それは、バトルランキングの歴史始まって以来の、悪夢的な戦いだった。
 いや、当事者として言うのならば、だけど。
 攻撃した側も、された側も、今を持ってあの件には触れられない。
 そんな、悪夢的な戦いを、今回僕は敢えて語ろうと思う。
 ・・・というか、語ればいい加減落ち着くかな、と。
 落ち着かせて、お願い。
 その日は、何か確かにいろいろおかしかったんだ。
 昼休みのバトルであの彼女が来ヶ谷さん、あやさん、鈴と女子3強を下して、3位に躍り出たってこととか。
 恭介が妙に来ヶ谷さんの動向を気にしてたとか。
 真人と謙吾が無駄に張り合ってたとか・・・は、普通か。
 でも、その時はたまにそういうこともあるんだな、くらいにしか思ってなかった。




    以下、再現VTR





 放課後、暫定王者として挑戦者を迎え撃つ立場にある理樹は、なんとなく予想しながら、教室を出た。
「理樹君〜」
 にっこりと笑って、小毬が理樹に声をかけてくる。
「小毬さん。ランキング3位おめでと」
「えへへ〜、なんだか今日は調子いいよ〜」
「そうみたいだね。それで、どうする?」
「うん、せっかくだから、1位の理樹君にちゃれんじっ、ですよ〜」
 理樹は頷いて、メールを入れる。これから小毬さんと戦う、と。
 小毬も気合を入れてるのか、準備運動らしいことをしている。
 程なくして、恭介があまり気乗りのしなさそうな顔やってきて、理樹に声をかける。
「・・・いいんだな?」
「え、何が?」
「いや・・・。何つーか・・・」
「挑まれたら断れないんでしょ?」
「ああ、まぁ、そうなんだが・・・」
 歯切れの悪い恭介。その視線の先には、何故か妄想している顔の唯湖がいた。
「・・・・・・来ヶ谷さんが何かする、とか?」
「いや、確証はねーんだけど・・・。何つーか、その・・・」
「何を話しているんだね、恭介氏」
 さっきまでギャラリーの中にいたはずの唯湖が、いつの間にか恭介の背後にいた。
「げ!? いや、何でもない・・・! 理樹、その、死ぬなよ!」
「ええ!? 何その不吉な応援!?」
 恭介が離れるのと入れ替わりで、今度はあやが。
「・・・理樹君。不甲斐ない私を許して!」
「は?」
「私は何も手伝えない。この戦いは、あなたがあなたの力だけで切り抜けて・・・。死なないでね、理樹君!」
 そう言って走り去るあやの背中に、理樹は思わず悲鳴じみた声をかける。
「ちょ! いや、何!? 何が起こるの!? ねぇ、あやさん!?」
 理樹がパニックに陥りそうになっている間に、ギャラリーが大体揃ってきた。
「神北が直枝に挑むのか」
「今日の神北さんは調子いいわよね」
「あの宮沢や朱鷺戸の挑戦を跳ね除け続けてる直枝に、今日絶好調の神北がどこまで食い下がれるか・・・、見ものだな」
 ギャラリーの間からそんな声が聞こえてくる。
「・・・よし、それじゃ、武器になりそうなくだらないものを投げ入れろ!」
 その言葉とともに、理樹と小毬の周りに様々なアイテムが投げ入れられる。
「よし、これだ!」
 手に取ったのは、トイレットペーパー。
「うん、悪くないね」
「ほわああああああああああああ!?」
 唐突に、小毬の悲鳴が上がった。
「え、何?」
「な、な、な、何で何で何でぇぇぇえええ!?」
 小毬が慌てて何かに飛びついている。
「はっはっは。小毬君、それを選んだか」
「ゆ、ゆいちゃん!? これ投げ入れたの、ゆいちゃん!?」
「さぁ、どうだろうな。だがこの状況で拾ってしまった以上、それが君の武器だ」
「ふぇぇぇぇぇえええええええええええええええ!?!?!?」
 小毬の慌てっぷりに理樹もそこはかとなく不安になる。
「だ、だって、これ、わ、私の、ぱんつ・・・!?」
「・・・・・・ぇ?」
 瞬間。
 その一帯に悲鳴だか怒号だかよくわからない何かが走った。
「ちょ、何でそんなもの投げ入れてるの!?」
「はっはっは、別に私が投げ入れたと確定したわけじゃないだろう、理樹君」
「そんなことするの来ヶ谷さんしかいないよ!?」
「ほほう。その根拠は? 保障は? ひょっとしたら私以外にいるかもしれない、それを否定する理由は?」
「屁理屈だあああああああ!!」
 暴れだしそうになる理樹にとりあえず恭介が手を上げて落ち着くように示す。
「だが、さすがにその・・・、パンツで戦うというのは、俺も想像がつかんというか。この選択は無効でいいと思うんだが」
「何を言う恭介氏。君がパンツで戦う方法を示しただろう」
「は?」
 唯湖は携帯を操作すると、ある物を開いて恭介に突きつけた。
「・・・なっ、お前、まさか!?」
「うむ、頭にかぶせるのだ」
「そんなネタ回答を真に受けるなあああああああああああ!!」
 恭介が絶叫。
「そういえば、棗の一問一答にそんな応答があったなぁ・・・」
 ギャラリーの誰かが言うのが聞こえた。
「り、りきくんの、あたまに、これ、かぶせる? って、うあぁぁん、ぜったいむりいいいいい」
「恭介氏。約束を覚えていないわけではないだろう?」
「げ、お前、まさか初めからこれを可決させるつもりで・・・!?」
「はっはっは。天のみぞ知るというとこだな」
「明らかに人為的なもんだろうが!? ちくしょう、こんなのねぇよ・・・!」
「僕らが言いたいよそれ・・・」
「ちくしょう・・・理樹、今の俺は来ヶ谷には逆らえねぇ・・・! 許せ! バトルスタートだ!!」
 始まった。
 始まってしまった。
 硬直する二人。
 バトルはターン制だ。必ず攻撃しなければいけない。
「あ、あの、降参とか・・・」
「ふむ、理樹君は例の写真を学校中に見られたいようだな」
「例の・・・って、あんたどこまで外道なんだあああああああああああああ!!!」
 咄嗟に唯湖の関わる『例の写真』に思い当たって、もう泣き出しそうな顔で絶叫する理樹である。
「じゃ、じゃあ私が降参・・・」
「ちなみにあと3つほど確保がある。何が、とは言わんが」
「ゆ、ゆいちゃああああああああああん!?!?!?」
「はっはっは」
 愉快そうに笑う唯湖に、隣の恭介がぶつぶつと愚痴をこぼす。
「お前、自分の欲望に忠実すぎるぞ・・・」
「何、最近仲の良いこの二人にちょっかい出したい乙女心だよ」
「・・・やり方おかしいだろ、おい・・・。てか俺らまで巻き込むなよ」
「うう、あたしのスクレボ全巻・・・」
「おい待てあや、あれ俺のだ!!」
「って、恭介もあやさんもたかがスクレボ人質に取られてるだけだったの!?」
「たかがとか言うな!!」
「そうよ! 理樹君にはわからないかもしれないけど、あれは魂なのよ、私の!!」
「だから俺のだ! 魂ってとこには同意するが!!」
 理樹が外野の三人と不毛な応酬を繰り広げている最中。
「・・・ううう、よ、ようし・・・、よ、ようしっ・・・あう。ようし、が、がんばるよ!」
 魔法の呪文三重掛けで無理やり立ち直った小毬が、理樹に向かって走ってくる。
「え、いや、え、まじで!?」
「あんまりいたくないよーに!!」
「わぁ!?」

 手でずっと握られてたせいか、妙に生暖かくて汗ですこし湿った感があった。
 ・・・すさまじく、思考が変な方向へ突っ走りそうになった。

 その瞬間。
 ちょうどその場にやってきた鈴やクド、真人の姿を認めた。
 数瞬が過ぎて。









「・・・あ、ど変態」
「わふっ、変態さんです!?」
「変態仮面っていたな、そういや」
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」




「り、りきくん!?」
「うむ、堪能した」
「・・・理樹があんなだったとは。びっくりした。見損なった。びっくりした」
「わふ!? あれはリキだったのですか!? わ、私はどんなリキでも見捨てたりしないのです。がんばるのですっ」
「・・・ねぇ鈴、クド、あれ、理樹君が自分でやったんじゃないからね?」
 一応、フォローはしておくことにするあやだった。
「・・・理樹逃亡。勝者小毬・・・、って小毬は?」



「りきくん待って、逃げないでぇぇ〜〜〜〜!!」
「うわああああああああ、来ないで、小毬さんお願い今は来ないで〜〜〜!! 六根清浄、煩悩退散〜〜〜〜!!」
「うぁぁぁん、りきくん悪くないからぁぁぁあ〜〜〜〜〜〜!! 悪いの私だからぁぁぁあああ〜〜〜〜〜!!」
 この妙な追いかけっこは、それから一週間ほど続くことになる。





 おわっとけ。

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