ・よ!!」
「痛い痛い痛い耳引っ張るのや〜め〜て〜〜〜!!」
「何だ、もう帰るのか? もう少し遊んでいけば良いものを」
「あ、姉御〜、また今度遊びに来ます〜」
 魔女さんに見送られて、お二人は帰るのでした。



 一方、理樹君は実は結構切羽詰ってきてたりしたのです。
「殿下、お召し変えのお時間でございますわ」
「・・・いや、その見るからに女物の服はいらないからね」
「えー、似合いそうじゃない? ほら、こっちもきっと似合うわよ、理樹ちゃん!」
「ちゃんとか呼ばないでよ!」
 錯乱した親友たちの変わりに世話役についたお二人、佐々美さんとあやさん。
 ですが、このお二人もいろんな意味で問題があったりしたのでした。
「二人とも、僕は今呪いを受けて女の子にされてるって覚えてる?」
「覚えてますわよ?」
「覚えてるけど・・・。ぶっちゃけ、そのままでも不都合無いんじゃない?」
「大有りだよ!!」
 悲鳴を上げてしまう王子様ですが、世話役のお二人はものすごく意外そうな顔をされました。
「え、どの辺に?」
「そうですわ・・・。女の子として完璧なスタイルもお持ちなのに・・・。それを自ら捨てると? 無いものへの冒涜ですわね殿下!?」
「逆ギレ!?」
 何故か佐々美さんに詰め寄られてしまいました。
「それにほら、女の子になったからって失うもの無いじゃない?」
「既に親友を約三人ほど失ったよ」
 何気にカウントされてしまった真人君に合掌。
 こんな周囲の扱いに業を煮やしてしまった王子様。
「くっ、みんな真面目に僕を元に戻す気無いよね・・・。やっぱり自分で行くしかないな」
 自ら旅支度を整え、お城を抜け出そうとされたのです。
「お待ちください、殿下」
「あ、古式さん」
 そんな彼を呼び止めたのは、城下の神殿に仕える巫女のみゆきさんでした。
「魔女を懲らしめに行かれるのですか? お止めになられたほうがよろしいです」
「どうして!?」
「魔女には魔法しか通用しません。殿下は恐れながら、魔法をお使いになれないはずです」
「・・・そ、そうだったの!? ・・・というか、それを真人とかクドとか葉留佳さんは知ってたの?」
「・・・さぁ?」
 気にしたら負けですよ、とばかりに、みゆきさんは肩をすくめてしまいました。
 王子様、頭を抱えてしまわれます。
「じゃあどうしろっていうのさ・・・」
「南の魔法使いさんを頼られるのがよろしいです」
「魔法使い?」
「はい。南も悪い魔女がいたのですが、やってきた女の子の魔法使いがその魔女を懲らしめて、今は彼女が南に住んでいるのです」
「・・・何で王子の僕も知らない話がぴょんぴょん出てくるのか」
「RPGでは基本です」
 神仏に仕える人からあるまじき単語が聞こえた気がしましたが、王子様は聞かなかったことにしました。
「それじゃ、南に行ってみるよ」
「はい。お気をつけて」



 そうして理樹君は一路南へと旅立ちました。
 野を超え谷超え山を超え、辿り着いたのは。
「お菓子の家・・・・・・?」
 なのでした。
 近くの村の子供たちが遊びに来ていて、それはそれは、とてもメルヘンな場所でした。
「あ、お客さんですかー?」
「えっと、僕はその、ここに住んでる魔法使いさんを尋ねに」
 その中心で子供たちと遊んでいた、可愛らしい女の子に声をかけられて、王子様はちょっとびっくりしました。
「ほわ、私ですか?」
「え、君?」
「はいー。あ、私、小毬といいますー」
「あ、僕は理樹です」
「理樹ちゃんですかー。いいお名前ですね〜」
「・・・・・・いや、あの、僕こんな姿だけど、ほんとは男・・・」
 小毬ちゃんは完全に理樹君を女の子だと思い込んでしまいました。
 理樹君は必死で本当のことを説明します。
「ほわ、つまり、呪いを受けてしまって、男の子だけど、今は女の子にされちゃってる?」
「はい、そのとおりです」
 ようやく納得してもらえたときには、日が暮れてしまっていました。
「理樹ちゃん大変なんだね〜・・・」
 いつの間にか敬語まで取れてるし。
「いや、だからちゃん付けは」
「ふぇ? でも今は女の子だから、理樹ちゃんだよ?」
「・・・もーいーです・・・」
 さすがの理樹君も説得を諦めてしまいました。
「でもゆいちゃんもちょっと酷いなぁ。確かに可愛いけど」
 理樹君は、とりあえず可愛いは聞き流して、気になる単語を聞いてみます。
「ゆいちゃん?」
「うん。北の魔女のゆいちゃんは、私と同じお師匠様のところで修行したお友達なのです」
「・・・あー、それでゆいちゃん、ね」
 実はこの子、とっても強いのではないかと思った王子様でした。
「それじゃあ、私がゆいちゃんを懲らしめに行ってくるよ」
「えーっと、いいの?」
「うん〜。だから理樹ちゃんはここでのんびりまっててください」
「んー、いや、やっぱりアジトまでは一緒に行くよ。何か不安だから」
 さすが一国を治めてきた王子様です。
 この子が持ち合わせている大変な落とし穴をなんとなく見抜いてしまいました。
 その落とし穴とは。
「がーん・・・、不安なのか・・・。ようしっ」
 小毬ちゃんはそんな言葉で自分に気合を入れると、お家の外へと出て行こうとします。
「どこ行くの?」
「え? これから早速出発ですよー?」
「小毬さん、もう夜。それに準備とかしてないでしょ」
「ほわ!? そ、そーだった!」
 その落とし穴とは、実は大変そそっかしい子だったということなのでした。



 一人旅が二人旅になり、野を超え山超え谷を超え。
「とーちゃーく!」
「えーっと、なんとなく歩いちゃったけど、テレポートとかできないの?」
「ふぇ? ・・・・・・わ、わすれてた〜」
「えー」
 どんどん不安になりながら、小毬ちゃんに頼るしかない理樹君は、もう神様に祈るしかありません。
「あの、無理しないで良いからね・・・?」
「だいじょーぶだよー」
 小毬ちゃんは大胆不敵に、来ヶ谷さんのアジトに真正面から乗り込んでいきました。
 不安すぎて、理樹君も続いていきます。
「ゆーいちゃーん、こんにちはー」
「ええええ」
 さらに堂々と挨拶までしてしまいました。
「いや、普通来るわけ無いと」
「む、誰かと思えばコマリマックスではないか。王子殿と一緒に来るとは」
「えー!?」
 さすが来ヶ谷さん、予想の斜め上をかっとんで出迎えに現れてくれました。
「ゆいちゃん、理樹ちゃんを元に戻してあげて〜」
「いや、だからゆいちゃんはやめろと・・・」
 何と意外なことに、来ヶ谷さんの表情が酷く苦しそうになりました。
「残念だがコマリマックス。私は自分のしたことが間違いだったなどとはこれっぽっちも思っていない」
「ふぇ?」
「その証拠に、見ろ」
 来ヶ谷さんは杖で理樹君を指し示しました。
「・・・ああ、やはり可愛い」
「うん、可愛いねー」
「いやそこ同意しないで」
「というわけで、私としてはこのまま理樹君を拉致ってここで愛でて過ごしたいのだが」
「だめだよー? 理樹ちゃん嫌がってるし」
「だが可愛いだろう?」
「うん、可愛いね」
「というわけで、私としてはこのまま理樹君を拉致って」
「だめだよー?」
「だが可愛いだろう?」
「うん」
「無限ループしないでよ!!」
 延々に続きそうなやり取りを、理樹君がかろうじて止めました。
「む。では仕方ない。コマリマックス、私を止めたければ実力で止めたまえ」
「むぅ、仕方ありませんっ。私の魔法でゆいちゃんを懲らしめちゃいますっ」
 そして魔女さんと魔法使いの女の子の戦いが始まったのです。
「では行くぞ、コマリマックス。力の違いを見せてやろう」
 来ヶ谷さんが杖を掲げると、ものすごい光が集まってきました。
「ほわ!?」
「イン○ィグネイト・ジャッ○メント!!」
「わあああああ!?」
 あたり一面消し炭になってしまいました。
「ゆ、ゆいちゃんいきなり酷いよー・・・」
「とか言いながら、平然と防ぐ君も凄いと思う・・・」
 小毬ちゃんはオレンジ色の八角形の壁を作って防御していました。
「ふむ、なかなかやるな」
「次は私の番だよー! ルフーワ・ブルー!!」
 青いたくさんの光が来ヶ谷さんに降り注ぎます。
「ほう、腕を上げたじゃないか。だが甘いな」
 ですが、来ヶ谷さんは瞬間移動でそれを避けてしまいました。
「むむ、やりますねっ」
「うむ、当然だ」
 小毬ちゃんは真剣な顔になって、次の魔法を唱えます。
「今度はこれだよっ、リコーン・ガント!!」
「甘い甘い、甘いぞコマリマックス! メ○ドラオンだ!!」
「うわああああ!?」
「ほぁああ! り、理樹ちゃん巻き込んじゃうような魔法は禁止ー!!」
「大丈夫だ、死にはしない」
「普通に死ぬかと思ったよ!?」
 とりあえず、理樹君は退避しました。
 そんな彼の視線の先で、小毬ちゃんと来ヶ谷さんは魔法をたくさんぶつけ合います。
 光が凄い勢いで点滅しています。
「・・・め、目がちかちかしてきた」
 理樹君は気分が悪くなって、ちょっと休むことにしました。
 そんなポケモン現象に気づかないまま、来ヶ谷さんはまた凄い魔法を唱え始めました。
「ゆ、ゆいちゃんそれは!?」
「うむ、聖書にあるソドムとゴモラを滅ぼした天の火だよ」
「そ、そんなの使うのー!?」
「駄目か?」
「駄目だよ! 私たち無事でも地形変わっちゃうよ!?」
「硬いことを言うな、コマリマックス。私はそもそも束縛されるのが大嫌いだしな。というわけで、打つぞ」
「ぁぅ・・・、わ、私も覚悟を決めないと駄目かぁ・・・。あの魔法だけは絶対に使いたくなかったんだけど」
「む。何か奥の手があるのかね? だったらそれを見せてもらおう。それまでこれを使うのは待ってやる」
 あくまでも余裕一杯の来ヶ谷さんです。
 小毬ちゃんはすっごく悩みながら、魔法を使い始めました。
「人を幸せにする魔法に力を持たせるには、人を不幸にする魔法も知らないといけない。お師匠様はそう言いました。教わったとき、怖くて眠れなかった・・・」
「む・・・。ま、まさか、それはあの魔法か!?」
「うん。ゆいちゃんがこの魔法だけは継承したくないって言ってどっか行っちゃった時の、あの魔法」
「馬鹿な・・・、何故君がそれを継承しているのだ・・・!?」
「深い深い事情があるんだよ・・・。というわけで、ゆいちゃん覚悟!」
「ま、待てコマリマックス! 私の負けでいいからそれを向けるのだけは止めろ!」
「いっくよー! ミスティックジャムー!!」
 静止に関わらず、オレンジ色のどろっとした何かが、来ヶ谷さんに襲い掛かってしまいました。
 それが消えると、突っ伏してしまった来ヶ谷さんがいました。
「ゆいちゃん・・・、大丈夫?」
「う、うむ・・・。さすがの威力だ・・・、究極の謎ジャム魔法・・・!」
「うん・・・。私も使うのもう嫌・・・」
 二人してげんなりです。
「とりあえずゆいちゃん、理樹ちゃんの呪いを解いてあげてください」
「む。実はそれなのだがな」
「ふぇ?」
 気分が元に戻った理樹君も、近寄ってきます。
「あの魔法は偶然発見したもので、研究もまだまだこれからのものだったりするのだ」
「えーと、あの、来ヶ谷さん、それってつまり?」
「うむ、元に戻す魔法は今のところ、無い」
 全く詫びれた気配も無く、堂々と来ヶ谷さんは言い切ってしまいました。
「・・・お、同じ魔法かけるとどうなるの?」
 小毬ちゃんは一縷の望みをかけて、尋ねてみます。
 ですが。
「実験用ラットに二回目を試したところ、カエルになった」
「・・・・・・え?」
「もう一回かけたらヘビになって、そのあとナメクジになって、またカエルに戻った」
 もう理樹君は天を仰ぐしかできません。
「え、えーっと、だ、だいじょーぶだよ、理樹ちゃん! きっと男の子に戻れる魔法も見つかるよ!」
 小毬ちゃんは必死で理樹君を慰めようとしますが、
「・・・どれくらいで?」
「え、えーっと・・・。半年以上かかるかもー・・・。ご、ごめんなさはいぃ〜・・・」
 小毬ちゃんが悪いわけでもないのに謝ってしまいました。
「まぁ、その間はゆっくり女の子の生理でも楽しむといい」
「楽しめるわけ無いでしょ!? というか、来ヶ谷さんが一番反省してないよね!?」
「うむ、私は自省はするが反省はしない」
「意味わかんないよ!!」
 と、そこでふと理樹君は首をひねりました。
「・・・普通、そんな実験段階の魔法って人に使うの?」
「ほう、気づいたか」
「ふぇ?」
 何だかよくわかっていない小毬ちゃんですが、理樹君は唐突に組みあがっていく推理に戦慄しました。
「そうだ、そもそもおかしいんだ。何で同じ魔法使いのあの人がここについて来てくれなかったのか・・・!」
「ふふ、気づいてしまわれましたね、殿下」
 唐突に現れたのは、美魚さんです。
「男の子を女の子にする魔法を見つけた、と来ヶ谷さんに聞き、では是非殿下にかけて欲しいと頼んだのは、そう、この私です」
 もったいぶって言う美魚さんに、理樹君はつかつかと歩み寄ると、
「てい」
「あいた」
 拳骨を見舞いました。
「酷いです。これから野望とかいろいろ沢山語るところなのに」
「聞かなくても判るからいらない」
 涙目でうずくまる美魚さんでありました。




























「というところで目が覚めた」
「いや何その夢」
 元旦の食堂で、唯湖と遭遇した理樹はあまりの変な夢っぷりにそれ以上の言葉が出ない。
「うむ。年越しを君たちと過ごしてから眠ったから、一応これが初夢となるのだろうか」
「え」
「初夢とは現実になるものらしいな。というか、現実にしたくて仕方が無い」
「あの、来ヶ谷さん?」
「というわけで、理樹君。レッツ女装ターイム、だ」
「全力で拒否いいいいいいいいいいい!!」
「む、逃すか!」
「って、うわ!?」
「ほわ!?」
 食堂から飛び出そうとした理樹は丁度今入ってきた小毬とぶつかりそうになってしまう。
「ご、ごめん、小毬さん!」
「う、ううん・・・。理樹君何かあったの?」
「いやその・・・。・・・・・・・・・小毬さん、その瓶、何?」
「あ、これはねー」
 そこで唯湖が追いついてきた。
「ほう、こんなにあっさり待っているとは。観念した・・・・・・・・・か」
 唯湖もまた、小毬が持っている瓶に凍りついた。
「とっても美味しいお勧め品ですってオークションに出てたんだよー。今朝届いたんだー」
「が、元旦なのに随分がんばる配達屋さんだね」
「よかったら一緒にどーですか?」
 瓶の中身はオレンジ色のジャムのようだった。
「・・・・・・なぁ、理樹君。私の初夢は、これだったのか・・・・・・?」
「・・・・・・何でか僕も巻き込まれてるっぽいんだけど」
 何も知らない小毬だけが、無邪気に首を傾げるのだった。






おわれ

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