天候は晴れ。
 雲もなく、天晴れとばかりに広がった青空はまさに快晴の一声。
 そんな気持ちいい天候の中、グラウンドでは異常事態が起きていた。
 グラウンドでは、理樹は呆然と、ある方角に視線を向けている。
 理樹が視線を向けている方角には何故か、恭介と謙吾という、最強コンビを筆頭にしたメンバーが“何か”と戦っていた。
 メンバーの詳細は、
 恭介、謙吾、来ヶ谷、朱鷺戸、鈴。この五名。
 装備は理樹達がランキングバトルで投げ入れられる物ではなく、全員が各自、自分に最適な獲物を所持していた。
 間違いなく全力で使用すれば、殺傷効果は抜群。
 そんなランキングバトルでも上位を独占している猛者共が、“何か”に劣勢に追いやられている。
「ちぃ――っ!? これでも喰らいなさいっ!!」
 朱鷺戸が鋭く叫ぶと、両手拳銃を躊躇いもなく“何か”に向けて、引金を弾く。
 彼女が手に持つのは、警察が対テロリスト用で使用することもある、ゴム弾を装填した片手銃だ。
 一発がヘビィー級の右ストレートと、同等の一撃を秘める威力がある。
 空気を切り裂く重たい音を轟かせ、寸分の狂いもなく、“何か”の眉間にゴム弾を命中する。
「ヴガァァァァァァァァァ!」
 “何か”は咆哮する
 それは怒りか、はたまた激痛によるためか。
 確かな事実は、朱鷺戸の一撃は致命的なダメージは与えていない事。
「ナイスだあやくんっ! 謙吾少年、行くぞ――っ!?」
「任せろ――ハァァァァァっ!」
 効かないのは判っていた事だ。一人一人の攻撃では致命打には至らないのは先ほどまでの戦闘で五人は把握している。
 だからこそ朱鷺戸の二丁拳銃は、相手の行動を封じる為の言わば布石。
 その布石に乗じ、来ヶ谷と謙吾は獲物を手に握りながら“何か”に接近し、肉薄する。
 来ヶ谷は彼女独特の歩法を使うと、瞬時に“何か”の背後に移動し、レプリカノリムネを、
 謙吾は真正面から迫ると、居合いの達人のように腰に構えた木刀を、
「ふっ――!!」
「はぁ――っ!!」
 ――両者同時に振りぬいた。
 思わず耳を塞ぎたくなるような音が響く。その音は擬音で表すならグシャッ! 言葉で表現するなら人肉を潰した音が近い。
 それほどの打撃を受けたにもかかわらず、
「ブロォォアァァァバガァァ!」
 “何か”に決定的なダメージは与えていないのが人目で判る。
 それを確認した来ヶ谷と謙吾は咄嗟に身を捻り、一足飛びで距離を取る。反撃を恐れて。
「これでもダメか?」
「……ふむ。目立ったダメージはなし。厄介だ――っな、に?!」
「来ヶ谷っ!?」
 “何か”が距離を取った二人に瞬時に詰め寄る。目にもとまらぬ速さ。
 狙いは来ヶ谷。
 咄嗟に歩法を用い、攻撃を回避しようとするが、
 ――間に合わないっ!?
 唇を噛み締め、咄嗟に目を瞑ってしまう。
「ドルジ、ヒョードル、ナポレオン、ゲイツ、レノン! くるがやを助けろ――っ!!」
 緊迫した叫びを上げながらも、懸命に己の配下達に指示するのは鈴。
 鈴の配下――猫の軍勢は“何か”に襲い掛かる。
 ドルジがその巨体を活かし、来ヶ谷と“何か”の間に身を滑りこませると、身代わりとなり攻撃を受け止める。
「ぬぉ〜〜〜〜〜っッ!!」
 ドルジが悲痛の鳴き声を漏らす。ベースボールを弾く柔軟な肉体を持ってしても吸収しきれない衝撃。そのまま背後にいる来ヶ谷をも巻き込み後方に弾き飛ばされる。ドルジ以外の猫達は身軽に舞うと、弾き飛ばされた一人と一匹を守るためにカギ爪で眼を引っ掻いたりと“何か”を翻弄する。
「くぅ……。助かったよ、ドルジ君。直接受けていたら身体が四散していたかもしれないな」
 逃げ切った来ヶ谷は軽口を叩くが、弾き飛ばされた身はダメージを抱え込んでいる。
「くるがや、だいじょうぶかっ?!」
「すまん、俺が傍にいながら」
「来ヶ谷さん、怪我はない?」
 集まった三人が来ヶ谷を心配する。
「ああ。これしき私には屁でもないよ。それよりも鈴君、あや君。この戦いが終わったら一緒に風呂に入ろう。汗や汚れを一緒に流し合おうではないか。はっはっは」
 疲労とは別の荒い息が来ヶ谷から発せられる。
「誰が一緒に入るかっ! ふかっ――!?」
「鈴とは良いけど、来ヶ谷さんとは遠慮したいかなぁ……」
 こんな緊迫した状況で、こんな発言をする来ヶ谷に、二人は呆れたジト目を向ける。だが、表情とは裏腹に安堵していた。これだけ軽口を叩けるなら大丈夫だろう、と。
「楽しそうな所で申し訳ないが、そろそろ時間稼ぎも限界みたいだぞ」
 厳しい視線で告げるのは会話に参加していなかった謙吾だ。彼は猫達が“何か”を翻弄するのを睨みすえていたから。猫達も頑張ってはいるが、限界だ。鈴の指示により怪我がしない程度に協力してくれ、と伝えられているから体力の限界が来ると独自に一匹づつ逃げ出している。
「ふむ。そろそろ恭介氏の準備も整っただろう。誘き寄せるか」
「ええ、私が遠距離から攻撃するから、皆は先に集合地点に向って」
「そうだな。あれだけの攻撃を与えたのに、ダメージがないのならば恭介に任せるほかあるまい」
「……(コク」
 朱鷺戸を残し三人は背を向けると走る。
 朱鷺戸は片方の拳銃の残弾数を確認すると、
「三発か。ふふっ……クイックトリガー(速射撃)を魅せてやろうかしら」
 もう片方の拳銃はスカートの内側のホルダーに収納する。
 そのまま“何か”に一歩だけ距離を詰める。
 強風が吹き、スカートがはためき、長髪がなびく。
 それをうっとしげに左手で後ろに流すと、右手で構えた。緊張感が程よく残った構え。
「さぁ――追いかけてきなさい」
 呟きと同時に撃鉄が弾かれた。
 周囲へと散った音は一度。だが空気を切り裂くのは三つのゴム弾。
 あまりにも間隔が狭く放たれた三度の攻撃は、華麗な早撃ちにより一撃と惑わされる。
 連なる三つの飛翔は誤差なく“何か”の額を穿つ。
「――ゴ……バブブラガァァッ!!!!!!」
 一瞬だけ頭部を仰け反らせたが、それ以上の効果は見込めない。ますますもって厄介なタスネス。
 そのまま朱鷺戸は逃げの姿勢に入る。距離があるとは云え、来ヶ谷の例がある。油断していると手痛い反撃を食らう恐れがある。
 常人よりも優れた身体能力を発揮し、逃げる朱鷺戸。それを狙い通りに追いかけてくる“何か”。
「もう少し、もう少しよ――っ!?」
 背後から聞こえる咆哮がプレッシャーとなり朱鷺戸は冷や汗を流す。痴漢に追いかけられた事はないが、実際にそうなるとこんな感じなのだろうか、と彼女は思う。
 そのプレッシャーからも解放される。
 何故ならば――
「よくやった、あや。後は俺に任せとけ」
 ――不敵な笑みを浮かべた恭介が、左手をズボンのポケットに仕舞い込み、待ち構えていてくれたから。
 疾走していた朱鷺戸が手を挙げ、それに恭介が答える。ポケットに仕舞い込んではいない方の手を掲げると、
 パンッ!
 凛とした音色を響かせるバトンタッチ。
 そのまま通り過ぎていく朱鷺戸。
 恭介は背後を駆け抜けていく足音を聴きながら、掲げられたままの右手をクルリ、と捻る仕種を見せる。その瞬間、何も持っていなかったはずの手には魔法のように出現した小型のスイッチ式の機械が。
「淑女を追いかけるとは紳士としては見過ごせないな。お前みたいな救えない奴には、こんな末路がお似合いだぜ――っ!」
 決めセリフと共にスイッチが押される。
 瞬間――鼓膜が破れるかと思うほどの破裂音が響き渡る。遅れてやってくるのは大波のように空間全てを揺るがす衝撃波。土と微細な埃が恭介達の身体を駆け抜けていく。
 これが恭介達の切り札。
 恭介を除く四人が連携を組み攻撃。これで倒せなければ恭介が爆薬を仕掛けていた場所まで誘い寄せる二段構えの作戦。過剰なまでに埋め込まれた爆薬の仕掛けは、強烈な威力を伴い“何か”を巻き込みながら、その真価を発揮した。
「……やったかしら?」
「あや。それはフラグ発言だから禁止だ。お前が言うと特に碌な事がなさそうだしな」
 近寄ってきた朱鷺戸が、恭介に言葉をかけてツッコミをされている横では、
「フラグ? ……この馬鹿は何を言っているんだ?」
「鈴君。あや君が言った“やったか”発言は、俗に漫画ではダメな場合がほとんどなので、生存フラグと云われているのだよ」
 ハテナ、と首を傾げる鈴に、来ヶ谷が豆知識を披露している。
「だが、この状況ではわからないな」
 ネジが外れてないモードの、謙吾が油断なく爆心地を見詰めている。
 謙吾の発言通り、爆心地は土や埃が舞い上がった状態で視認することができない。
 それが恐ろしい。
 人間とは見えている脅威よりも、見えない脅威を恐れる。
 見えない脅威は恐れとなり、恐れは際限なく膨れ上がるものだ。
 ……頼むから倒れててくれ。
 五人の思いが一つになる。
 もしこの攻撃に耐えられた、としたら事実上の負けが決まってしまう。先ほどの攻撃は手法、手管、装備に物資、あらゆる物を全て集結させた結果だ。これ以上の攻撃は望めないほどに。
「……」
 静寂が場を支配する。
 耳が痛くなるほどの静寂は瓦礫と化した。
 立ち込める土埃から姿を見せた“何か”により。
 初めに見えたのは、元は白かったはずの運動靴。
 次に見えたのは爆発の影響により煤に塗れた青いジーパン。
 そして何も身に着けていない上半身には、真っ黒になるほどに煤をデコライズされた体躯。
 そして最後には――。
「はっ。この程度じゃ倒れちゃくれないってか」
 “何か”を確認した恭介が吼えた。訴えるように。
「なぁ――真人よっ!!」


              ●


 時間は少し逆行する。
 学校が朝のHRが始まる前からに。

「あ、おはよう。鈴、謙吾」
「む。おはようさんだ、理樹」
「おはよう、理樹」
 食堂に先に来ていた鈴と謙吾に、理樹は朝の挨拶をする。
「今日は二人とも早いんだね。まだ注文には行ってないの?」
「ん、俺は朝練前に軽く済ませてきたからな。お前達を待っていただけだ」
「私はまだだ。一人で食べるのもあじけないから理樹を待ってた」
 理樹は二人の返事を聞きながら取りあえず席に座る。相変わらずこの特等席とでも云うのか、この場所だけは朝の忙しい時でも空いている。
「ところで真人はどうしたんだ? 流石にもう戻ってきてる頃だろう?」
「あー……」
 漸く一息ついた理樹に、謙吾が質問してくる。その質問内容は至って普通だ。同じ部屋のルームメイトであり、親友の仲を持つ関係だったから。だけど理樹はその質問に少し困った表情で返答しかねていた。
「なんだ、あの馬鹿。まだ戻ってきてないのか?」
 鈴が近寄ってきた猫――ナポレオンと遊びながら会話に加わってくる。
「実はそうなんだ。たまーに筋肉神を祭ってくるぜ。じゃないと筋肉神様が怒って暴徒と化しちまうからなっ、って言いながら山篭りするのはあるけど。長くても二日以内には帰ってくるのにね。今日で三日目か。先生に怒られなきゃいいけどって僕も心配になってきてさ」
「くちゃくちゃ馬鹿だな」
「山篭りか……。俺もリトルバスターズを祭ってくるべきなのか……」
 フォローがない鈴の言葉と、ネジが外れた謙吾の言葉に理樹は頭を振る。
 凄くツッコミたいけど無視をしよう。じゃないと僕だけが朝から疲れてしまうし。
 人生のライフワークでもあった鋭いツッコミを、最近になって要所要所で使い分ける事を覚えた少年だった。
「っで恭介の方は四日前から見かけないけど、まだ就職活動中?」
「そのようだな。また東京まで歩きで行ってるやもしれん。その道中で、秘法を巡って謎の結社と戦っていても俺は驚かんぞ?」
「いやいや! 普通に驚こうよ、そこは! っていうかもうすでに就職活動じゃなくってるよねっ?!」
 あ、しまった! 朝から疲れるからツッコミはしないって決めてたのに……。
 あくまで覚えたのは最近であって、所詮は付け焼刃な感じだったが。
「それよりも理樹。馬鹿二人は置いておいて注文しにいくぞ。お腹減った」
「いや馬鹿二人って。しかもその内の一人は鈴のお兄ちゃんだし」
「お兄ちゃんなんてキモい言葉をつかうな! ふか――っ!?」
「ええ――っ!? そこで猫化しちゃうの?!」
 頭に幻惑の猫耳を生やした鈴に、驚く理樹。
 まあこれといって問題ない、普通の一幕だった。
 問題は午後の授業が終わった頃から始まる。


 午後の授業が終了後。
 再び場面は食堂へ。
 変化があったのは朝には居なかった恭介が、食堂に顔を見せた事だった。
「よう、久しぶりだなお前ら」
「いやそれはこっちのセリフだからね、恭介」
「なんだ、帰ってきたのか恭介」
「……それは酷くないか我が妹よ?」
「それよりも恭介。聞きたいことがある」
「なんだよ謙吾。珍しく真面目な表情しやがって」
「俺はいつだって真面目だ。では聞くぞ――秘法は手に入れたのか?」
「いやいやいや?! 意味判らないから! いや朝の話の内容の事を言ってるのは理解できるけど、何で確定事項になってるのかが判らないから! っていうかそもそも全然真面目じゃないよね謙吾、表情と質問内容と噛み合いなさ過ぎるからっ!」
 ――ダメだ、またツッコミしちゃった! でもこれは仕方ないよね? 誰だってツッコミたくなるよね!
 理樹の内心は色々大忙しだが、そんなのは知らない恭介は謙吾の質問に答えた。
「秘法か……あぁ、手に入れたぜ当然だろうっ! 残念ながら持ち運べる大きさじゃなかったから素直に沈めたけどな」
「なにっ!? お前沈めたというのか? 秘法を沈めたというのかぁぁぁぁ!?」
「大事な事だから二回言ったわけだな。安心しろ、沈めた場所は覚えてるから、機会があればお前らにも拝ませて――」
「恭介も乗らないでよっ! っていうか僕の発言スルーされたよね? ねぇ!?」
「そんなに興奮するなよ、理樹」
「まったくだ。ノリが悪いぞ」
「っていうか理樹、一人でうるさい」
「ぇー――っ!?」
 何故か必死な理樹に、突然真顔で返す男二人。そして痛いとこを突いてくる鈴。
 理樹はショックでドーンと黒い影を背負う。
 さっきまで馬鹿丸出しの会話をしていた二人に加え、まさかの鈴の容赦のない毒舌に。鈴からこんな言葉を貰おうとは、最近の自分の立場が危うくなってきてる、と理樹は激しく落ち込む。
「はは……鈴も成長してるってことだよね」
 乾いた笑い。こうやって常識人は磨耗していくのだった。
「ところで理樹。真人はどうしたんだ?」
 気分は部屋の隅っこでのの文字を書いてるよ〜っと感じの理樹に、恭介は辺りを見回しながら声をかける。
「真人……? うん、真人だったら」
 悲しいかな。いくら落ち込んでいようと、質問されたからには返答してしまうのが理樹だった。まぁこんな事はザラにあるので、慣れてしまった分もある。本人は不本意だろうが。
「真人の筋トレもそこまで行くとギネス級だな。今度申請してみるか。……いや、待て」
 そこまで言うと、突然恭介は真面目な顔になる。
 それを見守っている三人はこう思った。
 ひょっとしたら本気でギネスに申請する気なんじゃ……と理樹。
 新しい遊びを思いついたのか……と謙吾。
 今日のモンペチはチリオムライス味のハワイ産でいこう……と鈴。
 三者三様の見事なバラツキだった。
「理樹、真人が消えたのは三日前と言ったな?」
「え、うん。そうだけど?」
「それから一度も姿を見せてないんだよな?」
「そうだけど。それが何かあるの?」
 ガタッ! と大きく音がなる。恭介が突然、勢いよく立ち上がった音だ。
 騒がしい食堂の中の、突然の奇行。隣やら背後から、食堂を利用している学生の視線が集中するが、恭介は気にしない。
「俺はこれから外に出る。お前らは真人が姿を見せたら必ず俺に連絡しろ。いいか、必ずだぞ――っ!?」
 言うがすぐに食堂を走り抜けて行く恭介。まだ昼食も食べていないのに。
 見守っていた三人はポカンと口を開けながら、見届けることしか出来なかった。
「恭介……何を準備する気なんだろう?」
「さぁな。それよりもあいつは何に焦っていたのだ? 俺には検討がつかん」
「筋肉バカを見つけたら連絡しろとも言ってたな」
 結局、謎を残したまま場面は放課後に続く。


 放課後。
 グラウンドではリトルバスターズの各面子が集まり、自由に楽しんでいた。
 何人かで集まりキャッチボールをする者。
 一人黙々とバットで素振りをする者。
 黙々とランニングをする者。
 木陰でお茶を啜りながら、近寄ってきた猫を朱鷺戸す者。
 楽しみ方は人それぞれだ。
「わふ〜! いくのですよ〜三枝さ〜ん!」
「コーイッ! ってどこに投げるのかな、この子犬ちゃんはっ!?」
「ごごご、ごめんなさいー!」
「はっはっは。クドリャフカ君は可愛らしいなぁ。お姉さんお持ち帰りしてしまいそうだよ」
「ふっ。ふっ。はっ、はっ、まーん、まーっん、まーっん!!」
「いくよ〜理樹君〜」
「いつでも大丈夫だよ、小毬さん」
「コラッ。お前ら危ないからあっち行ってろ」
「棗×理樹……いえ、ここは理樹×棗でしょうか。悩みます。猫さんそこはスカートです、入る場所ではありませんよ」
「アーハッハッハッ!」
 和やかだ。
 ここに居るメンバーはリトルバスターズの中でもレギュラーメンバーだった。
 サブメンバーである佳奈多、佐々美、古式の三人はそれぞれの用事を終えてから合流する予定になっている。
「三人とももうすぐ来ると思うんだけどねぇ」
 理樹が小毬にボールを投げながら呟く。
「そういえば恭介さんと真人くんはどうしたのかな〜?」
 小毬が理樹にボールを投げ返す。
 やはり放課後になっても二人は姿を見せなかった。真人はいざ知らず、恭介も謎の言葉を残して失踪中。携帯に連絡しても音声ガイダンスが流れるだけで、何の準備をしているのかすら定かではない。
「う〜ん。恭介さんは大丈夫だと思うんだけど、真人くんが心配かな〜三日前から見かけないのが」
「だよね。恭介は真人の姿を確認したら連絡しろって謎発言するし、その当の真人は姿を見せないし」
 判らない事だらけだった。
 そのまま理樹と小毬はキャッチボールを続けながら、取り留めのない会話を続けていく。日常の些細な出来事や、今日の夕食の献立など。特に面白い話ではないが、理樹と小毬はお互いどんな会話でも充実した楽しみを感じていた。
 緩やかに時間が過ぎていく。
 もうそろそろサブメンバーである佳奈多、佐々美、古式が来る頃だな、と理樹が思い始めた時に変化が起きた。
 グラウンドの端の方から、熊のような巨体が歩いてきていた。
「あれ……? 真人?」
 見間違ったのかと理樹は思う。
 グラウンドの端から歩いてきて巨体は間違いなく真人だった。でも格好がおかしい。山篭りから直ぐにグラウンドに直行したのか、全体的に薄汚れている。そして足取りが不安定だ。夢遊病者のようにフラリと揺れる身体は今にも倒れてしまいそうで。
「真人!」
 そこまで確認して理樹は、真人に向って走る。
 明らかに様子がおかしい。山篭りの道中に怪我をしたのかもしれない。理樹の様子に気づいた他のメンバーも遅れて理樹の後ろについてくる。
 五十メートルは離れていた距離がどんどん詰まる頃につれ、理樹達はまた新しい事実に気づく。
 真人の顔色が病人、いや病人なんて生温いとばかりに血の気を失せて真っ白になっている。
 もう異常を通り過ぎて異変だ。あの真人がこんな状態になるなんて想像もできなかったから。
「真人、大丈夫っ!?」
 大声を上げて真人に向う。
 その声が届いたのか、初めて真人の視線が理樹達を捕らえた。
 そして、
「……げろ」
 距離はもう十メートルもない。そこで初めて理樹達は真人が何かを呟いているのが判った。
 足を止めて訊き帰す。
「なんて言ったの?」
「……げろ」
 声が小さくて聞こえない。だから一歩を踏み出そうとして、
「俺に近寄るんじゃねぇっ!!」
「――っ!?」
 鬼気迫るとは、こうゆうことか。
 放たれた叫びの声は、物理的な壁となって理樹達の身体を押し留める。
「なにを、何を言ってるの真人?!」
「うるせぇ! 俺から逃げろって言ってるのが聞こえねぇのかよっ!!」
「意味が判らないよ、真人!」
「いいから逃げろってんだよっ! もう俺も限界なんだからよっ――!!」
 どうすれないいか判断がつかない。
 それは理樹に関わらず、他のメンバーも同様だった。
 謙吾は何か厳しい表情で真人を見詰め、来ヶ谷と朱鷺戸は口を紡ぎながらも冷静に観察している。クドや葉留佳に小毬、そして珍しくも鈴までもが肩を小刻みに震わせている。
 当然だ。
 一見、暴力的に見えて真人は凄く紳士的だ。汚い口言葉も使うことは使うが、使用する相手は間違いなく選んでいる。表情もいつも笑顔を浮かべているせいか凶悪な顔付きも注目されない。
 でも今は違う。
 暴力的な気配を身に纏い、言葉使いなどに配慮もなく、表情は鬼を連想させるほど。
 こんな真人をどこかで見たことがある。どこかで、なのに思い出せない。
「それよりも……」
 このままじゃ良くないと、理樹は必死に考える。
 真人に近寄りたいけど、迂闊に近寄ると誰だろうと関係なしに暴力を振るわれる。そんな持ちたくもない確信がある。
 どうすれば、どうしようっ!?
 その時に思い出したのは恭介の言葉。
 ――お前らは真人が姿を見せたら必ず俺に連絡しろ。
「そうだよっ! 恭介なら何か知ってるのかもしれない」
 待ってて、真人。今助けるから――!
 緊張からなのか、思ったように動かない指を必死に動かし携帯を操作する。
 理樹が真人から視線を外してすぐだった。
「理樹、避けろっ!」
 誰かが理樹の名前を叫ぶ。
 理樹は誰に呼ばれたかさえ判らなかった。そして避けろ、という発言の意味も。
 何を避けろ、と言うのか。そして何故、避けなければいけないのか。そんな一瞬の疑問が脳裏を掠めてるのに、それに答えを出す余裕も与えられず衝撃が襲ってきた。
「――ッ!?」
 視界が転覆する。
 衝撃は背後から襲ってきた。混乱する思考の中で判る事は、背後から誰かに押し倒されたということ。それも力加減など知らん、とばかりの力ずくに。コホッと肺から酸素が搾り取られ、身体の至る所から痛みを感じる。衝撃により携帯を落としてしまったことにすら理樹は気づいていない。
「っ、ぁ……何が?」
 そして気づいた。
 うつ伏せ状態から、顔だけを持ち上げる理樹の目に映ったのは、真人の見慣れた運動靴。そして自分の頭上には振り切られた拳が。
 ……真人が殴りかかってきたから、誰かが僕を助ける為に押し倒したのか。この重量から言ってきっと謙吾だ、と何処か冷静に考える理樹。
 だが事態が対処できるわけではない。
「た……のむから……げてくれ」
 掠れた真人の呟きが理樹の耳に届くと同時に、
「理樹、投げるぞっ――!!」
 覆いかぶさっていた謙吾が叫ぶ。
 謙吾は理樹に覆いかぶさっていた状態から、理樹の襟首を掴むと横に転がる反動を利用して、理樹を力任せに投げる。どれだけの力が加わったのか、投げられた理樹は軽い浮遊感と共に、四メートル程の距離を滑走することになった。
「――うわああぁぁぁぁ!」
 情けない叫び声を上げてしまうが仕方ない。そのまま身体を打ち付けられながら転がっていく。謙吾は理樹を投げると、それを見送ることなく回避行動を取っている。真人が踏みつけようと足を振り上げたからだ。
 身体を捻り回避。そして少々汚い戦法だが、手に握っていたグラウンドの土を真人の顔面にへと浴びせる。
 そのまま謙吾はバックステップ。目潰しは効果抜群で、真人は両手で目を拭いている。
 謙吾はバックステップする背後から、何かが自分の横を勢いよく通り抜けたのを感じた。それは瞬時に真人との間合いを詰めていく。視界に捉えたのは来ヶ谷の姿だった。
「――っふ!」
 教室のドアを軽く吹き飛ばす殺人キックが、無防備な真人の腹部を直撃する。そのまま身体をくの字に曲げて、吹っ飛んでいく真人。
「逃げるぞ、諸君」
 涼しい顔をした来ヶ谷は一つ頷く。
 投げ飛ばされた理樹は小毬やクドに起こされていて、謙吾はリトバスジャンパーが汚れたぁぁぁ、と土を手で叩いている。他の皆もそれぞれ急な事態の展開に、着いていけていない。
 それでも来ヶ谷の言葉の意味は理解した。
 ――まずは逃げて、どうするかの対策を練ろうと。
「皆! 僕について来てっ!」
 理樹は皆に叫ぶと、率先して走った。身体は多少痛むが、今はそんな事には構っていられない。
 皆も疑問に思わず理樹に従う。
「まずは恭介に連絡を取らなくちゃ! 僕の携帯は回収できてないから、誰か連絡してくれないっ!」
「恭介さんにはもう連絡したよ〜。すぐに行くって返信があったよ」
「真人め……一体何があったんだ」
「ほんとうだっ……理樹を殴ろうとするなんてゆるせないぞっ!」
「わふぅ〜……。井ノ原さんどうしちゃったんでしょうか……」
「元気だすですヨッ! クド公。あんなの普段の真人君じゃないから、きっと深い理由があるんですって。だから、ネッ!」
「能美女史。葉留佳君の言う通りだ。だから泣きそうな顔を止めたまえ」
「普通の精神状態ではなかったと思います。まるで何かに取り憑かれたような……」
「美魚、私は幽霊は駄目なんだってばーっ!」
 真人と距離を取るために走りながらも、それぞれが対策を練ったり、励ましあったりする。
 グラウンドの端まで辿りついた。
 全力疾走の為、体力に自身のある謙吾や来ヶ谷以外は息を乱してしまっている。
「真人は……」
 理樹は遠く離れた真人を見て呟く。
 遠目ではあるが、来ヶ谷の蹴りを喰らった真人は、あまり効いた様子が見当たらない。ただ顔を俯けてフラフラとゆっくりと理樹達の場所まで歩いてきている。
 理樹達が居る場所はグラウンドの本当に端の端。学校を囲むコンクリートの外壁が行く手を遮り、これ以上は逃げる事ができない場所だった。そして校舎とは反対方向に逃げてきている。校舎方面に逃げていれば、教室などに立て篭もる事も可能だったかもしれないが。
「いや、これで正解だよね」
 不安な気持ちが首を擡げるが、理樹はこの判断は正しいと思う。
 確かに校舎側に逃げた方が逃げ道は多いし、教室に立て篭もる事も可能だろう。だが真人の今の状況を考えると、校舎側に居る自分達と無関係の人とすれ違うだけで被害が拡大してしまうかもしれない。真人がグラウンドに来るまでの間に暴力行為があったかは不明だが、その目は摘み取っておきたかった。
「それに真人は僕達の仲間だ。逃げて放って置く事なんて出来るわけないしね」
 だからこの背水の陣とも言うべき場所を、逃げ場所に選んだのだ。
 この問題を解決しなきゃ行けないのは、リトルバスターズである自分達だけだと思って。
 それでも思う。今の真人は危険だ。逃げ場を失った自分達の中からもし怪我人が出たらどうしよう、と。自分や謙吾なら男だしマシだろうけど、もし小毬や鈴、他の皆が怪我でもしたら……。
「理樹くん。理樹くんの判断は間違ってないから〜、不安そうな顔をしなくていいよぉ」
 いつの間にか、近くまで寄ってきていた小毬が理樹に声をかける。
「その通りだ、少年。コマリマックスも言っているではないか。君の判断は間違ってはいない。だから自信を持ちたまえ」
 それに続いて来ヶ谷が唇を笑みの形に崩しながら頷いてくれる。他の皆も理樹の顔を見ながら、笑みを浮かべて頷いてくれていた。
「……ひょっとして表情に出てた?」
「理樹は隠し事は向かないな。安心しろ、この百戦錬磨の俺が守ってやる」
 謙吾が走り際に持ってきたのだろうか、金属バットを片手に構える姿は凄く頼りになる姿だった。
「ありがとう、皆」
 勇気付けてくれた理樹は皆に微笑みながらお礼を言う。
 そして現状どうするか、を考え始めた。
「まずは事情を知っていると思われる、恭介と合流したいんだけど……」
「あの馬鹿きょうすけは、こんな大変な時になにをしているんだっ」
「ここからならグラウンド全てを見渡せますが、恭介さんの姿は見えませんね」
 鈴と美魚がグラウンドのあっちこっちに視線を走らせているが、恭介の姿は一向に見当たらない。小毬の話では直ぐに行くとメールで返信があったみたいだが、直ぐとは、どれくらいかかるのだろうか。
 その時だった。自分達の背後から重たい音が何度も地面を揺らす。後ろは外壁だ。本来なら有りえないのだが。
「ぇ?」
 後ろを見ると、修学旅行とかで使う大きなカバンが何個も転がっていた。どうやら外壁の向こうから投げられた物らしい。音の原因はこれ。そして外壁の上の方を理樹達が眺めたときに、軽い掛け声と共に、
「ほっ! よっとっ!」
 人間の身長を軽々と越す外壁を難なく登り、軽やかに飛び降りたのは、恭介だった。
 ……一体どこから学校に侵入してくるんだろうか。
「わふ〜っ!? 恭介さんが降ってきました!」
「っていうか恭介。ちゃんと校門から入ってこようよ……」
「なに、今は緊急事態だ。鬼の風紀委員も今日ぐらいは見逃してくれるだろうよ」
 呆れの視線にも動じない恭介。
「っで真人は? あそこか……こりゃ本気でやばいな。発症してやがる。もう無いと思ってたのに、俺の考えが甘かったか?」
 恭介は舌打ちしながらも一人で納得する。そして地面に投げ捨てられていたカバンに手を掛けると、中身を漁りだす。
「ねぇ恭介。一人で納得してないで事情を説明してよっ!」
「ん、ああ。判ってる。だがその前にこれを皆に渡すべきだと思ってな」
 ガサガサとカバンから漁る恭介は、理樹に顔を向けず答える。
「ほれ、謙吾っ」
「ほぉ」
「来ヶ谷。お前はこれだ」
「むっ」
「んでもってあや。お前はこれな」
「これって?」
 準備とはこれだったのか。カバンの中から出てきて、それぞれ三人に手渡されたのは。
「木刀に、レプリカノリムネに、拳銃……?」
 呆然とした表情で理樹が呟く。なんて物騒な物を。前の二つはランキングバトルでも稀に見かける武器だったが、拳銃(しかも玩具ではなく、素人目には本物にしか見えない)とは。どこから用意してきたのだろうか。
「へぇ〜。恭介、これってゴム弾じゃない? よくこんなの用意できたわね。普通に犯罪よ?」
「そこは蛇の道は蛇ってな。正直、これでも準備は不十分だと思うぐらいだ。あや、予備のマガジンだ。これも持っておけ」
「ありがと。それにしてもコレを持たせて何をさせる気なのかしら?」
 朱鷺戸は、手渡された二丁の拳銃をクルクルと見事な手捌きで回転させる。
「あぁ……。すまんが謙吾、来ヶ谷、あや。お前ら三人と俺を含めた合計四人で、真人と戦ってもらう」
『はぁ!?』
 真人の状態と、恭介が準備をしていた武器を手渡された時点で、ある程度の予測は皆ついていたが、やはり言葉にされると驚きと重みも違う。
「どうゆうことか説明してくれるよね? 恭介」
 そう。ただいきなり戦え、と言われても納得なんか出来るわけがない。
 全部事情を説明してくれないと納得しない、と力を籠めた視線で理樹は言う。
「どうゆうことか、か。実は俺も半信半疑なんだけどな。それでも良ければ説明するが?」
「それで良いよ。恭介は、真人が何であんな風になってるのか知ってるんだよね? 知ってる限りでいいから説明して」
「そうか。真人もゆっくりだが迫ってきてる。時間は限られているから手短に説明するぞ」
 ただ一人、事情を知っている恭介に視線が集中する。

「真人の今の状態はな――世紀末救世主伝説・北斗の筋肉が宿ったせいなんだよっ!!!」

 
 空気が凍った。
 いや世界そのものが停止した。
 風も、雲も、音も、全てが止まっていた。
 そんな中で、一、二、三、という時間が経過した後に、恭介の前に二つの影が飛び出してくる。
 それは謙吾と葉留佳。
 二人はそれぞれ頷くと、両手を下げ、さん、はい、と両手を勢いよく上げると、何故か理樹も釣られて、
『いやいやいやいや――っ!!』
「な、なんだよ!? 俺は別に冗談のつもりじゃなくて本気でだな――」
「恭介氏、消えろ」
 来ヶ谷の攻撃。恭介に三十八のダメージ!
「ぐぅっ! だから俺のはな――」
「恭介さん、見損ないました。ボケをするにしても状況を考えたほうがよろしいかと」
 美魚の攻撃。恭介に二十三のダメージ!
「がはっ! 頼むから、俺のはな――」
「寄るな、(21)! お前みたいな変態はもう絶交だっ!」
 鈴の攻撃。恭介に百三十のダメージ!
「ごほぉっ! お、俺は(21)じゃねぇ! 本当なんだ、俺の話は。だか――」
「恭介。私は恨むわ。自分自身を。何でアンタなんかをライバルなんかって思ったのを!」
 朱鷺戸の攻撃。恭介に八十七のダメージ!
「ぅ……ぁ、ち、違うんだ……ほんと、うに俺は――」
「きょ、恭介さん。私、ボランティアで色々な病院とか知ってるから、えーと、行っちゃいなよユ〜?」
 小毬の攻撃。恭介に百八十のダメージ!
「う、うわあぁぁぁぁぁぁ!!」
 恭介は耐え切れずに倒れた。
「馬鹿は滅びた。さて、これからどうするかだが」
「って俺の話を聞けえぇぇぇぇぇ!!」
「む。復活するのが早いな、恭介氏」
「なんなんだよ!? 俺は初めに言ったよな? 俺も半信半疑だけど、それでもいいのかってよぉ! なのに、こんなのねぇよ! 本当にねぇよ――、……」
 漢泣きだった。自分は大真面目の発言だったのに、あの対応はよっぽどダメージが出かかったらしい。
「と、取りあえず落ち着こう恭介。ね? 元気出して」
 どうやら冗談ではなかったらしい、と判った理樹が恭介の肩に手を置いて慰める。普段の言動が言動だから、本気でも冗談だと捉えられてしまうのは、自業自得な面もあったが。
「理樹×恭介。良いです、王道です」
 恭介を慰めていると、後ろから変な呟きが耳に入ったが無視しよう、と理樹は思う。いつもの事だからだ。
「すまねぇ……理樹。もう大丈夫だ。やっぱり持つべきものは親友だよな。俺は理樹――お前だけが居てくれればいい」
「きょ、恭介……」
 真剣で真摯な視線に、思わず理樹は恭介からピントを外せなくなってしまう。なにか、このままじゃ拙いと判っているのに、振り払う事ができない麻薬みたいな誘惑が。それを遮ったのは、後ろから聞こえる激しく興奮した息遣いだった。
「西園さん……?」
「いえ、気のせいです」
「僕まだ何も言ってないんだけど?」
「男の子は小さい事を気にしてはいけません。もっと懐を深いことをアピールしてください」
「……いいけど。今回だけは感謝するよ。うん、ありがとう」
 不思議な恭介ゾーンから解放された理樹が頭を下げる。
「って、こんな事してる場合じゃないよねっ!?」
「とうとう一人ツッコミの息まで達したか理樹。お兄ちゃんは嬉しいぞ」
「僕は全然嬉しくないから! それよりも事情を説明してよ、早く!」
 俺が悪いのか? と困惑の表情の恭介だが、構っていられない。いくらフラフラで牛歩の真人でも、確実にこっちに近寄ってきているのだから。
「だから真人の状況はな、さっきも言った通り、世紀末救世主伝説・北斗の筋肉が宿ったせいなんだよ」
 駄目。いくら信じられない内容でも恭介は本気だし、真実なのだろう。ツッコミたい誘惑に駆られるが、皆も我慢してるんだから、僕がブチ壊すのは良くない。
「……恭介は真人の症状を知ってるみたいだけど。昔にもこんな事があったの?」
 少し声が震えているのは勘弁して欲しい。
「ああ。あれは小学校の時だったか? 六年最後の夏休みの時にな。俺が一人で気ままに散歩してたらよ、真人が今みたいにフラフラと歩いててな。どっか怪我でもしたのかと思って、心配して近づいたら突然襲われた」
「その時も真人って三日間ぐらい山篭りしてたの?」
「そうだな。お前らはあの時忙しかったから、知らないかもしれないな」
 確かに今と同じ状況だ。
 それならばこの状況の解決方法も知っているはずだ、と理樹は安堵する。
「じゃあ恭介は真人をどうやって?」
「簡単だ。真人を気絶させればいい」
「ぇ、それだけでいいの?」
「ああ。おそらく、それで大丈夫なはずだ」
 物凄く歯切れが悪い口調。それにどこか不安を感じる。
 そもそもだ、根本的な疑問がある、と理樹は思い至った。
「恭介。真人の状態がおかしいのは判るけど、それが何で世紀末救世主伝説・北斗の筋肉が宿ったってなるのかな?」
「あー。だから俺も半信半疑だと言っただろうが。実はな、俺じゃ真人に勝てなくて、ある人物に助けてもらったんだ」
「え?」
「もういいか? 今は質疑応答をしてる場合じゃないのは判るだろう? 真人を止めないとやばい事になる。今は真人の意識が勝っているからいいが、このまま北斗の筋肉に支配されたら、取り返しのつかない事なる」
 そこで恭介は言葉を切ると、一息つく。
 そして、
「謙吾は良いとして、来ヶ谷、あや。これはお遊びじゃない。下手したら大怪我になっちまうかもしれないが、手伝ってくれないか? 俺としても心苦しいが、どう贔屓目に見ても戦力が足りてない」
「ふむ。普段の真人少年なら謙吾少年だけで充分だと思うが。その北斗の筋肉などという、ふざけた代物でパワーアップしているのかね?」
「有り体に言えばそうだ。小学校の時だったが、俺が手も足も出ないぐらいにはな」
「へぇ〜。面白そうじゃない。今の真人に勝ったら、恭介に勝ったも同然ということよね?」
「っは。寝言はマクラって奴だな。今と昔を比較してるんじゃねぇよ」
 話は決まったみたいだ。
 謙吾は元より否はないし、朱鷺戸は不敵な表情を浮かべ、来ヶ谷は渡されたレプリカノリムネを鞘から抜き放っている。
 誰も彼もがやる気満々。
 恭介はそれに言葉にはしないが感謝する。本当に危険な事態になったら自分が守れば良いと、決意を固めて。
「じゃあ行くぞ」
 そう言って、恭介は一歩を踏み出そうとして、
「待ってよ!」
 理樹が慌てたように声を大にして叫ぶ。
「どうした? 時間に余裕はないぞ?」
「判ってるよ! 真人を助けるには気絶させるしかないのは納得するよ。今の状態じゃ危険だしね。でも何で恭介や謙吾に来ヶ谷さん、それにあやだけなのさっ!? 僕だって手伝えるはずだよっ!」
 恭介を睨みつける。
 確かに、遊びじゃないのは恭介の雰囲気から判る。
「だからって納得できるわけないよっ!」
 それに戦闘に参加しないメンバーも、同じように頷く。自分達だって何か手伝いぐらいは出来るはずだ、と。
「……オーケー。問答してる時間が欲しい。そこのバックにトリモチ弾が入ってる。科学部が開発した一品だ。対象に当たると、合成粘着糸で相手を絡め取るらしい。何でも世界最強の強度を誇る蜘蛛の糸から開発されたらしいぞ」
 蜘蛛の糸は同じ太さの鋼鉄の五倍の強度を誇り、伸縮率はナイロンの二倍もある。理論上では鉛筆ほどの太さの糸を用いれば、飛行機ですら停められるとの事だった。
「だが、先に言っておく。俺達がどうしようもない程のピンチになるまでは、手を出すな。これは何度も言うが、お遊びじゃない。下手に手を出されると、反対に邪魔になるかもしれないからな」
 判ったか、と恭介は念を押してくる。
 その表情には余裕がなかった。以前に同じ体験をしたからだろうか。これから起こるであろう危険性をもっとも危惧しているのだろう。
 それでも良い。いや、尚更協力しなければいけない。
 何故ならば、
「僕達はリトルバスターズだ。仲間ってのは辛いときや、悲しいとき、大変な時は、それを分け合えば楽になるよね?」
 真人の豹変。恭介の余裕のなさ。
 例え猫の手ほどしか力になれなくても、何かは出来るはず。
 その言葉に皆も頷いてくれた。心は皆同じ。それを嬉しく感じる。
「やれやれ。お前ら、揃いも揃って強情だよなぁ」
 失笑しながらも恭介は嬉しそうだった。
「では恭介。音頭を取って貰おうか。あれが無ければ俺達ではあるまい?」
「そうだな。じゃあお前ら! 円を作るぞっ!」
 謙吾が進言すると、恭介が忘れていたぜ、と頷く。
 皆も笑顔を浮かべると、恭介を中心にして集まりだした。
「リトルバスターズ全員に告げる! ミッションだ!」
 高く上がる声。右手を天高く振り上げ、
「真人を救うぞ! 必ずだっ!!」
 全員が頷き、
『ミッション・スタート!』
 グラウンド中に全員の声が広がった。


             ●


 そうして時間は現在に戻る。
 恭介、謙吾、朱鷺戸、来ヶ谷が真人に攻撃する時には、真人の意識はなくなっていた。もはや意識なき操り人形と化したのか、重たい咆哮しか発することがない。
 そのまま四人は真人に向って攻撃。それも効果は見込めず、途中で鈴が猫達を連れて参戦。
 そして最大級の攻撃で決戦に臨んだわけだが。
「さて、恭介氏。これからどうするのかね? あの攻撃で倒れなかった場合の、策はあるのかどうかなのだが」
 来ヶ谷は深刻そうな表情で前方を睨みつけている。
 いまだに爆風の影響で、舞い上がる土埃の中、間違いなく存在を確立している真人に向って。
 流石にダメージは多少あったらしい。
 連携に頼らず、個人個人での攻撃では、抑えきれず、すぐさま反撃の行動を取っていた真人も、今はだらしなく両手を身体の前にぶら下げて動く気配がない。
 回復されては拙い。畳み掛けるのなら、今がチャンスなわけだが。
「奴がどれくらいの余力を、残しているかが問題だな。俺達も、体力の消耗は激しい。下手に攻めては返り討ちに遭うぞ」
「そうね。でも作戦を練るにしても、今更じゃない? ここから先は持久戦しかないわよ」
「朱鷺戸。お前の言ってる事は正しいが、それは無謀というものだ」
「だったら謙吾はどうするわけ? このままじゃ真人が回復して、私達の負け確定よ?」
「だから、それを今から相談しようと――」
「謙吾、あや。少し落ち着け。焦る気持ちは判るがな」
 言い争いになりそうな二人を、恭介は諌める。
 だが恭介にも余裕があるわけではない。
 正直、見縊っていた。昔と現在。あれから成長した自分と、そして頼りになる仲間達と一緒なら、なんとかなると思ったが甘すぎたようだ。
「ここままじゃ、ジリ貧だな」
 さて、どうする。
 策は正直尽きた。
 後は身体が動き続ける限り、攻撃を仕掛け続けるしか道はないが。
「今日はグラウンドを使っている、部活連中が少なくて助かったな」
 ソフトボール部やサッカー部が居ないのが救いだった。もし居たら今頃大騒ぎだっただろう。後は先生達が騒ぎを聞きつけて、やってこないかが心配だが、それも現状では心配なさそうだ。普段からバカ騒ぎをしているグループだから、傍目には遊びに見えているのかもしれない。
「それだけが救いだな」
 チラリと、後ろの方で戦況を見ている理樹達を盗み見る。
 戦闘に参加していないメンバーは誰も彼もが、こういった荒事とは無縁の住人だ。今の惨状に呆然としたり、震えて気絶してしまいそうな者も居る。もちろん恭介達も慣れているわけではないが、それでも耐性はある。 
「あいつらを巻き込むわけにはいかないな。鈴、お前も無理はするなよ」
「わ、私なら大丈夫だ」
「声が震えてるぞ?」
「う、うるさい! そんなことより、これからどうするのか考えろっ!」
「ははは。まったくだ。来ヶ谷。策はあるかと言ったな?」
「ふむ。私の言葉は無視されたのかと思っていたよ」
「そんなわけねぇだろ。実はな……策は正直ない。考えたが、後は当たって砕けろ、だな」
「ほほぉ、流石の恭介氏も手詰まりか。その余裕の無い表情も、稀には見ると新鮮だよ」
「茶化すなって。こっちも精一杯なんだからよ。だが真人もダメージは少なくはないはずだ。今畳み掛ければ、勝機は必ずある」
 それは自分に言い聞かせているようにも聞こえる、独白だった。
「最後まで付き合ってくれるか?」
 四人の目を見詰める。
「無論」
「当然だな」
「恭介がやるのに、私が参加しない理由はないわね」
「まぁ付き合ってやらんこともない」
 四者それぞれの返答。
 それを聞き遂げた恭介は拳を前に突き出す。
 謙吾が、朱鷺戸が、来ヶ谷が、鈴が。
 同じように拳を突き出すと、
「おっしゃ――! 気合入れて行くぜっ!!」
 一喝。
 それを合図に、突き出された恭介の拳に、四人の拳がぶつけられ、散っていく。
 フォメーションは謙吾、来ヶ谷の前衛。後衛に朱鷺戸と鈴。そして中央には恭介の布陣。
 その布陣の維持したまま真人に向って行く。
「行くわよ!」
 朱鷺戸が叫ぶ。
 同時に謙吾と来ヶ谷は左右に散り、真人を挟撃する形になる。
 朱鷺戸は走りながら二丁拳銃を発砲する。
 狙いは全身隈なく。
 都合、六発の発射音を撒き散らしながら、飛翔したゴム弾は真人の、顔面、左右の肩、腹部、両足にと均等に。
「――ガァ!」
 全身を殴打された衝撃から、後ろに吹き飛ばされるのを堪えようとする真人。
 そこに左右から迫った謙吾と来ヶ谷が肉薄する。
「はあぁあぁぁぁ!」
 謙吾が大上段から振り下ろした一撃が、真人の右肩に捻りこまれ。
「ふっ――!!」
 左側から迫っているのは来ヶ谷。ウェイトが軽いため、足りぬ攻撃力を、身体を一回転することにより、遠心力を加えた一撃で腹部を斬り付ける。
「――ゴオォォガアァァ……ッ!」 
 効いている。
 その確信を得た恭介は、不敵な笑みを浮かべると、叫んだ。
「いくぜ、鈴!」
 ラストは恭介と鈴の兄妹コンボ。
 前方を走っていた恭介は、滑り込むように身体を沈め、発射台になると――その発射台に勢いを殺さず飛び移る鈴。
「――飛べぇぇぇ! りーん!!」
 発射台になった恭介が、鈴の勢いを殺すことなく身体を持ち上げる。兄妹だからこそ出来る離れ業。
 そのまま鈴は自らも飛び上がり、空高くと舞い上がった。一羽の疾風と化すと、そのまま真人に向って急降下していく。
「――――っ!!」
 チリンと鈴の音が鳴らしながら、全体重と重量が加わった、飛び蹴りが顔面を捉える。
 謙吾と来ヶ谷の攻撃を喰らっていた真人は、身体をクの字に曲げた上体から、顔面への蹴りにより頭部だけを仰け反らせた。
 それでも倒れない。間違いなくダメージはある。それでも北斗の筋肉に支配された彼は、倒れることはなかった。
「これでエンドだ! アンコールはなしだぜ――っ!!」
 発射台になっていた恭介は、その役目を終えると、駆けていた。
 鈴は飛び蹴りの反動を利用し、とんぼ返りで宙を舞いながら、真人から距離を取っている。謙吾や来ヶ谷も。
 ――俺の取っておきを見せてやる。
 駆けながら、右手の袖口から飛び出したのは、科学部開発の警棒型のスタンガン。
 手元のボタンを押し、棒部分が押し出される。
 真人は恭介が見えていない。仰け反った頭部は空を眺め、身体は無防備。
「おらぁ――!」
 叩き付けられた警棒が、真人の骨を軋みあがらせる。
 そして恭介が手元のスイッチを押すと、激しいスパーク音を鳴らして、警棒から電流が放たれる。
「グオゥゥゥガァァァッ!」
 仰け反った頭部から、激痛による咆哮が空に木霊した、
 恭介の攻撃は終わらない。
 警棒での一撃は、これから行なう連撃への布石。
 電撃で完全に真人の動きを封じてしまい、反撃の機会を無くすためだ。
 その目論見も成功し、真人は咆哮を上げながらも、身体は硬直している。もはや危険度はゼロ。
 役目を終えた警棒から手を離すと、真人と身体一つ分の距離を取る。
「ふっ――!」
 鋭く息を吐くと、半身になり滑るように接近。
 右手を胸前で畳むと、出来上がるのは右肘を前に突き出した形。そして右手部分に、左手の手の平を開けた状態で支えにすれば、右肘が押し出される力は何倍にも跳ね上がる。
 接近、肉薄。
 強く踏み込まれた右足は、地面の土を巻き上げる。右足に連動して腰が捻るように前へ、腰から連動するのは支えとなる左手、そして支えの左手が起爆剤となり、右肘が空気を掻っ切り、前へと突き出される。
 右肘が腹筋に捻じ込まれた。
 初めに感じたのは、柔らかい肉の感触。
 完全に腹の力が抜けた、決して北斗の筋肉などと云う、異常な硬さを秘めた肉の感触ではなかった。
(――完全に無力状態。これなら通るっ!)
 打撃が通ると、恭介は確信する。
 連撃開始。
 突き刺さった右肘の、手首部分を上に向ける。
「ぉ……おぉ――っ!」
 掌が、真人の顎をカチ割る勢いで突き上げられた。
 巨体が衝撃により浮き上がる。
 ――トドメ!
 そのまま左手を掌の形にし、掌底を繰り出す。
 必然的に、後ろに位置する左脚を、前に繰り出し威力を相乗。
「はっ!」
 だが、右肘での突きに比べ、威力は低い。
 浮いた真人の巨体を、後方に押し飛ばすぐらいしか効果は認められなかった。
 戦果を見ていた、他のメンバーにも疑問が上がる。不発? この大事な局面で何を緩い攻撃を、と。
 それに恭介は笑った。
 これでいい、と。
 掌底の一撃は、お互いの距離を別つため。
 ラストの一撃は威力が大きすぎる。それに巻き込まれないようにする為だった。
「ジ・エンドだ」
 見せ付けるように掲げられたのは、小型の起爆装置。
 そのスイッチが押され――。



 理樹は見守るしか出来なかった。
 目の前では恭介達が、真人を助けようと戦っているのに、それに協力することが出来ない。
 ――お遊びじゃない。
 恭介の言葉を思い出し、悔しく思う。
 目の前で起きている戦闘は、確かに遊びではなかった。自分なんかじゃ役に立たない、と思う。
 それでも悔しい。
 戦闘に参加しているのは力量を問わぬなら、女の子も参加している。それももっとも身近に居た鈴でさえ。
 なのに男の自分は、ここで見守ってるだけ。何の役にも立てない。
 理樹は情けなく思う。
 だが、それは理樹一人だけではなかった。
 戦闘に参加していないメンバー全員に、共通した想いだ。
 男とか女とかは関係ない。
 仲間を助ける事が出来ない気持ちは、性別など関係ないのだ。
「皆……凄い」
 誰かが呟いた。
 理樹は目の前の戦闘に集中していて、誰の声が判らなかったが、不思議と意味だけは聞き取れた。
「そうだ、ね」
 同意する。
 悔しいと思うも、同時に、恭介達の戦いを見ていて惚れ惚れする。
「わふぅ……井ノ原さん痛そうです」
「姉御達が真人君を倒したら、クド公が看病してやれば大丈夫ですヨッ」
「そろそろ決着が着きそうですね」
 恭介達の最後の攻撃が終わろうとしている。
 朱鷺戸の正確な八連射。謙吾と来ヶ谷の左右からの挟撃。そして息の合った棗兄妹が放った、鈴の空高く舞い上がる飛翔からの、飛び蹴り。
 ――そして恭介が連撃を放っていた。
 右肘が真人の腹筋を貫いた状態からの、続く連動の動き。
「いけっ……恭介っ」
 見守る理樹の身体に、緊張感が張り詰める。力強く、握り締められた掌は汗ばむほどに。
 恭介の掌が、真人の顎を跳ね上げる。あの重たい体重が、浮き上がる程の力。
「ぉ……おぉ――っ!」
 恭介の叫びが、遠く離れた理樹にまで届く。
 そのまま恭介は左で掌底を繰り出す。狙いは腹部。
「ぇ――?」
 漏れた声は疑問。
 威力がない。いや、真人の巨体を考えれば、後方に押し飛ばすだけでも、相当な威力なのは事実だが、あれでは効かない。
「不発?」
 あれじゃ倒しきれない。ここで倒せなければ、打つ手がなくなってしまう。
 焦る気持ちは、
「いや、違う」
 恭介を見て吹き飛んだ。
 笑っている。
 その笑みは勝利を確信した、不敵な笑み。
 同時に、右手には気づかぬ内に、小型の変な機械が握られていた。
 それは理樹も見たことがある。恭介が爆破トラップを仕掛けた時に、使用される起爆スイッチだ。
「ぁ……」
 咄嗟に視線を走らせた場所は、真人の腹部。
 どうやったのは理樹には理解できなかったが、真人の腹部には、いかにもと言った爆発物が付着していた。
「……そこまでするの、恭介?」
 思わず理樹はそう漏らしてしまった。
 そして起爆スチッチは押され――真人の身体が爆音と煙に包まれた。
 
 
 
 理樹は視線を感じた。
 一人や二人じゃなく、恭介達を除いた全てのメンバー全員の。
「うん、いこうか」
 皆の顔を見て、頷く。
 もう我慢できない、早くいこう、とそれぞれの表情が物語っている。
 まだ危険かもしれない、から止めないと行けないんだろうけど、無理だった。
 自分が行きたい気持ちが止められなかったから。
「って僕の返事を聞いた途端に、走り出さないでよっ?!」
 どうせ先に行くんなら返事を待つ必要もないだろうに。
 そう思い失笑しながら、理樹も皆の後を追いかける。
 鈴と小毬が、
「鈴ちゃ〜ん! カッコよかったよぉ〜」
「うわっ! 小毬ちゃん、いきなり抱きつくな?!」
「わふぅ――! 皆さん、お疲れ様なのです!」
「ってクドも抱きついてこないでよっ?!」
「姉御、かっこよかったですヨッ」
「はっはっは。何、これぐらい造作もない」
「来ヶ谷さん。膝を擦りむいています。消毒しますので、座ってください。何故、もたれかかってくるのですか?」
 それぞれが緊張感から解放されたのか、思い思いに言葉を交わしている。
 抱きつかれたのを、恥かしそうにしながらも拒まない者。それを見た者が、真似をして抱きついたり。治療しようと救急箱を持った者に、セクハラをしようとする者。それを横で見ている者は止めず、むしろ唆していたり。
 そして残った男三人組は、それを見て微笑したり、呆れたように表情を崩していた。
「恭介と謙吾もお疲れ様」
「ったく。まだ真人を気絶させたかどうかも判らないってのに」
「お前らときたら、な」
「仕方ないよ。こっちでは皆凄く悔しい想いしてたんだしさ。もう我慢できなかったんだよ。それにいくらなんでも、流石に大丈夫でしょう?」
「まぁ起き上がってくる様子もないしな。大丈夫だとは思うが……謙吾見てきてくれるか?」
「俺がか? まぁいいが」
 謙吾は警戒しながら摺り足で、真人に近づいていく。
 いつの間にか騒いでいた女子軍団も、謙吾の行動に注目している。
 そして、
「よし。気絶してるぞ」
 こっちに振り向くと親指を立てて、サムズアップしてくる。その表情にはやっと緊張感が取れた、自然な笑みが浮かんでいた。
 それを確認した理樹は、皆の顔を見ていく。自然と胸の奥から沸き上がったのは叫びだった。
『やったあぁぁぁぁぁぁぁぁ!』
 理樹の声が、皆の声に掻き消される。
 理樹はそれに驚くと、嬉しそうに笑みを浮かべた。
 気持ちは同じ。それが凄く嬉しい。
「本当に五人とも、お疲れ様っ!」
 労う気持ちを言葉にする。
「おうよ。いやー、それにしても焦ったぜ。まさか真人がまた暴走するなんて、夢にも思わなかったからな」
「恭介が居てくれて良かったよ、本当に」
「だな。恭介がいなければ、真人を止める事は出来なかっただろう」
「恭介さんの、お手柄ですヨッ」
 恭介は照れたように笑っている。
「よせやいっ。俺は当然の事をしただけだぜ?」
「ふむ。恭介氏が照れるのは珍しいな」
「そうですね。レア表情です。カメラを持ってきておくべきでした」
 美魚は一体なんの目的で撮る気なんだろう? そう思うが理樹は口にしない。きっとロクでもないことだ。
「バカ兄貴も、たまにはやくに立つな」
「こら、鈴ちゃん? お兄ちゃんに向って、バカはよくないよぉ〜」
「うぅ……じゃあなんだったらいいんだ?」
「え、えぇ〜と、普通にお兄ちゃんって呼べばいいんじゃないかなぁ?」
「小毬ちゃん。私の事が嫌いなの、か? そうなのか?」
「ふえぇぇえぇ〜!?」
 あ、珍しいパターンだ。
 鈴が最近になって覚えた小毬専用の返し技だった。いつも小毬に言われた事には、反論しづらい鈴が覚えたのだが。これが効果があり、小毬は目に見えて慌てている。
「それにしても……」
「……ああ。理樹、言葉にしなくても、お前の言いたい事は判ってるぜ」
「そうだ、少年。あの鈴君は素晴らしい」
 上目遣いで、瞳を潤ませるなんて技、どこで鈴は覚えたんだろう、と理樹は言いたかったのだけど。何を勘違いしたのか恭介と来ヶ谷が、熱い視線を鈴に降り注いでいる。
 ……この二人はやっぱり変態だ。
 確かに今の鈴は可愛いかもしれないけど。僕としては慌ててる小毬さんの方が、と妄想する。
 理樹は気づいていないが、彼も周囲からの影響か、結構変態染みてきていた。
「良かった。そんなに大きな怪我とかもなくて……」
 もし怪我人が出たら、今頃はもっと大慌てだったろうから。
 ……皆楽しそうだなぁ。
 普段以上のはしゃぎぶり。大変な事件だったけど、終わりよければ、全て良し。
 恭介は無謀にも、鈴に小毬にもした上目遣いをしてくれと頼んで、蹴りを喰らっている。
 それにどっと笑いが沸く。
 あの控えめな美魚も、お淑やかに、でも楽しそうにしていた。鈴の抱きつきから解放された小毬は、次は来ヶ谷にセクハラを受けている。
 見ちゃいけない光景だよね、と一つ頷き、視線を逸らす理樹。
 視線を逸らした先には、朱鷺戸とクドリャフカと葉留佳の漫才が。流石は帰国子女の朱鷺戸。流暢な英語で、クドリャフカに尊敬され始めている。
 そのすぐ近くには、あれだけ殴られてたのに、元気そうに朱鷺戸達の近くに居る、真人。

 ……………………え?

 次の瞬間、理樹は駆け出していた。
 自分ってこんなに早く走れたんだ。今の僕なら来ヶ谷さんに負けないかも、と思いつつ。
 理樹は朱鷺戸達を突き飛ばした。
 
 その代わりに理樹は、真人に殴り飛ばされていた。
 




【あとがき】
 
 初めましてー、トリガーです。
 いつもほしさんのサイトで楽しませて貰っている、読者の一人です。
 そして、ほしさんの手日記から、“世紀末救世主伝説・北斗の筋……”なる物を見つけた瞬間、よく判らんアドレナリンがドパドパ出たので、勝手に持ち出しさせて頂きました。
 いやね、正直この話はリトバスでする話じゃないんだ。だって、リトバスの良さ?を全部殺してるかもしれませんし?(汗
 書いてる私は面白いのだけど、読者の方はあまり面白くないかもしれません><
 そんな作品で宜しければ、読んでくださいなw

 ほしさんへ。
 こんな作品ですが、期待に答えれずすいませんでしたっ!(平伏







ほしの蛇足コメント
 いやいやいやいやいや、うん、ほら、あれですよ。
 なんつーかもう、トリガーさんすげえ。すごすぎる。
 何であんな電波な単語からこんな熱い作品が出来上がるの!? 僕はそれ以上の妄想をシャットアウトしたのにっ。
 あとしっかりあやが出てるとことか、みゆき嬢がどうやら在籍らしいとことか、理樹君と小毬ちゃんがキャッチボールしてるとか。
 この辺は好みを合わせてくれたのでしょうか!? 思わずニヤニヤしちゃいましたよ、この辺w
 そして、酷いところでの鬼引きを頂きてしまいました。
 果たしてこの後どうなるのか。凄く楽しみですw

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